果たしてここはどこなのだろう。
 狼以外、誰もいない雪山だ。
 いや、雪山に人がいることがおかしい。
 山だとすぐに気づいたのは景色のせいだ。
 雪で今ひとつだが、かすかに街が見える。
 しかし妙だ。遠目とはいえ、高いビルが見当たらない。
 人の字を描くような川の配置、覚えが確かならリオが気に入っていた街を見渡せる場所だ。
 ならばターミナルと線路が見えるはずなのに、跡形もない。
 それどころか元々なかったような、隔離された村にも等しい。
 まさかとは思うが、タイムスリップか?
 開発前の僻地だった頃の山上市へ来てしまったのか?
 だとしたら、ここからやり直せばいいだけのことだ。
 そうだろう、狼?
「いや、違う。ここは山上市でもなければ過去ですらない」
 なら未来か?
 冷凍睡眠が何かから目覚めたと言うのなら納得が行く。
「ばかめ、奴らをよく見てみろ」
 なんだ、なんなんだ、あいつらは。
 見た目は人間だが、本数や位置は違えど角が生え、不揃いの牙をむき出しにして雪原をうろついている。 
 しかもあらゆる生物達を、氷柱で串刺しにしたり、凍てついた肉体がちぎれる様を見てケタケタと笑っている。
 よく見れば虐げられている生物の大半が人間ではないか。更には当然のようにソリティアンやナイトメアもいる。
 なぜだ、なぜ反撃をしない?
 なぜ抗わない?
 仮に角を持つ生物がお伽話で聞くような妖怪の類だったとして、何を恐れる必要がある?
 ソリティアンならば抗う力があるはずだ。
「気づかないのか、アル」
 何がだ、狼。
「生物が千切れるほどの寒さの中で、お前と俺はいつもと同じではないか」
 ……。
 ああ、言われてみればそうだな。
 ということは、あまりにもの寒さで本来の力を出せず、角共の悪趣味につきあわされているわけか。
 許せんな、ああ、許せんな。
 私は尻尾から炎熱が迸るのを感じた。
 おや、そう言えば一度野生化したはずなのに、普段の私の姿ではないか。
 面白い。ならば私は立ち向かおう。
 この新世界が幻であろうとなんであろうと、徹底的に抗ってやろう。
「その意気だ、我が魂。奴らを食らいつくしてやろう」
 狼が青い肉塊となり、私の口の中へぬるりと入り込む。
 欠けていたものが埋まった気がした。
 なるほど。
 私は死んだのか。
 そしてお前に導かれたのか、この地獄に。
 だがなんのためにだ?
「おっ、そこの小娘。蘇ったか?」
 何を言っているんだ、この藁の服を来た男は。
 だが、害意は感じた。
 牙をむき出して無骨な手斧を振りかざし、私の頭へ首へと振り続ける。
 何度も何度も振り下ろす。
 躊躇いはない。
 なぶり殺すつもりで急所も外している。
 それだけに力強さもあった。
 よく見れば藁の下から見える青い肌は鎧の様な筋肉に満ちている。
 しかし私には当たらない。
 カスリすらしない。
 なんというか、ドッヂボールだ。
 ヒュっと、背後から何かが投げられた。
 私は雪に埋まり、それを避けた。
 氷柱だ。氷柱が藁の男に刺さった。
 この好機を見逃さない術はない。
 雪から抜け出し、氷柱へケリを見舞う。
 へげぇ、とうす気味悪い声を上げ、藁の男は天を仰いだ。
 私は斧を奪い取り、藁の身へ刃を叩き込んだ。
 何度も何度も叩き込んだ。
 ずいぶんと堅い肉だ。
 再び氷柱が空気を裂いて飛んできた。
 待っていた。
 今度は藁男の巨体に捕まり、高く飛んだ。
 藁男を背に、氷柱を受け止める。
 五、六回ほどのうめき声。
 どれほどの氷柱を放ったのか。
 ……ん?
 二本、藁男の体を貫いて私に届いた。
 この剛体を突き破るだけのことはある。
 たかだかの肩の一つくらい、くれてやる。
 だが見ろ。
 ソリティアンの真骨頂を。
 この圧倒的な再生力と吸収力。
 氷柱を通して入り込んできた血肉から、貴様らのDNAを喰らい尽くす!!
 ……なんだ、この遺伝子情報は……。
 火にしては冷たいが、光にしては暗い。
 月のような、常闇でこそ輝くものがある。
 なにより不思議なのが人間の遺伝子情報を正反対にしたようなイメージだ。
 人にあって人にあらず。
 ソリティアンは野生化しない限り、人の遺伝子情報を大幅に変質させない。
 となれば、貴様らは、やはり、やはりそうなのか!
「小娘、紅蓮地獄でなぜ動ける」
「私は天のソリティアンだからかもしれないな」
 細胞が解読を終え、私の体にインストールされる。
 額が少し痛んだ。
 尻尾が生えてきた時と同じ感覚だ。
 全身の骨も肉も痛む。
 成長痛を思い出す。
 あまり長時間使える力ではなさそうだ。
 しかし、今、この瞬間には使える。
「鬼が死んだら、行く先は天国か? それとも私が生きた世界か?」
「や、やめろ」
 間抜けな静止をほざいた頭を握りつぶす。
 そして私の右腕が狼になり、肉を食らう。
 いい血潮だ。このまま甦れそうなほど、心が熱い。
 いや、蘇る必要は無い。
 あの言葉を使えばいい。
「地獄で待っているぞ……」
 来るまでに、私達が過ごしやすい世界に作り変えてやろう。
 往こう、フレキ。私の野性よ。
 この地獄を、獲ろう。


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初版:2014/12/27

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