へくちょーいっ!!
 まったくもー、今年もインフルエンザ様がようしゃなくあたしを襲ってきやがりました。
 これで三度目。毎年あたしを狙い撃ちだもんなぁ。
 おかげさんで、あたしはソリティアン用インフルエンザのワクチン生成ウーマンだ。
「今年もサンキュー」
 旧友のヘラクレスオオカブトなソリティアン、翔子があたしから血を抜き取ってにっこりと笑う。
「今年も千香の血からボーナス出来るわ。ね、奈緒」
「ありがたくいただいてあげる」
「おーお、高飛車な性格、だいぶ戻ってきたじゃん」
 いきなり割り込んできたのは、やはり元ネガティブタイドの奈緒だ。
 多分、バニラ・サーティンって呼んだほうが、伝わる人には伝わるかもしれない。
 あたしとほぼ同期で、アルちゃんと三人でネガティブタイドの基盤づくりしてたっけ。
 それも懐かしい話だ。
「二年もアンタらと一緒にいたら、昔を悔いる自分が馬鹿らしくなってくるわ」
「いやー、それ聞くとネガティブタイドやめて良かったって思うわ」
 ……そう、あたしは今、ネガティブタイドから身を引いて、翔子の家に世話になっている。
 っていっても、稼ぎ頭はあたしだ。
 なにせ大学じゃ講師まで身分落としたものの、お賃金は顕在。
 それに商売上手の翔子に奈緒の節約術で三人でのびのびと暮らしている。
 もちろん、今までのご縁を全部切ったわけじゃない。
 ネガティブタイドには彼氏が、グロムがいるから、ちょいちょい手助けをしてる。
 どうして一緒にやめなかったのかって?
 彼の真面目な性格を考えると、組織の中で働いてもらった方が彼の為になるから。
 ただし、あくまで今の段階では。
 数年先はわからない。
 正直、あたしは今のネガティブタイドの在り方に疑問を持っている。
 元々はソリティアンの生態を観察して、野生化したやつだけ処分していたのが、いつのまにやら自警団みたいになった。
 そこまではいい。
 問題は人間に媚びて野生化したソリティアンは人道的な見地から保護して、専用の区画に放されてるんだとか。
 声の大きい人間の存在と、新しいリーダーの方向性が合致しているせいだ。
 あたしら三人の専門家から言わせれば、ソリティアンの監視は無意味。どうせ人に溶け込むもの。
 問題は野生化ソリティアン。これに至っては自然繁殖の恐れすらある。
 いわゆる旧人道主義派の存在だ。
 ネガティブタイド経由とは言え、人間に監視されたくないソリティアンはさくっと人間に擬態して日々を過ごしている。
 ネックだった細胞を植え付ける本能……通称「感染本能」は翔子が山葵の成分から抑制物質を見つけたからクリア。
 ここまで欠点を減らしても旧人から疎まれるのは、やっぱり野生化の問題が消えないからだって、奈緒は縁側で旧式のノートパソコンを叩きながら語った。
「やっぱりね、みんな怖いみたい。友達がいつ化物に豹変するだなんて耐えられないじゃない?」
 栗色のふんわりとしたセミロングからバニラの香りがした。
 翔子いわく、ネガティブタイド時代の頃の自分を受け入れ始めたいい傾向だとか言ってた。
 軽めの色香にごまかされそうになったけど、あたしの耳は聞き逃さなかった。
 化物って言葉を。
 はーあ、わかっちゃいる。わかっちゃいるけど、やだよね、そういう言い方。
 あたしらだって、いつかなるかもわかんないのに。
「こんにちは」
 あ、来客だ。
 だれだろ、ぞろぞろと。
 あ、グロムじゃん。
 取り巻きは……あ、シノの下僕のホワイトタイガー少年と、アイちゃんの愛弟子の……。
「ルル様ァ! 非常事態です!!」
 あー、うるせええええ!
 距離感! 距離感大事にして! なでしこガール!
 一メートルもないのにいわゆる小学生の三の声でしゃべるんじゃねえよ! 
 アイちゃん、どんな教育してたの!?
「なにがあったの? まずは私に話を聞かせてくれないかな?」
 奈緒がおどおど対応を始めよった。
 無理するなっての、まだあたしら以外とマトモに喋れないのに。
 翔子は飯作ってくれてるし、これはもう任せよう。
「あなたには話すなと言われてるので」
 おいこら、ガキ虎。
 妙に鼻につくから鼻に指を突っ込んで、泣くまで吊るし上げようとしたけど、グロムがいるから我慢。
 すると思ったかボケええええ!
 あたしはナマイキな虎少年の鼻にドクダミの葉っぱを詰め込んだ。 
「ヴエエエエ!?」
「さすが千香」
 グロムが頭をなでなでしてくれた。
 やばいこれ、もうこのままぎゅっとして。
 けどまだ体は男性への恐怖でガチガチだ。
 さっきのトラモヤシみたいなのはともかく、グロムってば、たくましいから。
 あたしより年下のくせに、なんなのこの頼りがい。
 まあ、なんだかんだで汗ダクダクになりながら抱き合っちゃうわけですけど、うへへ。 
「奈緒さん、うちの礼儀知らずが失礼しました」
「礼儀って……そいつがナイトメア作ったんじゃ……」
 言いかけた生意気な口を、アイちゃんの愛弟子が拳で抑えた。
「すみません」
 小虎の代わりにグロムが頭を下げた。
 やっぱ大人だ。
「しかたないよ、だってナイトメアにされちゃったんでしょ? たくさんのお友達」
「でもその件はネガティブタイド追放でカタがついたと聞いてるので……いや、やっぱりモヤモヤはしてますけど……」
「フィア、それより例のデータを」
「おっけ」
 失神してるトラモヤシのフットバッグからスティックタイプの端末を取り出す。
 チョークくらいのサイズの両端を親指と人差し指で挟むと、あら不思議、16:9の35インチ空間モニタが表示された。
 そしてモニタの中では、赤菱山の断面図が映っていた。
 あたしが作ったマグマ溜まりの中に、胎児のような影が見えた。
「クレスと同タイプの原生ソリティアンです。推定サイズは20メートル」
「シノさんが隠していました。ここまで来たのはグロムの独断なんですけどね」
 ははぁ、それであのトラモヤシ、むくれてんのね。
 好きな相手に隠し事されてたとか、浮気でもないのにガキかっての。
「シノは問題ないけど不安を煽るから公表してないって言ってましたけどね」
「ロクに調査もしていないのにか」
「してないんじゃなくて、出来ないんだろ。マグマの中とかどうやって調べんだよ」
「根性で」
「黙ってろ脳みそまで花畑ヤロー」
 フィアレスとシン、そろそろ帰ってほしい。
「奈緒はどう思う?」
「赤ん坊として生まれたら夜泣きとジタバタで世界滅亡。その前に戦争始まって世界のほうが先に滅ぶかも」
「なんで?」
 いきなりなにそれいみわかんない。
「ラボに篭ってばっかいないで、少しはニュース見なさいよ。隣の国の軍事施設、レーザー兵器で全部破壊されたんですって」
「うわあ」
 ぶっちゃけ超他人事。
 そんなので狙い撃ちされるのなんて、大量殺戮兵器を使おうとしたの、察知されたとかそんなレベルじゃんね?
 ん、待って。
 となると、アレじゃない?
 さっきのやつ、生まれたら列強各国がレーザーで処分してくれるんじゃないかな。
 って、それじゃこの街ごと焼かれるのがオチ、か……。
「ねえグロム、マグマに耐えられるソリティアンの知り合とかいない?」
「いますが絶対にやらせたくないです」
 ……そらそうよね。
 イタズラに刺激するより静観する。
 でなきゃシノがそう判断するはずがない。
 だとしたら、歯痒いけど手出しをせずに消滅を願うことが最善策。
 けれども解決策じゃない。
 消滅させる方法があるとしたら、あたしがアルちゃんにやったように、細胞を土に還すのが一番だろう。
 けれども、アルちゃん一人であたしは力を失った。
 ソリティアンでありながらソリティアンとしての力と姿を失った。
 こんなあたしには、もうどうすることも出来ない。
「とりあえず私達なりに調べてみようかしら。ね、千香?」
 ……あー、もう。弱気になった時に限って奈緒にフォローされるの、ムカつく。
「まあ、出来る限り、ね」
 あたしは奈緒のフォローに弱々しく答えた。
 調べるもクソも、どうすりゃいいのよ?
 あたしの好きにしていいの、かな。
 
 ◆

 ◆

 ◆


 みんなが寝静まってから、あたしはこそっと家を抜けた。
 行く先はあれ、あそこ、アルちゃんの眠っているところ。
 樹木と石が混ざりあったような像となったアルちゃんは、高校の校庭から土地神様の祠に移設された。
 こうやって二人きりになって、ついついあの時の事を思い出すと涙が出てしまう。
 確かアルちゃんの細胞を徹底的に吸い上げて、地面へ流し込んだんだっけ。
 で、どうにか人の姿まで戻せたけど、結果はご覧の通り。
 あの時、あたしはアルちゃんと最期の言葉を交わしあった。
 誰にも話したことないけど、今日はあなたに伝えようと思う。
 今日、目覚めてしまった、あなたに。
 あたしが蔦をアルちゃんに刺した時、確かに心が繋がった。
 それはとても気持ち悪いもので、どこまでが自分がわからなくなって、どこからがアルちゃんなのかつかめなくなっていた。
 ……もうアルちゃんっていうのはやめよっか。
 早乙女楓って、とても綺麗な名前があるんだから。
 楓はあたしの中でこう叫んだよ。
「そうだ、ルル、もう終わりにしてくれ。私の中からソリティアンを消してくれ」
 だけど力を消すということは楓にとって死に繋がる。
 ファーストロットのあたし達は他のソリティアンと違って、深いところまで細胞が根付いているから、だから人間には戻れない。
 かつて人に戻っていた時も、細胞が冬眠状態だっただけ。
 だから、せめて。
「せめて力を弱めれば野生化くらい……!」
 そう、せめて野生化を止めるくらいなら。
 けれども楓はあたしの中でそれを拒んだ。
「どうせまたこうなる。こうなって、誰かを傷つける」
「そうなったら、今度はそうなる前に助けるから!」
 何度だって、何度だって、戻してみせる。
 楓と一緒に過ごせるなら、どんだけ苦しい想いをしてもいい!
 だって、人間だった頃も家族のように接してくれて、ソリティアンになってからもお姉ちゃんのように叱ってくれて、妹のように楽しませてくれたんだもの。
 家族がよくわからなかったもの同士、たくさん思い出作ったよね……。
 楓の作ったカリカリのハンバーグ、また食べたいよ。
 楓の入れてくれた激甘コーヒー、また飲みたいよ。

 そう、強く想ったのがまずかったんだと思う。

 あたしの中で楓が弾けた。
「これだよ、ルル……酷いものだよ……一緒にいたいと願えば願うほど力が弱まる……じゃあ私達を強くしているのはなんだったんだ? 孤独に打ち勝つ想いは、果たしてなんだったんだろうな……」
 ……あはは、これ以上思い出したら、あたしが弾けそう。
 てな感じで、楓はあたし達にこんな問いかけを残して街に溶けてしまいました。
 この言葉は少しだけ作り変えられて、あたし達ソリティアン全員に伝わったの。
 口コミやネット、公共放送えとせとらえとせとら。
 その答えは千差万別だった。
 愛情、思いやり、まごころ。
 どれもこれも一つ間違えれば、楓のようになってしまうものばかり。
 そして、あたしも……。
 なんかもう、もう、疲れたな。
 正直、あたしも楓と同じところに行きたい。
 でも、そうはいかないんだよね。
 目覚めたあなたを支えなきゃいけないみたいだし、この街も守らなきゃ。
 守るために、あたしは壊すよ。
 だっておかしいじゃん。
 ソリティアンと人間が共存したら、余計に犯罪が複雑になったりしてさ。
 そんな世界のために、あたし達は生み出されたわけじゃない。
 原点は、そんな人間に畏怖され畏敬される存在になること。
 人間を管理するとか、そんな高貴でイカれたもんじゃない。
 もっと単純に、そう、妖怪のようなものだ。
 盗みをしたら花に耳を噛みちぎられる。
 人を傷つけたら狼に腕を獲られる。
 逆にドン底から這い上がろうとするなら、虎の手を貸す。
 そうなる前に、歯止めもかける。
 これがソリティアンを産んだマグスの、あたしの母さんの描いたソリティアン。
 どこで間違ったのかは分からない。わかりたくもない。
 あたしは万感の想いで、楓の頭を抱きしめた。
 あ、ああ、感じる。
 やっぱり、やっぱりそうだった。
 あのマグマの中のソリティアンは楓とあたしが生み出したものだったんだ。
 失うという二人の気持ちが生み出してしまった爆弾なんだ。
 ……ならもう、あとはゆっくりと火をつけようを。
 あのソリティアンを使って、この街そのものを、ソリティアンにしよう。

 

 

 

 

 

 


 数日後、とても大きな地震が起きた。
 山上市は樹と水に飲まれ、人の世を終えた。
 どんな姿になったかは、他の誰かが語ってくれるだろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 あたし?
 あたしは何喰わぬ顔で、翔子達と暮らしている。
 は? 罪の意識?
 そんなのはすぐにどっかに消えたよ。
 だって、街の外の方がすぐに地獄になったから。
 戦争とかいう、でっかい花火大会のせいで。

 はてさて、このどうしようもない孤独と冷たいふれあいに満ちた街で、迷い込んだあなたはどう生きる?
 きっとこれから旅に出るんでしょ。なら、困ったときは必ずここに相談に来て。
 一秒でも長く、人間として生き延びたいなら。
 くれぐれも紅い鬼神と白い堕天使に気をつけるように。


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初版:2014/12/20

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