近い将来、いわゆるJS事件と呼ばれる一件が終わって数週間くらいのこと、ボクはフェイトさんに呼び出されました。なにか悪いことしたのかな、と思いつつも、せいぜい考えられるのは最近の水分補給がもっぱらコーラぐらいしか思い当たらないんですが、きっとそれのことなのかな、と決めつけてお小言を頂く覚悟で会いました。
「エリオ、実はあなたに社会勉強をさせたくて、手配がようやくとれたところなの」
 至極まっとうな母さんになってました。笑顔が眩しいです。
「場所は管制室の隣にあるサブルーム。お昼が終わったら直行してあげて」
「サブルーム……」
 そう言えば名前だけ見たことある。確か説明では六課全体で使うライフシステムとかを管理しているとか。
「講師は少し変わり者だけど、他はマトモな人だから」
 いや、この隊のマトモの基準が今ひとつ不安なんですが。
「ていうかボク、自然保護隊希望なんですけど……」
「エリオ、所属は変わっても、大きな枠組は変わらないものなの、わかる?」
「フェイトさんの声が真剣なのはわかりました」
 たぶん、逆らったら大変なことになる。
 肉体的にバイオレンスくらうんじゃなくて、泣き落とし的な感じで精神的に責められる。
 まあ、でも、普段関わらない部署の人との関わりって、刺激的だと思うんです。
 というわけで、気持ちを切り替え、快く承諾しました。

 ◇

 ◇

 ◇

 お昼は久しぶりにスバルさんと一緒だったので、ペペロンチーノ早食い大会を始めました。
 ちなみに夜になのはさん経由でフェイトさんにバレて、こっぴどく叱られました。
「多く食べるのは構わないけど、もっと上品に!」って。
 このクダリがいるかどうかは別として、食事を終えてサブルームに向かいました。
 そうそう、このことについてスバルさんに話したら、何故か顔が青くなって、一言。
「丸裸にされた」
 と、怯えた声で箸を置き、食事を中断してしまいました。
 残ったペペロンチーノが勿体無いので、とりあえず不戦勝ですが勝利の品としてしっかり頂きました。
 なんとなく、嫌な予感がしましたが、逆に気持ちが構えられたということで、ポジティブに捉えることにしました。
 そして、いざサブルームへ。
 そこは他の部署とは違い、重く固いドアで閉ざされていました。
「確か入り方は……」
 インタホーンで所属と氏名、階級を言う、だったっけ。
 というわけで、早速。
 ビッ
 わっ、ピンポーンってなるタイプじゃなかった。
 改めて長く押してみた。
 ビィー
 がちゃがちゃ。
 あ、この時代に受話器タイプだなんて、実にレトロです。
『誰だい?』
 ちょっと低めの、女性の声が聞こえてきました。
 強いて言えばおっとりしたシグナム副隊長でしょうか。
「ライトニングのエリオです。階級は……」
『三等陸士。ライトニングの三番目でガードウイング。スバルさんやティアナさんの個性で埋もれがちだけれど、実は最も頼もしい素材。ちなみにIDはCTD061320-056632112……違うかな?』
 正しいのか正しくなのかわかりません。ていうかあんな長いID、覚えられません。
 なのでこう答えました。
「おそらくあってます」
『素直でマジメでいい子だね、今ロックを開けるから、入るといいよ』
 ガチャ
 びくっ。
 い、意外と大きなロック解除音。どんだけ頑強なんだろう。
 ボクは固いドアノブ(まるで大規模なガスの元栓みたいだ)を開いて、中へ入りました。
 中はサブルームと言う割りには意外と開放感があって、ボクの部屋よりも広かったです。
 中央に見上げてしまうような天球儀があり、それを囲むような円卓。
 そしてそれに等間隔で六つの椅子があり……。
「はじめまして、エリオさん」
 最寄にいた、眠たそうな目をした女性がとても丁寧な口調で声を掛けてきた。
「私はアリオン、アリオン・ヴォルドール。ここのチーフを受け持っている、名ばかりだけれどね。みんなはアーリーやらアーちゃんやら、好きなように呼んでいるから、好きに呼んでいいよ。ただし、ファーストネームは堅苦しいから勘弁して欲しい」
 なんでしょう、今までにないタイプです。非常に知的な喋り方をされる方です。
 きっと別の種族の方なのでしょう。リイン曹長のような白い髪の毛がすごく綺麗で、しかもそれを低い位置でシンプルに二本にまとめ、前にたらしています。ちょっと可愛らしいです。って、ボクは何を言っているのでしょうか。
「ではアリオンさん、エリオ、エリオ・モンディアルです。ボクも好きに呼んでくださって構いません」
「じゃあエーちゃんだね」
 非常にロックな気がするのはボクの思い込みだと信じたいところです。
 というか実は、暗にアーちゃんと呼んでもらいたい、と訴えているような気がします。
 でもそれはそれでテクノな匂いがするので、断固アリオンさんと呼ぶ、そう決意しました。
「で、エリオさん」
 あ、それでいくんですね。
「エリオさんは、ここが何をする場所か、わかるかな?」
「恥ずかしながら案内書程度の知識です」
「なら想像してみて、そしてできるだけそれを説明してみせて」
「ええと……」
 急にそんなことを言われても。
 でも、さっきのドアの頑強さと、システムの管理ってところから、一つだけわかることがある。
 ボクはそれを述べることにしました。
「いわゆる管制のライフライン、でしょうか」
「惜しい。けれども短くて一言での表現、そこはすごくいいと思うよ」
 ゆっくり立ち上がり、ボクの前にたつ。
 大きい、シグナムさんぐらい大きい人だ。
 白衣をまとった細長い腕が、天球儀を指し示す。
「ここが機動六課そのものなんだよ、エリオさん」
「えっ」
 とってもスケールの大きな話になった。
「ああ、正確にはここだけじゃないけどね。管理する場所はいくつかに分散されていて、ここか落ちても別の場所に分散させているシステムを組み合わせて、MTTR……すなわち復旧までの時間を限りなくゼロに近づけている……私の出身世界では最も基本的だけど、非常に準備の手間と、維持のための人員がかかる方法なんだよ。けれどもそこに傾注するということは、逆に言えば……どういうことか、わかるかな?」
「すごく重要だ、ということはわかりました」
 いきなりの質問に、ボクは端的に答えてしまいました。
「そう、重要なんだよ。けれども、あって当たり前の場所でもあるんだ。故に、重要。誰にでもできて、誰にも出来ないすごく不思議な場所でもあり、少なくとも私は毎日退屈しないでここにいさせてもらっているんだ、お給料までもらってね。あまりにも楽しくて自分の部屋に帰ることすら、最近は稀だよ」
「それはアリオンの生きがいがそのまま仕事になっているせいだよ」
 円卓の斜め前から別の女性の声が届く。
 人差し指を立てて唇に当てる素振りを見せた辺り、きっとすごく親しい間柄なんだろうな。
 ピキキッ ピキキッ
 プラスチックが割れるような音が規則的に響いた。
「ん?」
「アリオン、STブロックに侵入者」
「クーちゃん、これからの記録の保存を開始。エリオさん、早速だけど、刺激的な体験をさせて上げるよ。アトレーさん、Tブロック隔離と逆探知。エグゼさん、警護の準備を」
「了解しました、主任」
 おっとりしてる声なのに、指示は的確だった。外様のボクが見てもわかりやすい。
 すごい。というかティアナさんの指示に慣れすぎちゃってるせいなのかな?
「何をぼうっとしてるんだい?」
「あわわ」
 アリオンさんに強く腕を引かれて、エグゼさんらしき生真面目そうな男の人の後についていく。
 そして、入り口とは正反対にある壁の前に立った。
「アバランチ・インジェクション、私だよ」
『マスター・アリオンを確認、入室を許可します』
 その電子音声とともに、壁がまるで裂かれるように開いた。
「今日は客人もいるけれど、大丈夫かな?」
『エリオさんですね、部隊長権限による特別許可、確認しております』
 そんなに重要なんですか、ここ。
「エグゼさん、毎度のことながら、表は頼むよ」
「ええ、お任せください」
 つつましいのに、すごく力強い人だった。
 六課の男の人で、ここまでゴツくてマジメそうな人っていたっけ。
「さあ、エリオさん、未知の世界を見せてあげよう」
 そう言われ、優しく手を引かれて入った場所は、真っ白な空間だった。
 気がつけば開いていたはずところはすでに閉じられおり、完全に白の世界になった。
 かと思ったら、不意に暗転した。
「私のデバイス、アバランチ・インジェクションは少し特殊でね。これから私たちを第五の次元に連れていってくれるんだ」
「第五の次元?」
「うん、そう。ほんの少しだけ、目眩が起きるけど、我慢しておくれよ」
 言われた直後に、それはやってきた。
 まるで衝撃が、そのデバイスの名の通り、体の中に直接注入されていく感覚。
 たぶん、ボクはその瞬間、気を失った。
 けれども目覚めはすぐに、やってきた。
 視界に映った世界……そこはとても自然に満ちていて、とにかく間違いなく六課の本部からすぐには行けないような場所だった。
「ようこそ、STブロック……スイート・トラップ・ブロックへ」
 そう述べた時のアリオンさんは、ひどく冷たい笑顔でボクを見つめていた。
 すでに白衣はなく、代わりに看護師さんの制服のところどころに金属製のプロテクターがつけられた、たぶん、アリオンさんオリジナルのバリアジャケットをまとっていた。
 ただしそれは、先程までのアリオンさんのイメージを覆すほどの漆黒だった。
「ああ、この姿からシステム含めて、私の先生が制作したものなんだよ」
 誇らしげに語った姿が、妙にまぶしかった。
「さて、エリオさんの同期も完了したようだし、行こうか」
 胸元を指で押され、ボクはドキっとしました。
 そしてよくみれば、いつの間にかバリアジャケット。
 おまけに手には……す、ストラーダ!
「君の最大の力が発揮出来る姿は、やはりそれでいいようだね」
 優しく、微笑んだ。そしてくるりと背を向け、顔だけ半分、こっちに向けた。
「さあ、捕まえよう」
「侵入者を、ですね」
 今までの流れから、ボクはそれを察して言った。
 アリオンさんは満足そうに笑うと、ゆっくりと、森の中へ入っていった。
 ……?
 森?
 ここに森って、あれっ、ちょ、アリオンさん!
「あの、結局ここってなんなんですか!?」
 慌てて後ろをついていきながら、ボクは訊ねた。
 いきなりこんなところにいるんだ、せめてどこかぐらいわからないと、落ち着かない。
「さすがにそこまで察することは出来なかったんだ……やはりティアナさんが異質なのかな」
 説明に窮しているような、困惑の笑顔で語りかけてくる。
 そして、額に指を二本当て、少しだけうつむいた。
「わかりやすく言えば、機動六課のシステムの中。その一角だけれどね」
 両手を広げ、穏やかに答える。
「ここはその中でも、侵入してきた『もの』を誘い込むために作った穴なんだよ。入ったら最後、私の先生かズバぬけた天才にしか逃げられないプロテクトが仕掛けられ、最終的に外にいるメンバーのみんなと協力して消失させるんだ。私はここに入り込んできた『もの』を研究するのが特に好きでたまらなくて……ああ、一歩間違えれば危険な思想だということはわかっているんだ、あのスカリエッティのようになりかねないって」
 そう言って、何故か誇らしげに笑った。
「けれども、不思議なことに好きな理由がちゃんとあるんだ。普通ならば好きなものに理由はないはずなのにね。何せ、この研究があらゆる悪事……つまり、人を傷づけるあらゆる行為につながる正体をを暴くためのマイニング……すなわち調査・分析に役に立つ。これほど体の芯から気持ちよくなれることはないよ、ホント」
「そう、なんですか……」
 つらつらと長い言葉だった。しかし情熱のある語り口調と、確実に理解出来た言葉から、ボクは感じた。
 この人、こう見えて根っからの「正義」なんじゃないかって。
「けれども最近は不作でね。なのはさんの出身世界での言葉で言えば、いわゆる『雑魚』ばかりなんだ、弱い、という意味じゃない。そうだね、『塵芥』と言ってもいいかもしれない。とにかく愉快犯ばかりでつまらない。と言うより不愉快だね、技術を悪戯にわかりやすい権威の象徴への反抗に使う……そう、悲しいことに、若年者ばかりが多いんだよ、精神的な意味で。矜持がなさすぎる。得た技術を試すなら、身内でやってもらいたいものだよ」
「なんだか難しいことを言っているけれど、とにかく不愉快であることはわかりました」
 それにそういうのは、ボク自身も許せない。
 ボクはきゅっと口を、一本に結んでいた。
「エリオさん、君とは合いそうだね、服の好み以外は」
 えと、たぶんこれは冗談。
 なのでボクは……あれっ?
 いつの間にか……、すごく自然に笑っていた。
「では私より少しでも背が高くなったら交流を深めよう、六課が解散したあとになるだろうけれども」
「身長、ですか?」
 ボクはアリオンさんを見上げならがら訊ねた。
「ああ、私は自分より背の高い男性と付きあわない主義なんだ、なにせ兄より背が高い」
「え、あ、そうですか」
 なんて、雑談が一段落した時だった。
 目の前の木に、突然、縦の線が走った。
「っ!」
 ボクは思わず一歩引き、その様子を見極めた。
 大丈夫、ここなら木は左右に割れてボクを避ける。
 なんて思っていたら、視界の隅っこでアリオンさんが倒れてくる木を……しげしげと見つめてる!?
「アリオンさん!」
 ボクは足に魔力を込め、瞬発力に載せる形で突貫した。
 そしてアリオンさんの……今思えば、少し恥ずかしながら、その、腰を抱きしめ、倒れてきた木を避けた。
「やあ、エリオさん。ずいぶん積極的だね」
 穏やかな声でささやく。
 すみません、と心底思ったのは言うまでもないけれど、それ以上に感じたのは危機感だ。
 木を縦に切り倒した主の視線を、ビシビシと感じたからだ。
 おまけに荒い鼻息が聞こえる。
 まるで理性を失った野獣だ。
 ボクはストラーダをそちらに向け、きっ、と睨みつけた。
「エリオさんも、感じるかい?」
 緩やかな声でボクに囁きかけてくる。
「私も感じるよ、莫大な演算量を。それも巧妙に暗号化されていて、なかなかどうして見えにくい」
― だけれど。
 不意に、鋭い声に変化した。
「残念だけれど、もうすぐ見えるよ」
 そう言い、反転して指を差す。
 ボクも慌てて振り返り、土に膝をつけ、低く構えた。
 大きな地響きが、地面から髪の毛先まで伝わった。



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初:2010/02/19 東牙

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