拝啓、フェイトさん。
 今日はシグナム副隊長に連れられて、駐機場の上の隅っこにあるメカニック陣のオペレータルームとやらにやってきました。
 向かう途中、シグナム副隊長は例の落ち着いた口調で、こう声を掛けてきました。
「エリオ、お前はもう少し他人の山を登ることを覚えた方がいいかもしれない」
「と、いいますと?」
「男の友人を持てということだ」
「へぃ」
 思わず気の抜けた返事をしていまいました。
 そんな、ボクもいっぱしの男子なんですから男の友人の一人や二人……。
 一人や二人……。
 一人……?
 ……男らしい人はいるんですが、ほぼ女性でした。
 で、オペレータルームにやってきまして、その第一印象。
 妙に緊張感があります、ビクビク。
 管制の方の人達と違って、妙に目つきの鋭い人たちが2,3人います。
 格納庫を見下ろせるぐらい広いガラスが正面にあって、そこに三つのコンソール付きの座席。
 そして中央手前に、まるで司令官用の大きなデスクが1つあり、小さな管制室、という感じがします。
 その手前で腕を組んで立っているがっちりした人に、シグナムさんが声をかけました。
「相変わらず緊張感のある現場だな、ダイソン」
 変わらない力強さを持っていそうな名前です。
「これはシグナム副隊長」
 額にでっかい傷のある、いかつい叔父様が登場しました。
 声に至っては重低音です。なんかこう、お腹に響いてきます。
 正直、ちょっと六課のイメージではありません。
 かといってスバルさんのお父さんほどの歳というわけでもなく、なんでしょう。
 とにかく見る人みんなが威厳を感じそうです。
 きっちり挨拶をしませんと。
「エリオ・モンディアルです」
「うむ」
「言葉を交わすのは初めてだな。彼はダイソン、タイガー・ダイソンだ。ここの大黒柱だ」
「こう見えて御歳25歳だ」
 そう言い、ハッハッハと豪快に笑いました。
 正直、四十後半ぐらいかと思ってたんですけど、だいぶ若い……んでしょうか。
 六課の平均年齢を考慮すると……いや、年齢不詳の人がいますし、考えるのはやめときます。
 ひょっとしたら種族が違うのかも知れませんし。
「お前が手を出していないところを見ると、だいぶ成長しているようだな、若手は」
「ええ。問題児もようやく是正路線に乗ったところです」
「寂しいだろうな」
「わかります? 問題児ほどこちらも成長が出来ますから、楽しみ半減です」
「まったくだ」
 大人の会話です。
 うーん、ボクはどうしたらいいものでしょう。
 なんて思ってたら、体が浮いて急に視線が高くなりました。
「ひぃ」
「たかいたかーい」
 すっっっっっっごく投げやりな掛け声が下から響いてきました。
「おう、問題児のお出ましだな」
「フーガ、下ろせ。そいつはお前の玩具にするには勿体なさ過ぎる」
「すんません、自分より身長の低い弟が欲しかったんで、つい」
 そう言うと、やけに眠そうな声の人はボクのことをゆっくりと床におろした。
 見上げてみると、声の人は赤い髪で、妙に鋭い目をしていた。
「すまんね、少年。でも視点が変わるといろいろ変わるだろ?」
「驚きすぎてそれどころじゃなかったです」
「そりゃ急に変えたからだな」
 くくくっ、と、くぐもった笑いを付け加える。
 かと思えば急に視線を斜め上に向け、ツカツカと、真ん中の座席に座っている人に近づいていきます。
「む、なにか起きたか?」
「なにか起こすかもしれません」
 シグナム副隊長の言葉に、ダイソンさんが妙に強く笑みを含んで答えました。
 なにかやりとりをしたあと、ポンポンと座っている人の肩をたたき、フーガさんは戻ってきました。
「フーガ、なに仕出かした?」
 ダイソンさんが訊ねました。
「ほぐしてやりました。どうやらゲストの登場で少々緊張してるみたいッス」
「ならばお前も少しは緊張しろ」
 シグナムさんが少々苦めに笑いました。
「いやだなぁ、姐御。こう見えても緊張してますよ。緊張しすぎて目も見れません」
「とか言いつつエリオの頭をグシグシするな」
 うー。
「すんません。弟が欲しかったんス」
 まあ、髪赤い同士ですし、いや、ボクは別に兄さん欲しくないです。
「すまんな、エリオ。こいつはフーガ・ヴォルドール。こう見えて査察官を目指す身の程知らずだ」
「果てなきチャレンジャーです」
 なにキリっと言ってるんですか、この人。
 と、その時です。
「すまんな、エリオ。私はこれからグリフィスと打ち合わせをしなければならない。戻ってくるまで彼らの仕事ぶりを目に焼き付けておくといい。ではダイソン、あとは頼む」
「了解です」
 ダイソンさんの応答を聞くと、シグナム副隊長はさっさと退室されてしまいました。
「ふぃー」
 と、大きなため息をついたのは、フーガさんでした。
「珍しいな、フーガ。いつもなら寝ている時間だろう?」
「いや、それがちょっとスゴイ夢見て、興奮して眠れなくなったんスよ。そいつを冷まそうと思ってココにきたわけです」
「ならちょうどいい、このシャイボーイの面倒をみてやってくれ」
「お安い御用ですが、ダイソンさんの方が彼の為になるのでは?」
「俺はお前の成長も管理しなければならない立場だ、わかるな? お前のやり方でいい。責任は俺が取る」
「そいつァありがたい言葉です、では甘えて……」
 って、トントンと話が進んでる!
 ちょっと油断しない方がいいかもしれません。
「少年、改めてよろしくな」
「よ、よろしくお願いします」
 フーガさんの挨拶に、ボクはぎこちなく答えていた。
 というより、なんだろ、苦手意識?
 こう、肌が合わないと言うか、なんというか……。
「まずはメンバー紹介と行こう。つってもフルメンバーじゃない上にここに居る二人とも仕事中、名前だけの紹介になるけど……真ん中に座ってるのがウチの若頭、フェイズ。左の紅一点がクレアだ。フェイズは全体の状況判断が優秀でな、アイツと現場のヴァイスさんのお陰でここらが効率よく回ってる。クレアは事故に繋がる前の細かい指摘やフォローが上手いボインちゃんだ」
「フーガ、聞こえてる」
 不機嫌そうな声が左側から聞こえてきました。
「少年は胸が大きい方が好きか?」
「何言ってるんですか、フーガさん」
 突然のセクハラまがいの発言に、ボクは呆れて答えてしまった。
「人のその、…に、大きさに価値とか……」
 思わず言葉を続けてしまう。
 すると、フーガさんはウンウンと頷いて、静かに答えた。
「そうだ、価値はそこだけじゃない。大きくても小さくてもそれぞれの良さがある。ちなみに俺は大きくない方が好きだ」
「ダイソンさん、さっきからフーガが気持ち悪いです」
「理解してやれ、クレア。踏み台は少々下世話だが、割といいことを言いやがる」
 宙に浮かんだ大量の画面とにらめっこしながら、ダイソンさんは答えた。
「わりぃ、クレア。さて、本題に戻るとして」
 あ、ずれてることに気づいてくれましたか、良かったです。
「そうです、ここって何をするところなんですか?」
「駐機場全般の統括…といえばカッコいいけど、実際は部品の発注や人員のマネージメントだな。ちなみに俺はどっちも苦手」
「そんな人がどうしてここに……」
「苦手を苦手のままにするのが嫌いだから」
 あっさりと言ったかと思えば、ボクから見て左の方を差す。
 そっちには……多分、応接用かな? 直角型のソファとローテブルが置かれていた。
「座れよ、少年。コーヒーは飲めるかい?」
「お任せします」
「よし」
 口の端を軽く上げ、フーガさんは首を左右に振りながら部屋から出て行った。
 不意に訪れた一人の時間。
 ボクはとりあえず熱心に働いているお二人の仕事の様子を見ていた。
「ヴァイスさん、夕方まで飛行許可降りましたんで存分に教導の方、どうぞ」
「部品が足りない? どうしてそうなるまでほっといたのよ。隣の班に借りなさい、土下座して。それで隣の班が足りなくなったらアンタね、二重の意味で悪よ」
 クレアさん、こえぇ。
「き、厳しい……」
「だがそれがいいらしくてな、不思議と嫌われてないんだ」
 ダイソンさんが穏やかな声でフォローをした。
「でもそれも嫌だから予備を用意してあるわ。C倉庫の私の棚に取りに行きなさい。二度目は殴るから、シグナム副隊長並のストレートで」
「相変わらずのツンデレだな」
「フーガ、うるさい」
 あ、帰ってきた。
 って、カップがトレーに乗って五つある!
「こぼすなよ、フェイズ」
「あ、サンキュ。お、見事な白だね」
「ほれ、クレア。濃ゆいブラックにしといたぜ」
「……相変わらず絶妙のタイミングで持ってくるわね」
「デレるな、気持ち悪い。ダイソンさーん。今日は噂のリンディ茶にしときやした」
「おう、ありがたい。ちょうど甘いのが欲しかったんだ。いつもンとこに置いといてくれ」
「おいときましたー」
 がさつに見えてなんなんですか、その心遣い。
 気がつけばボクの前に白いコーヒーを置いて…。
「少年の味の好みが読めなかったから、とりあえず胃に優しくと思ってミルクベースで作っておいた」
 背中が妙にむずがゆい発言です。
 ん?
 読めなかった?
「フーガさん、人の心、読めるんですか?」
「まさかそんな、『あなたの心、査察します』でおなじみのアコース先輩じゃあるまいし」
 言いながら、フーガさんはドサっとソファに座った。
 ちなみにカップの中のコーヒーは黒くてシュワシュワしてました。
 …。
 コーヒー?
 湯気すら出てませんけど。
「確率と傾向、状況の分析。それさえ常に考えてれば、奇跡だって起こりやすくなるってもんさ。無難になっちゃうけど」
 そう言い、ピッと天井に向けて指を差す。
「実は今日、オフなのに来たのも、シグナムの姐御がしょっちゅうダイソンさんと話してたから、そろそろ来るんじゃねーかな、と思ってさ。姐御のスケジュールも考えて特に事件もなければ今日かなーと思ったら、ビンゴってわけさ」
「もし、来なかったら?」
「損をするのは俺だけ」
「はあ……」
「ていうか、俺の話はどうでもいい」
 そういい、フーガさんはググっとカップの中身を飲み干した。
 そして、ボクを横目で見て一言。
「……どうしてここへの見学を受け入れた?」
 とても厳しい声だった。
 息ごと言葉がつまり、言葉が出るべき唇が空回る。
 急に喉が乾いた気がして、ボクは思わずコーヒーを飲んだ。
「フーガ、ゴメン。ちょっといいかな?」
 若頭さん、もといフェイズさんが手を上げてフーガさんを呼ぶ。
「若手の班が突っ走りすぎて作業失敗しそう。ちょっくら様子見てきてよ。ヴァイスさんじゃ逆に悪乗りしそうだし」
「オーライ、相棒。例によってグリフィスに目ェつけらる前に、かな?」
「オフコース」
 そう言い、フェイズさんは中指と人差し指でフレームの細い眼鏡を押し上げた。
 ……あ、眼鏡かけてたんですね。
 なんてフェイズさんの方を見ていたら、ゴキュっと、飲み物を流し込むような音を耳にしました。
 かと思えばダタタっとものすごいダッシュでフーガさんが飛び出して……。
「クレア、窓あけろぃ」
「ん」
 正面のガラスが横にスライドして開いて、フーガさんがそこから飛び出して行きました。
 ……。
 あれっ?
 フーガさんって、飛行系の魔法、使えるんでしょうか?
 なんて思ったのは、ずいぶんあとのことでした。
 思う前に、とんでもない激突音と、
「キャー!フーガくんの変態ダイバー!」
 ……ア、アルトさんの悲鳴が聞こえてきました。
「安心してくれ、アル。俺ァお前に異性を感じたことがない」
「ならお尻から手ェ離して!逆に怖いから、逆に!」
 どんな体勢でぶつかってんですか。
「あいつらしいな」
 ガハハと豪快に笑ったのはダイソンさんでした。
「これでは俺が出ねば収まりはしまい」
「ダイソンさん、お願いします」
 クレアさんが大変申し訳なさそうに言いながら、頭を下げると、フェイズさんも席を立って深々とお辞儀をしました。
「それよりズーよ、若い衆は?」
「手は止まりました、あとは……クレアに任せます」
「仕方ないわね」
 クレアさんは大きくため息を付くと、かなり乱暴に座り直しました。
「F班、作業に戻りなさい。それとも何か問題……、起きた?」
 最後の三文字は、ひどく冷たい声でした。
 それを聞いたフェイズさんは、ビっと親指を立ててクレアさんに視線を向けた。
 バンッ!
 と、この部屋の扉が乱暴に扱われた音がしたのは、その時でした。
「貴様らの度胸を試しに来た」
 クレアさんよりも怖い、地獄の業火のような声が、そう言いました。
 むしろそんな比喩的な表現よりも名前を出した方が怖いかも知れません。
 なにせ声の主はシグナム副隊長なんですから。
 …。
 えっ、続くんですか?



もどる/つづく

初:2010/04/10 東牙
二版:2010/05/05 東牙

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