「何をするにしても」
 いきなりダイソンさんが落ち着きのある声でシグナム副隊長に意見しました。
 見た目年齢はともかく、経歴ならばシグナム副隊長と同期ぐらいだと思うのですがめっちゃめちゃ低姿勢です。
「ちょっと指導が収まるまで待ってもらえますかね」
 そう言って、開いた窓を指差す。
 シグナムさんはニヤリと笑って答えました。
「そういう事ならエリオ、ちょっと降りて見てこい。珍しいものが見れるぞ」
 さっきまでの剣幕はなんだったんですか。
 と、言いたいところでしたが、おとなしく従って、隅にあったタラップを降りて、駐機場に向かいました。
 そこで見えたのは……。
「お前達は本当に、もうね、手前味噌の整備ツールを試すとか、そう言う面白いコトは俺に言ってからやりなさい。ちゃちゃっと許可取ってくっから。しかしこれはホントに面白い、これなら在庫の手間省けてお前らのうちの一人、別の部署に動かせるかも」
 整備班のうちの三人を正座させているフーガさんでした。
 腕を組んで見おろしている辺り、一見すると厳しい先輩なんですが……頬に青あざができてるのがなんかこう、間抜けです。多分、アルトさんかヴァイスさんに殴られたんでしょう。
 なんて想像していたら、すぐに答えの方からやってきました。
「いてて、あいつ、ツラの皮厚すぎ……お、エリオ、どした、こんなところで」
 やっぱりヴァイスさんでしたか。
「お疲れ様です。実はシグナム副隊長が見学してこいって……」
「あんまり面白いもんないと思うけどな……まあ、邪魔にならない程度に見ていきな」
 そう言って、ヴァイスさんはさっさと駐機場の奥のヘリに向かいました。
「あそこのエリオを見てみろ。俺らより年下なのに俺らよりしっかりしてる。俺らもういろんなところに毛の生えた大人ですよ」
 あ、青あざ……じゃなかった、フーガさんにいつのまにかゆびさされてました。
 ていうか表情変わらないなぁ。喋り方もちょっと胡散臭いし。
「まあ、俺は説教するだけなんで、罰に関してはダイソンさんのお裁きを伺いましょう。ダイソンさん、お願いします」
『もう一度やったらシグナム副隊長が愛のムチをくださるそうだ』
『飴はもっていないぞ』
 あ、正座している整備の人たち、すごく震えています、多分、明日、一日ベッドで過ごすパターンですね、これ。
「というわけで余計なことを勝手にしない。するなら許可取れ。自分でやれる、自分たちだけでやれるってのは俺流じゃないです。オレサマ流です、OK?」
「オス」
 中心人物らしき黒髪短髪の人が重い声で答えました。こっちの人の方が査察官に合いそうな気がします。
「こんな感じでどうでしょう、ダイソンさん」
『及第点だ。上がってコーヒーでも飲もう、と言いたいところだが、シグナム副隊長からのプレゼントがあるそうだ』
「はあ」
 ビーッビーッ
 ん?なんでしょう、このサイレン。
 ていうかすごく聞き慣れた警報です。
『これより訓練を始める』
 とても厳しいシグナム副隊長の声が聞こえてきました。
「抜き打ちとは卑怯ですぞ、シグナム副隊長」
 フーガさんが相対してぼやけた(ていうかバカにしてません?)声で言いました。
 すると突然、眩しい光とともに煙がモクモクと駐機場を満たしました。
『さあ、整備班。この危機を乗り切ってみせろ』
「各ユニット、まずは各々のリーダーの指示で動け! 不審物はベークライトで固めろ!」
 ヴァイスさん、さすがです。煙で目が染みてるみたいですが、ちゃんとキメてます。 
「ダイソンさん、俺はどうしましょう?」
『早く帰りたいから頑張れ』
 チームダイソン、超アットホーム。
 プロの自覚あるんですか、この人達。
「どうしようか、ヴァイス。シグナム副隊長、かなり本気だよ」
 右手で口を抑えながら、こもった声でフーガさんが訊ねます。ヴァイスさんは既にガスマスクを付けてストームレイダーを構えてます。ヴァイスさん、さすがです。
「エリオがいるのはありがたい。すまねえが、煙が晴れるまで俺のガードを頼む」
「はい!」
 ボクは素直に答えました。
 うん、ヴァイスさんだから間違いない。
「ヴァイス、俺は?」
 煙の奥からフーガさんの荒らげた声が聞こえました。
「煙をどうにかしてくれ」
「それだけでいい?」
「とりあえずは」
 と、ヴァイスさんが言い終わる前に……ヒュン―、と、今度は何かが風を切る音がしました。
 と思ったらブワっと風が吹いて、一気に煙が晴れました。
「エアロハウンド。屋内ならこんぐらいがちょうどいいっしょ。発煙元もばっちり駆逐済み」
 背後から聞こえた脳天気な声。そっちを向くと、ご自身の身長よりも少し長い棒を持つフーガさんの姿が見えました。
 風?空気?いずれにしても無駄に自由人のイメージが強くなりますね。
「少年、下がれや!」
 そう言い、持っている棒をボクのつま先近くに突き刺しました。
 同時に、ゴブっと何かが当たる音がしました。
 ええと、フーガさんの持っている棒は鉄で、床はアスファルト……無機物同士がぶつかった音ではないですね……。
「床から手が生えてやがる……!」
 ヴァイスさんのおっかなびっくりと呟きました。
 たしかに、よく見たらアスファルトから手がにょきっと生えていて、その甲を圧えるようにフーガさんの棒がめり込んでいます。もうめり込んでるっていっていいよね、この「ギチギチ」って骨的なものがきしんでいる音。
「いだだだだだいーたーいー!!」
 床から女の子が飛び出してきました。
 ……。
 空から降ってきたらメルヘンだったのでしょうか。
「確保ォー!」
 フーガさんが床から生えてきた女の子(ていうか人?)に飛び込んじゃいました。
「ぎゃあああ!こちとら戦闘向きじゃねーんだよ!」
「俺もです。安心してかかってきなさい!」
 にしてはずいぶんアグレッシブでしね!いや、すね!
 しかもそのタイミングで襟を緩めるだなんて、ただの変態です。
「ぐそぉおおお! こんなもんぅうううう!」
「お、俺のデバイスぅううう!」
 なんだか棒を取り合う猿みたいな闘いが始まりました。
「ああ、援護する気も起きねえわ」
 ヴァイスさんがため息混じりに周囲を見渡します。
 ……?
 そう言えば、なんだかめちゃめちゃ見たことあるような女の人だったような。
 水色の髪で、なんか濃紺のタイツみたいな……。
 ええ、と確か……。
 あ、あああああ!
「いつかボクの腕切った人ォオオ!」
 あ、指さしちゃった。
「ああ!!このセインさんをだまくらかしてくれたチビコンビの片割れぇええ! ぎゃふっ!」
 あ、棒で顎はじかれた。
「はい、自己紹介ありがとう、セイン。ていうか事故紹介だな」
 なんだか嬉しそうにおっしゃってます。
『ダイソン、今のフーガのジョーク、どう思う?』
 うわっ、場内放送からシグナムさんの声が。
『十ポイントつけたいが、訓練中にやらんでもらいたいです』
『というわけでフーガ、あとで罰ゲームだ』
「ちょっとお二方。俺の日常会話にケチつけないでください」
 ……シグナムさんたちは違うゲームを始めたようです。
 ビックリしているボクをよそに、フーガさんが胸ぐらの鉄板を右手で掴んで……って、そのままつかみ上げました!とても査察官を目指す人の腕力じゃないですね。なるほど、シグナムさんにナメた態度取れるわけです。
 しかも左手で持った棒の先を、上手いことセインさん?でしたっけ、その頬にグリグリ
 なんだアレ、とても管理局の人とは思えない。
 なんていうか、非道い。
「他に仲間いるんだろう? 俺の知っているセインちゃんならお前だけで襲撃するはずない。時間差でも仲間がいるはずだ」
「へぇー、あたしのこと、よく知ってるんだ。いやー、照れるね」
「そりゃもう好みのスリーサイズだし」
 このお喋りスケベは余計な一言を付け加えないとしゃべれないんでしょうか。
 ていうか他に襲撃してくる人がいるなら、ボクはそっちに集中した方がいいんでしょうか。
 えーと。
「ヴァイスさん、ボクはどうすれば」
 って、いないし。
 あれっ、さっきまで隣にいたのに。
 パーン
    パーン
      パーン
 ああ、なんか遠くで撃ち合う音が。まさか、これって。
「一〇番の子か。ヴァイス抑えられたのは痛いなァ……ていうかアイツ抜きでどうしろと」
「こっちのセリフだっての。バックアップ抑えられてあたしも地面から離されちゃ……ていうかバカ力だな、てめえ」
 と、言葉にすれば流暢そうですが、実際、押し付けられている棒のお陰でフゴフゴ言ってます。
「フフン、鍛えてますから」
 フーガさん、そう柔らかい声で言ってますけど、頬に棒を押しつけっぱなしなので、すごい鬼畜に見えます。
「良く見ると可愛いな、お前」
「マジで? そう思うなら棒だけでも離してくれない?」
 ……もう任せておいてもいいかも。
「フーガさん、ボク、周り見てきますね」
「おお、物陰に気をつけなよ」
 やんわりと出てきた忠告を胸に、ボクは駐機場の索敵を開始しました。
 ……あれっ、そう言えば、そこそこいた整備のみなさん、どこに……?
「ぎゃあああ!胸さわんなああああ!」
 ビクッ
「悪い、危険物が仕込まれているかと思った」
「こいつぁパッドだァアア!」
「マジか、無いなら無いほど大歓迎だ」
 ……。
 えーと。
 ……あれっ、そう言えば、けっこうたくさんいた整備のみなさん、どこに……?
「そこを動くな、少年」
 ハスキーな声が聞こえてきましたが、姿が見せません。
「もう少し視線を下げろ、少年」
「あっ、小さいお姉さん!」
 この人はよく覚えています。スバルさんにボロボロにされていたんで。嫌な覚え方だと思われたらごめんなさい。
 確か、名前は……チンクさん。白髪に隻眼と実に渋い出で立ちなんですが、身長がボクより少し小さいです。
「小さいは余計だ。それより動くと、この車両を爆破する」
 チンクさんの手には中型のオフロード車が触れられていました。
 中には人がいます。恐らく持っている能力……なんでしたっけ、エネルギーを付与して爆破させたりするやつ、アレで爆破するつもりですね、つまり。
「人質……!」
 ああ、訓練だと思って甘く見ていました。
 ていうか訓練?訓練に収容中の犯罪者を使うとか、シグナムさん何考えているんですか。
「チェックメイトだ。セインがいい囮になってくれたな。騎士シグナム、訓練は終わりだ。仲間を見捨てるほど、この部隊は非情になれまい」
 現れて数秒で勝ち誇ったセリフ……この状況を打開できる方法は、せいぜいボクが速度を活かして飛び込むぐらいでしょうが……その前に爆破、ですよね、きっと。
 せめてフーガさんがセインさんをのしてこっちに来てくれれば……無理かな、不意打ちが届くような相手でもないですし……。
「まだなにかあるというのか。仕方ない、少年、ここに入れ」
 冷たい声に促されて、ボクも車の中に入りました。
 ちょっと機械油のすっぱい匂いがします。
「エリオくん」
「アルトさんも捕まってたんですか」
「セインって子に捕まって押し込められちゃった。だいぶ前から動いていたみたい」
「じゃあ警報がスタートってワケじゃなかったんですね……」
「普段からの危機管理の問題ってとこかな。あとでみんなで大目玉だよ、重要なチームはなんとか逃げられたみたいだけど」
 ボクも多分、あとで怒られると思います。
「戦える人って、もうあの二人だけかな……」
「手順の通りならバックアップチームは既に陸路から護衛つきで脱出してます。放し飼いにされているフーガさんはともかく、ヴァイスさんが残ってしまった事が非常にイレギュラーです」
「なんでちゃんと避難してくれないかなー……」
 アルトさんの隣にいた、血圧の低そうな女の人が言いました。
 それから重い空気が立ち込めてしまい、気分を変えようと窓の外を見てみました。
 見えたのは白い屋根……車の中から屋内を眺めるって、なんだか不思議です。
 ついでに勝ち誇っているであろう敵のリーダーも観ることにしました。
 凄く神妙な顔をして、こっちじゃなくて正面を見ています。その視線の先にはフーガさんがいました。セインさんを襟首を掴んで不敵に笑ってました。どっちが悪役なんだろう。
 そしてボクたちはこの場合、どう言えばいいんでしょうか。
A:ボクたちのことは構わず云々
B:助けてフーガさん
 うーん、どっちもやだなぁ。
 あれがヴァイスさんだったらいい意味で悩むんですけど。
「エリオくん、これ、フーガからの……」
 こそこそっと、アルトさんが耳打ちしてきました。
 そしてボクにタブレットタイプの端末を見せます。
― 少年へ、車のドアを思いっきり開けたら道は開く、今すぐにやると吉。そいつの能力じゃ車ごと爆破は出来ない。
 えっ?
 あー、その、えーと。
 とりあえず、車のドアをおもいっきり開けました。
「なに!」
 と、同時に。
「ぎゃふん!」
「ふぐっ!」
 うわっ、セインさんがチンクさん目がけて飛んできた!
 思わずフーガさんの方をみたら、ニヤニヤしてこちらに近づいてきました。
「エアロインパクト。セクシャル……じゃない、セインちゃん投げたと同時に強風で加速つけてやりました」
 すごい、セしか合ってない。
「くそっ……セイン、何をやっている!」
 チンクさんがセインさんの下でヒステリックに叫びます。声、ボクとちょっと似てますね。
 まるで言う事を聞かないスバルさんを窘めるティアナさんみたいです。
「ええい、じゃまだ!」
「だぐっ」
 チンクさんの身体が反転し、セインさんをボクの方へ蹴飛ばし……重っ!動けてないじゃないですか。
 と思いきや、コートからナイフを取り出して叫びます。
「ラプトルデトネイター!」
 憎しみを叩きつけるように、フーガさんに投げつけました。ナイフはフーガさんの間近で大爆発を起こしました。
 爆煙にまみれて姿が見えませんが……多分、無傷というワケにはいかないでしょう……。
「やりすぎた、か……」
 さすがにチンクさんも少し反省しているようです。
「いいんだよ、あんな天然セクハラ」
 セインさんはぐったりしながら言いました。まあ、もっと怒っていいと思います。あと離れて下さい。
 なんて言っている場合じゃない!二人を確保……!
「少年、伏せろ!」
「は、はい!」
 突然聞こえた命令に、ボクは思わず従いました。
「エアロダイナマイト!」
 弾丸のような風が、ボクとセインさんの横を通りぬけました。
「駄目だ、やっぱり狙いが定まらねえ……!」
 と、肩で息をしながら言ったのは……フーガさんでした。
 右手を突き出し、手のひらを広げています。
 その右腕は……紺青色の金属……!?
「フーガさん、その右腕……!」
 バチバチと指先で電気がほとばしってます。どんな装備ですか、それ。
「細かい説明はカット。昔、アレな組織に属してたとか、そんなエピソード、いらんでしょ」
「なるほど、デバイスかあたしらと同じかわかんないけど、風の正体はそれかよ」
 セインさんがぐったりしながら言いました。
「やあ、セイン。悪知恵は俺の方が上だったかな?」
「ハン、どうだかね」
 悪態をつきながら、笑っています。
『フーガ、全員、避難路に入ったぞ。準備出来次第、動けるやつが確保に動く』
「オーケー、ヴァイスさん。そのまま一〇番の子、抑えておいてください。」
『あいよ』
「さて、少年。あとは頼む」
 そう言うと、フーガさんは右足から崩れ、ガクンと倒れてしまいました。
「ハンッ、やっぱり制御部にウイルス仕込みやがったか。セイン、やるじゃんか」
「ケッ、お互い様だね」
 床でぐったりしながら二人とも何か言い合ってます。
「ラプトル!」
 それが聞こえるか聞こえないかくらいに、若干忘れかけていたチンクさんの気配を感じました。そして反射的にフーガさんの方へ飛び込み、傍に落ちていた棒を拾い上げました。
 槍じゃないけど、このぐらいの長さならどうにか……!
「デトネイター!」
 飛んできたナイフを弾き……チンクさんが飛び込んで来てました!
 身体を横にして棒を振り抜き、どうにかかわさせて……けれども距離を離されて……!
「弾はまだある!」
 ナイフが風を裂いて大量に飛んできました。
 避けるために大きくジャンプをしましたが、そこにチンクさんが迫るように飛び込んできました。
 けれども……!
「……くっ」
 肉迫を感じて突き出した棒の先が、チンクさんの胸に当たったんです。
 インパクトの瞬間に更に押し出したのも功を奏したと思いますが、チンクさんの機能を一時的にも停止させるには十分だったようで、そのまま落下しました。
 ちょうどしたにいたボクは、その体を抱かざるをえませんでした。
「なかなかの機転だったな……」
「……偶然です」
 なんとなく言い合って、笑い合って、ああ、なるほど、さっきのセインさんとフーガさんもこんな感じだったのでしょうか。
 ちょっとだけ、温かい気持ちになりました。
 けれども冷たい声がそこに突き刺さり、膝の裏辺りをゾワゾワとさせました。
『水をさすようで悪いが、残念ながらエリオ、お前側の負けだ』
 シグナムさんのジャッジメントタイムでした。
『セインを完全に停止させなかったのが甘かったな。ヤツめ、救出した非戦闘要員が全員脱出路に入った瞬間、そこを爆破したぞ』
 そう言って、駐機場の端の方を指さします。おもいっきり煙が出ていました。
「発煙筒だけどねー」
 うっしゃっしゃと、小悪魔成分たっぷりで笑ってます。
 それを聞いたフーガさんは「ははん」とおちょくりを極めた感じで声を上げました。
「なるほど、あそこの爆破とか、壁分厚いから大丈夫って思ってて超盲点。それでも良く仕込めたな、セイン。いや、セインだから仕込めたのか」
「ディープダイバー&セインさんの観察眼、舐めんなヨ」
 あははうははうへへと、まるで兄妹のような、あ、いや、兄妹? ひょっとして兄妹だったりするんでしょうか?生き別れ的な。
 とにかく四人揃ってぐったりしてますが、互いに互いで決着ついたって感じです。
「ぎゃ」
「よしっ」
 ドサッ
 あ、ヴァイスさんやられた。


もうちょっとだけつづきます
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初版:2010/11/30

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