……手札は揃いましたか、クロガネノミコト。
━すまんのう、ゼーラ。遅くなったのう。
 ……構いません。形はどうあれ汚らわしく更に卑しい闇を追い詰めたのですから。
━うちのモンのトラウマさえなければのう。
 ……だから意志に手を加えればよろしいとあれほど……。
━ホーリードールを観ていると、その方が効率的だとは思うんだがのう。あれじゃのう。やっぱり苦悩してくれた方が面白くてのう。
 ……高尚な趣味でございますこと。
━まあ、あとは見守ってやるだけよのう。

 

 夕方を向かえた時、竜血樹のてっぺんで巨大な花が咲いた。
 白く宝石のような花はエーデルワイスだ。
 その中心から、白髪と言うには艶のある長い髪の少女が虚ろな目をして上半身を覗かせていた。
「さぞかし気持ちいい想いをしてるでしょうね」
 イル・バタリスカは己のものにしたアイ・ブレイズの髪を手ですきながら優美に微笑んだ。
「そら街そのものをソリティアンにしてるんだもん。この上ない気持ちよさで何も考えられないっしょ」
 ルル・ジョーカーも生きた胸像と化したシノを見上げてニマニマと肩を震わせる。
「ホント、耐えきれずによだれまで垂らしちゃって」
 長身を活かして指で唾を拭き、つるりと舐めとる。
 頬が蕩けそうになり、イルはますます笑みを強めた。
「それ以上はやめておけ。こいつの蜜は刺激が強すぎる。特に虫にはな」
 精悍で野太い男の声が忠告を促す。
 ざっくりとしたショートヘアに青い狼の耳。
 身長が低ければアルに見えるだろうが、そもそも体の輪郭が逆さまの三角形を築いている。
 何より大きな違いは男性である、ということだろう。
 フレキ・オード。早乙女 楓をアル・ハングへと進化させた始祖ソリティアンは眉間にシワを寄せた表情を崩さず、街を見下ろしていた。
「生み出されてからずっと疑問だった。人間がその他の生物の能力を手にして、果たして人間としての営みは本当に必要なのかと」
「そりゃソリティアンの中で食物連鎖が完結するんだもん。環境循環の極みってやつ? これ知ったら普通の生活なんてしたくなくなるってものよね」
 耳の上に咲くアジサイの花を撫でなから、ルルが饒舌に軽口をひけらかす。
 それを切り裂かんと、足元から伸びる影より殺意が降りかかった。
「お届けもんや!」
 背後から頚椎に鈍器のようなものを叩きつけらる。
「なんや、そっくりさん集合やんか」
「ほしきれい」
 頭を強打し目を回すリオの首根っこを掴みながら、美影は残り二人の姿を確認すると、のっそりと影から葉と枝が密集して作られた床に這い出た。
「そっくりさん? 残念だけど私達が本物よ」
「そうだぞー、本物だぞー、少なくともアル様以外」
 美影の手から逃れ、イルの隣へ駆け寄る。
 許されるなら今すぐ手に入れた力で影に引きずり込んで握りつぶしたい。
 しかしあんなものでもアルのお気に入りだから下手に手は出せない。
 ……そもそもアルに対して義理はあっただろうか。
 なんとなく妙なことをされた思いでしか無い。なんなら銃で撃たれた件も含めてマイナスの記憶ばかりである。
 果たしてやっていいのかどうなのか。
 疑問が逡巡する。
「リオに倫理を求めたら気ぃ持たないって。ねえ、グロム」
 脱力とストレスを促す声が風とともに届く。
 人間に戻ったルル、もとい、ライジング・ブラストだ。
「根はいいやつかもしれませんが、アル様がいなかったらただの性悪女ですから」
 妙に落ち着いた男の声がそれに答えた。
 しかし、リオは挑発に乗らない。
 むしろ意気軒昂と言わんばかりに胸を張った。
「性悪結構、モラルなんぞクソ喰らえ。で、どいつからやっちゃいます? お姉様方」
 さすがのイルも尋常ならざる掌返しにじりじりと距離を置いた。
 代わりにフレキが近づき、無骨な指で顎をつかむ。
「貴様、どうせアルが復活したらこちらを裏切るだろう?」
 狼のソリティアンだというのに、虎よりも威のある声を放つ。
 リオは本能的に顔を逸らした。
「それなら裏切らないようにすればいいだけだ」
 耳の奥に恐怖を植え付けられ、リオは竦んだ。
 その時開いた唇に腕をねじ込む。
「あかん!」
 美影がとっさにフレキの頭に向かって飛び込む。
 だが、フレキの体はぐにゃりと形を失った。
 すかさず錫杖を振り回し、生まれた影の中へ滑りこむ。
 そして風の巫女の足元から顔を出す。
 明らかにリオ以上の体積があるというのに、軟体と化したフレキの体はものの一秒もかからずリオの中へ収まった。
 変化はすぐに起こった。
 烏のような翼が生え、左手の爪は鋭さを増し、黄色い瞳を爛々と光らせて牙を見せつけるように笑みを浮かべる。
 尻尾は図太い茨に形を変え、右手はカマキリのそれとなる。
「さすがアルの血を色濃く受け継いだ体だ……乗りこなせばアルよりも強いな」
 先ほどまで人を小馬鹿にしていたようなリオの声が、アルよりも凛々しく逞しいものとなった。
「どうしよう、美影ちゃん。敵に回ったのに怖くも悲しくもない」
 何より色気が無い。
 とぼやこうとしたが、そもそもあの子に色気とかなかったと気付き、言葉を堰き止めた。
「錯覚したらあかんで。土地神はんの力で」
「面白い、まずは貴様から食ってやろう」
「どうしよう、美影ちゃん。敵に回ったのに怖くも悲しくもない」
「むしろやる気出てきました」
「面白い、まずは貴様から食ってやろう」
「ではお兄様、妹の破片は私が」
 美影の前にリオが立ち、ライジングブラストの前でイルが微笑む。
 ブラストはじっくりイルを観てから顔を引きつらせた。
「アイちゃん、気持ち悪い」
「……」
 イルの表情に一気に冷徹が宿る。
 腰辺りに手を伸ばし、そのままブラストの方へ素早く振った。
 反射的に篭手で覆われた腕で払おうとしたが、破裂音と共に激しい痛みが骨を突き抜けた。
「あ、アイちゃんじゃない!」
「気づけや!」
「よそ見をしている場合か」
 冷淡な言葉に似つかわしくない速度で、剛爪が美影の前髪を掠める。特に避けなかったのは、影がフレキの攻撃を逸らしたからだ。
 それでもよろめきは止められず、ブラストと背中合わせとなる。
 そこへイルの糸が伸び、二人を手早く雁字搦めにした。
「美影ちゃん、いや、ファントムちゃんや。ちょっと痛いことするよ」
「えっ」
 不意にブラストが立ち上がり、思い切り飛び上がる。
 風を蹴り、巨大なエーデルワイスへと飛んだ。
「やらせない!」
 紫色の蜘蛛の糸が伸びる。
 しかし、風の巫女の目の前でつむじ風によりかき消される。
 その向こう側からリオの皮を被ったフレキが爪を伸ばして近づいてきた。
「うりゃあ!」
 からまった糸を風で千切り、目前に迫った操り人形の腕を肘と膝で止める。
 爪が脇腹をかすめ、ブラストは痛みで顔を歪めた。
 だが、その後の行動は既に思いついていたままに進められた。
 リオの首に腕を巻きつけ、風を生み出し地面に対し垂直落下を仕掛ける。
 リオの背から生えた翼は二人分の体重は支えきれず、減速も間に合わない。
 このまま枝を突き破り地面へ激突するつもりか?
 否。
 断じて否。
 落下地点にはクワガタのソリティアン少年がいた。
 それも、未だに意識を失っているルル・ジョーカーの体を片手に。
 少年と巫女の視線が繋がった。
 その直後、風の巫女はリオの体を離して軌道を斜めに変える。
 少年は50kg台はあるであろう女性の体を軽々と振った。
「またかよぉおおおお!」
 青黒い液体を吐き出して、リオが叫ぶ。
 だが、グロムはしっかりと手首で振るものをコントロールしていた。
 リオの頭にルルの胸が当たる。
 芯で捉えたかよのうな確かな手応えを感じて川の向こうへ飛んでいったリオを見送ると、グロムは小さくガッツポーズをした。
「ああああああ!?」
 投げ捨てたルル・ジョーカーが胸を抑えて苦しむ。
 植物系のソリティアンは細胞を胸で生成され、蓄えられる。
 男性器にも近い重要な器官へ強烈な一打を受けたのだから無事で済むはずはないだろう。
「あたしの、あたしのソリティアン細胞が……」
 悲痛な嘆きとともに緑色の粘液をげえげえと吐き出し始める。
 グロムは両腕からクワガタの角を一本ずつ生やし、深呼吸で腹部に練気を貯める。
「観念しろ」
 大きく踏み込み、ルル・ジョーカーの二の腕をめがけて両刃で挟みこんだ。
「ひぎっ!?」
 小さな悲鳴を目の当たりにし、グロムは一瞬怯んだ。
 無理もない。クローンとは言え想い人と姿形から声まで同じなのだから。
 抜けた力を感じ鳥、苦痛に歪んでいた悪しきルルの顔が悪意に歪む。
「なんちゃって★」
 細長い足を軽くあげ、トンとつま先をついた。
 瞬間、無数の弦が周囲に三メートルほど伸び、四肢が生え、その中心にハロウィンでよく見られるカボチャ細工のような顔がパリパリと浮かんだ。
 そのうちの一体が、グロムを軽々と掴み上げ、駄菓子の棒アイスを折るように体を横に曲げ始めた。
「みんなー、そのまま内蔵チューチューしちゃおっか!」
 無邪気に邪気を振りまく。
 加えられる断面力にグロムはぐぐっと力んで耐えた。
「アックスフレア、行きまァアアアアアアアアアす!!」
 熱量のある甲高い声が空から響くと、グロムを折り砕こうとしていた木人を穴だらけになった。
 両耳の上になでしこと彼岸花を咲かせた、桜色の髪の三つ編み少女だった。
 双肩に下げたショットガンのようなものから煙が吹き出ている。
 更にそのショットガンで、グロムの頭をおもいっきり殴った。
「ルル様がいるからって気ィゆるめんな!」
「……すまん」
「そこまでにしとけよ、この化け物たち、まだピンピンしてやがる」
 スタっと着地を決めたのはホワイトタイガーのソリティアン、シン・クライムだ。
「やいやい、ルル様の偽物! このむっつりグロムは騙せても、あたしらは簡単にゃあいかないんだかんね!」
「なんなの、あんたら……」
 ヤングでフレッシュな乱入者に、さすがのルルも唖然としていた。
「炎の大和撫子、フィアレス・アムネス!」
 腕を組み、自信満々に大見得を切る。
 それに呼応するように、二人の少年ソリティアンは無視して木人達の方へ飛び込んだ
「ちょ、二人とも! 決めポーズ、決めポーズ!」
 ピョンピョンと飛んで訴えるが、グロムは軽く敬礼をして、シンは中指を立てて舌を出した。
「バカにバカは任せる」
「ぐぬぬ」
「こいつほどバカじゃないわ!」
 ルル・ジョーカーは思わず叫んだ。
「とにかァーく! あんたを倒してアイ様を取り戻す!」
 ビシリと指を差した瞬間、肩のショットガンより砲撃が放たれる。
 細かい鉄の弾がルルの全身を掠めた。
「やれるもんならやってみなッ!」
 立てた親指を足元に向け、ルルは笑った。
 その瞳には、紫色の炎が宿っていた。


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初版:2014/12/01

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