すぅー
  すぅー
   すぅー
 聞こえるのは自分の呼吸だけ。そう思い込む。
 シスターシャッハに教えてもらって、覚えている数少ない、何とかの一つ。
 こうすることで不思議と気持ちが落ち着いていく。ちょっとしたチェイサーみたいなもの。
 痛みも何もかも……っていうのは大げさだけど、とりあえず身体がラクになる。
 ヘソの辺りにじっくり息を貯めこんで、ゆっくりと吐き出す。
 そうして頭の中がクリアになるのを感じて、思考する。
 次はどうすればいいのか、何をすればいいのか。
 そうやって目処さえつけておけば、大きな失敗はすることはない。……まあ、たまに致命的な失敗するけど。それでも命が助かるなら、まあいいや、と。
 そういやあたしらの命ってどうやったら止まるんだろ。人間だったら寝ずに働き続けてればポテンだろうし。
 仮に動力部が止まったとして、それを入れ替えれば問題ないのかどうなのか。
 難しい話。なるほど、人権団体が倫理的に云々とか言うのは分かる気がする。
 けれども、生まれちゃったものはしょうがないよねー……って、ああ、また余計なことを考えている。セインちゃん、そろそろ思春期でしょうか。
 ……。
 まあ、姉妹と離れ離れになって、考えることが少なくなった弊害ってとこかな。
 だからアイツの事、気にかけちゃってんのかな。
 ……ジジッ……
 あちゃ、ノイズ走った。ひょっとして傷口、結構致命的? いやいや、噂の走馬灯も見えてないし、いや、走馬灯、見えたら見えたでそこそこ気分悪くなるんじゃね? ワルいこといっぱいしてきちゃったもんね。
 なんて散らかってきた思考を整えるため、再度、深呼吸をする。

  すぅー
  すぅー
   すぅー

 ……。
 こんなことを自分の中で繰り返しているうちに、いつの間にか眠ってしまう。
 そうして今日見えたものは……とても理不尽で、不条理な夢。
 何かから生まれたと同時に言葉を投げつけられる。
『失敗』
 そうして、ゴキ、と自分の中の何かが折れて、自分が消える。
 それの繰り返し。何度も何度も繰り返され、やがてあたしが出来ていく。
 そうか、あたしはこういう犠牲の上に成り立っちゃってたりするのかな。
 後ろ暗いなぁ、もう。そういうダークな部分は是非とも消去願いたいもんです。
 いや、いやいや。
 こんなふうに感じられるってことは、いろいろとわかってきたってことかな。
―ガラリ
 そう、ガラリ。ここ二年でガラリと変わった生活のお陰なのか影響なのか。
 ……。
 ていうか、今の音、窓が開く音じゃねーの?

 ◇ ◇ ◇

 音に気づくなり、セインは痛む首筋に顔を歪ませながら飛び起きる。
 そして一枚しかない大きな窓の方を見た。
 夜風を取り込むように、窓は開いていた。更に蒼い髪の少女が窓から身を乗り出すように外を見ていた。
「早まるな! ていうかお前は早まりようがねえよ!」
 飛び出し、腕を掴んで引き寄せる。
「な、なんだ。何を早まるんだ」
 戸惑いながら雷刃は訊ねた。
「別に出自がどうであれ、人サマの前でヤケになっちゃいかんよ」
 高ぶりかけた心を押さえ、悪戯をする子供を諭す大人を意識して言う。
 それに対する雷刃の返事は、意外にも好意的であった。
「ヤケってなんだ。ボクはただ、闇が恋しくなって外の夜に見惚れていただけだ」
「キザったらしいセリフ吐くな、太股の内側がゾワゾワするワ」
 ずれた会話でキャッチボールをしつつ、セインは気付かれないように窓から雷刃を引き離す。いつしかベッドに座らせ、自分もその横に座った。
「余計なお世話だ……」
 と言いつつも、反抗的な色は一色もなかった。
「ようやく思い出しただけだ、自分が一番やりたいことを。……ほんの一欠片だけれど」
「そりゃ朗報。ぜひお聞かせください」
 セインの問いに対し、雷刃は窓越しに夜を見た。
 小高い丘の上に立つマンションの一室。その中層階の景色に相応しい街の灯りが広がっていた。
「……飛ぶ」
「そら、勝手にやってとしか」
「物理的な意味じゃない。ただ単に、こう、突き抜けたいというか……」
 語った言葉の意味をたどたどしく説明しようとする。しかしセインはそれ以上の説明を求めず、続きを探った。
「闇の力で?」
「そう、だから……そうだよ」
 言われて気づく、自分の存在意義。
 完全ではないが、ただうっすらと、道が見える。
「闇の力を集めて……」
「集めて?」
「……その力で、ボクは飛ぶ」
 ベッドから立ち上がり、拳を胸の前で握りしめる。
 それに対し、セインは更に質問をぶつけた。
「どんなふうに?」
「……それが思い出せない」
 雷刃は項垂れ、ベッドに背中から身を投げた。
「案外、思い出したくないのかも知れない」
 寝室に相応しい暖色のライトを見ながら、言葉を零す。
 フェイトの声に近い、やんわりとした声だった。
「ただ、感じるんだ。同じような目的を持った何かが、近付いているって」
「マジかよ、だったらフェイトさん&セインさん、大金星」
 セインが思いついたことを即座に言葉にする。雷刃はシニカルに笑った。
「俗っぽいな。その自由そうな性格、もう少し世のために使ったらどうだ」
「言うな言うな。自分に出来ることしかやりたくないし」
 肩をすくめ、雷刃と同じようにベッドに寝転がる。
 更にヒョウヒョウとした声で、言葉を続けた。
「ていうかさ、ずいぶんおおらかになったじゃん。あたしの血ぃ吸って、感化されちゃった?」
 雷刃はくすりと笑った。
「先ほど噛み付いた時……あれはすまないとは思っている……それとは別に、単にキミの出自に興味が湧いた」
「出自ねえ、たしかに興味湧かない方がおかしいわ」
 セインは苦笑した。
「ああ、先程までのように嫌悪するだけでは勿体無い。なんというか、ボクと同じ、闇の香りがして……」
「ぷえー」
 湿りかけた空気に耐えかね、セインは間抜けな声を上げた。
「……せいぜいごまかして生きるといい」
 雷刃はそう言うと、鼻で笑い、ゆっくりと目を閉じた。
「あ、あのー……夕焼け番長ごっこやってるところ、恐縮なんだけど……」
 やわらかく控えめな声が、二人の耳に届く。
 金髪の女性が、困惑の色を含んだ笑顔を二人の視界に入り込ませていた。
「一緒にお風呂とか、どうかな?」
「よっしゃ!イベントCGゲット!ここで断るだなんて選択肢、セインさんには無いんだぜ!」
 立ち上がり、右腕を上げる。
「あばた」
 雷刃に噛まれた部分が火花を散らした。
「セインはムリ、かな……水垂れたらアウトだし、せめて穴が塞がってからだね」
「人のケガを雨漏りみたいに言わんでください」
 悪意のない発言をわざとネガティブに捉え、セインは茶化してみせた。
「おふろ? なんだそれは」
 案の定、雷刃が疑問を呈する。
 セインは悪戯チャンスと感じたのか、マジメな顔をしてふざけたことを言うことにした。
「胸を触りあって魔力を高める儀式だ」
「バカな! そんな儀式があるとだなんてボクの記録に「セイン、私の顔をした子に間違った知識を植え付けないで!」
 雷刃の勘違いを遮るように、フェイトは慌てて声を上げた。同時に現れた本気の困り顔に、セインは思わず「すいません」と深々と謝った。
「じゃあ、セインは……専門のお医者さんが来るの待ってて。えーと……」
「らいじん」
「じゃあ、雷刃。少し汗というか、ええと、身体の汚れ、取ろうか」
「……こいつと二人きりというのは落ち着かない」
 セインに向けて不満を漏らす。
「あとから行くから、我慢しなって」
 穏やかに笑ってみせて、セインは軽くウインクをしてみせた。
 雷刃は不服そうに唇をはみながら小さく頷き、風呂場に向かうフェイトの後を追った。
「……あれなら当分は大丈夫か」
 ふう、と大げさ気味に溜息をつく。
 同時に不快な音が全身を流れた。
 ……ジジッ……
  ……ジジッ……
「いやいや、肩やられたぐらいでここまで不調になるかな、コレ」
 不思議に感じ、改めて傷口を見る。皮膚の下にあるはずの骨肉部には、それら有機物の代わりのように無機物がねじ込まれていた。その中で二本の断線を見つける。
「いやいや、こんぐらいでノイズ走らんっての」
 大きく息をつき、眼を閉じ、そしてつぶやく。
「自己診断かーいしっ」
 閉じたはずの目の前に自身の全身の外枠が現れ、噛まれた右肩に赤い点が記される。規則的に点滅しているべき赤は時折リズムを乱し、セインに他の異常を伝えた。
「うーん、こりゃあとでデカいトコに診てもらった方がいいや」
 自身の異常に対する行動に目処をつけ、セインはゆっくりと立ち上がった。
 その時である。ツーというチャイムと共に、寝室の壁が「VoiceOnly」と表記された七インチ程度のウインドウが映しだされる。
 セインはそちらを向き、比較的朗らかな声で答えた。
「どちらさまですかー?」
『フェイトさんに呼ばれてきたんだけれども、いれてもらえるかな?』
 のんびりとした、血圧の低そうな声が返る。
 フェイトお嬢様が呼んだ技術者かな、と思いつつも、セインは念のため訊ねた。
「所属と名前をお願いしますー」
『参ったな。音声のみでは本人と確定させる材料がないよ。そうだ、フェイトさんと替われるかい?』
「……念の為つなげてみます」
 そう言ってウインドウが映る壁に触れると、右側に小さなアイコンが出てきた。その中の一番下にある鏡のマークに触れる。
 すると、VoiceOnlyと書かれたウインドウがさらに一つ増えた。
「フェイトさん、ご指名ですー」
『裸になるだなんて聞いていないぞ!』
「ハダカ!」
 荒ぶる雷刃の声が返ってきて、セインは腰を抜かした。
『やあ、フェイトさん。しばらく見ない間に元気になられたようで』
 穏やかに、且つ嬉しそうに客人は言う。その間、雷刃の声がしたウインドウからガタガタと物が転がる音が響いた。
『アリオンよね! ちょっと待ってて……あ、今、ロック開けるから……こら、下着も脱ぐの!』
『脱がせてどうするつもりだ! さてはそのまま拘束してどこかに捕まえるつもりだな!』
『わかった!わかったから!私が先に脱ぐから!」
「……ていっ」
 エスカレートしそうな会話を察し、セインはフェイトの声が漏れるウインドウを掌で覆い、そのまま閉めた。
「出来れば出直してきて欲しいんですが。現上司の威厳をこれ以上、奈落の底に近づけたくないんで」
『いやいや、面白そうだし、入らさせてもらうよ』
 ゆったりとした声はそう述べると、自ら通信を切った。
 そこから生まれた一瞬の沈黙のうちにセインは悩んだ。
 フェイト達をどうするべきか、来客とどう接するか。
「なんかもう、面倒だ」
 ほんの少しだけ悩んだ後、考えることをやめることにした。


 ◇ ◇ ◇

 第一印象……大きい、「かなり大きい」。
 目の前に現れた来客に対し、セインは思わずつぶやいた。
 セインとは半分違うほど背の高い女性だった。
 なのにすらっとしていて、威圧感がない。
 眠たそうな双眸とふわりと両肩の前にたらされた長めの髪もあって、どちらかと言えば優しげな印象があった。
「それはきっと背筋を伸ばして生きてきたせいだね」
 セインの零した一言に、女性は穏やかに笑い、手をそっとセインの方へ伸ばした。
「アリオン・ヴォルドール。気軽にアーちゃんと呼んでくれれば幸せになれるよ」
「……新手の宗教でしょうか?」
 とぼけた自己紹介に、セインも負け時とうがった反応をしてみせた。
「その返しは初めてだね、セインちゃん。みどころがありそうな頭の使い方をしている」
「あらやだ、あたしのこと知ってるすか」
「私も機動六課にいたころがあったからね、裏方の裏方だけど」
「うわあ、なんか何処行ってもいるもんですな」
 セインの言葉にアリオンはふふふ、と小さく笑って、スーツケースのような鉄製の赤いバッグを静かにテーブルの上に置き、開く。
「雨漏りの修理から通信環境の整備まで、一年間地道にやってきたものだよ。あ、到着早々失礼。仕事の前に気持ちを整える習慣みたいなものだから」
 バッグの中から手のひらサイズの茶色いビンの飲み物を取り出し、中身を一気に飲み干す。
「なるほど、あたしのコレを直してくれるってのがアーちゃんさんなわけですか」
「そういうわけです。ベッドは使えるかな? 出来れば身体が水平な状態で見せてもらいたいのだけれど」
「そこの寝室で良ければ」
 ぶっきらぼうに親指で差す。四台のシングルベッドが四隅に余裕を持って配置された部屋があった。
「結構。早速始めよう」
 パンと、手を叩き、アリオンは静かに寝室へと向かった。
「それじゃあセインちゃん、そこに横になって」
 セインから見て手前右のベッドを指差す。先ほどセインが深呼吸していたベッドであった。
「はいさ」
 と、ささっと寝室に入って横になる。
 アリオンはドアを閉めると、ベッドのサイドテーブルに赤い鉄のバッグを置き、水平に開いた。
「アバランチ・インジェクション、起きているかい」
『いつでも動けます、マスター・アリオン』
「わお、スーツケースが喋った」
「正確にはこの中に仕込んだインテリジェント・デバイスだよ、セインちゃん」
 少女の小さな感嘆符に、アリオンは微笑みを含んで答えた。
「さて、そのままじっとしていておくれよ」
 そう言い、ふところから一枚の厚めの黒いカードを出す。四隅が丸くなったハガキサイズのそれをセインにかざす。すると、穏やかな光がセインを一瞬だけ包んだ。
『解析完了。修道騎士見習いのセイン様ですね。今現在のデータと、ハラオウン執務官から得たモデルを重ねて差異のある部分を拡大します』
「頼むよ」
 アリオンの声にスーツケースが「かしこまりました」と応える。角から光が照射され、セインのやや上に彼女の立体内部モデルが浮かび上がった。
 セインは「これ使ったらフェイトお嬢様をおちょくれるな、幽体離脱的なネタで」と言葉をこぼしそうになって、すぐさま躊躇した。
「メンテナンスが行き届いているようだ」
 関心そうにアリオンが言う。率直な感想に、セインは顔を赤らめて笑った。
「なかなかのもんでしょ」
「うん、それだけに右肩の損傷以外、気にすることはなさそうだけども……アバランチ・インジェクション、総合診断もしてあげて。そのついでに兄さんに伝えておいてくれ、今夜はフェイトさんのところに泊まるって」
『かしこまりました』
 そう言い、アリオンは大きく息をつくと、セインの肩にそっと触れた。
「……この傷、本当に噛まれただけかい?」
 穏やかな声にほんの少しだけ渋みが混じる。些細な変化にセインも気づき、緩んでいた顔をきゅっとさせた。
「わかります? なんとなくおかしいんですよ」
「うん、瞳孔が少しだけ安定していないね。ズームは効くかい?」
「……あっ」
 言われて即座に試した直後、セインは思わず呆けた。
 その様子に気まずさを感じ、アリオンも鼻の頭を親指で撫でて間を取り繕う。
「とりあえず助手の結果を待とう」
 やがて出た至極冷静な結論に、セインは小さく頷き、目の前に浮かぶ自分の立体図を苦々しく見つめることにした。




もどる/次へ
目次へ
初版:2010/12/27
二版:2011/01/03

inserted by FC2 system