あたしの姿を使った王様の案に乗って、あたしら三人揃って宿舎にトボトボと戻っている。美少女が三人居れば多少はキャッキャウフフな話をするんだろうけど、チンク姉はわりと寡黙な人柄だし、王様は王様でバレないようにするためかほぼ無言。それを察してか、レヴィまで口数が少ない。
 ていうか、無言は逆にバレるっての、王様。
「セイン、今日はやけに静かだな」
 ほら、やっぱり。
「どうもウイルスまがいなものを打ち込まれた、らしい。医者からはISを使うなと言われたくらい酷いようだ」
 あらやだ、だいたい合ってる。
「確かに言語もやけに堅い。そのままの方が保護者の手も焼けただれずに済むんじゃないのか?」
 チンク姉の皮肉は相変わらず健在だ。それを聞いた王様は、あたしの顔を淋しそうに笑わせた。
「世話は火傷するくらいがちょうどいい」
 そう言って、レヴィの方を見た。
「今はボクよりシュテルの方が酷いんじゃない?」
「なるほど、元々厄介である自覚はあったか」
「ひどいなぁー、姉様」
 キュン。
 もっと言ってぇえええ!
「ところで、その医者とは?」
 と、チンク姉から急に質問が届く。
 果たして王様は、どう答えるのやら。
「さあ?あたしも診てもらっただけだから……」
「だが我々の体を診るなど並大抵の医者では出来ないぞ」
「その医者が私だよ」
 ぬらっと、でっかい人影があたしらの前に現れた。
 右から下げた白髪に眠たそうな眼……間違いない、アリオンさんだ。
「あなたが……ああ、なるほど」
 どうやらチンク姉はご存じらしい。
「チンク姉、知っておるのか?」
「ああ、我々戦闘機人の強化プロジェクトに関わっていたお方だ」
「そうそう。途中でスカリエッティ先生の洗脳、解けちゃって頓挫させちゃったんだよ」
 マジカヨ。
「まあ、やらかしたのは兄さんだから、私を責めないで欲しいかな、うん。楽しかったんだけどなぁ、色んな追加武装とか造るの、眼から光線とか、ドリルアームとか」
 眼からビームはねーわ、少なくともあたしには。
「なるほど、あたしの不調を見抜いた理由、合点がいった」
 王様、もうちょい頑張って!
「やいデカ女、フェイトは?ほったらかしじゃないだろうな?」
 今にも噛みつきそうな勢いでレヴィが睨む。
 アリオンさんは小さく笑うと、白衣を翻して背を向けた。
「私の工房に転送したよ」
「護衛は?まさかあのおしゃべりスーツケースだけじゃないだろうな?」
 レヴィ、ちょっとだけ牙を隠そうか。
「工房には私の助手が住み着いている。勝手に護衛どころかステルスすらしているよ、きっと」
「腕前は?」
 王様があたしの声で喋られた。
「元六課の情報科学班のバックアップ……まあ、補欠だけど、腕は正規の隊員に匹敵するよ」
「十分だ」
 王様がレヴィを撫でて言う。
 意外と柔らかい髪質だった。
「というわけで工房に、と言いたいところだけど、一つ確認してもいいかな?セインちゃん」
「なんだ」
 王様、もうちょいソフトに。
「ディープダイバー、使ったね?」
「あ、ああ」
 王様、素直すぎでございます。
 するとアリオンさん、チンク姉に向かって淡々と一言。
「チンクさん、彼女の人格、ウイルスに乗っ取られているよ」
「「なんだと」」
 重なる二つのピリピリした声……多分、意味合いは違うんだろけど。
 驚く王様とは裏腹に、あたしは「ああ、やっぱりね」と当然のように思っていた。
 そりゃーねえ、使うなって言ってた人だもの、予測はついてたんでしょ。観察眼もそこそこあるみたいだし。
 一方、レヴィは……明後日どころか来年を見る勢いで視線を反らしていた。
「姉としてなんたる失態」
 顔を青ざめさせてるチンク姉。すっげえマジメ、さすが。
「バレたら仕方あるまい」
 いや、王様、もう少し粘れよ!
「我は闇統べる王……の、欠片だ。こやつの体のお陰で、こうして意識だけでも……」
 なんか雄弁に喋ってるけど、長いので掻い摘んで説明しやす。
 なんでもマテリアルガールズ、なんかの作用で上手く分離出来なくて、レヴィの中に王様の意識体が入り込んだそうな。
 で、あたしに噛みついた時に移動して、ISキッカケで乗っ取りに成功したそうな。
「なるほどね、フェイトさんたちの任務としては大進展だね」
「よくやった、セイン。聞こえていればいいが」
 聞こえてますよー。
「王様の仮の素体を工房で造らせるよ。それまでセインちゃんは……」
「眠ったままになるな、構わない」
 寝てませんよ、チンク姉。
 そして後半の言葉があたしのことを気遣ってくれてるなら……。
「静かに事が運べる」
 うわーん!
 ニヤリと言うんじゃねぇーよぉー!
「でも少し、淋しいかな」
 ……レヴィ?
「どうした、レヴィ。感傷など一番無縁だったろうに」
「いろいろ楽しかったからさ、セイン姉様とのやりとり……それに、一番最初に、手を差し伸べてくれたから……」
 レヴィが右手を見つめながらしんみりと言う。
 ……あんなにツンケンしてたくせに、お前ってやつぁ……。
「デカ女、どうにかしてセイン姉様と王様が自由に交代出来るようにならないか?」
「それは王様次第だよ。王様、せめてセインちゃんの声くらい、代弁出来るかい?」
「我に出来ぬ事などない」
 強気を演じる王様を、あたしは感じた。
 わかってる。王様の意識が強すぎて、あたしが表に出られないことくらい。
 だって出ようとしても、絡みつく闇の霧を振り払えなくて、そう、王様の『我』に抑えつけられてるって、実感してる。
 けれど、自分を失うつもりなんてない。飲み込まれるなんて、真っ平御免だ。
 だからせめて、王様の中からみんなの役に立てるように動くさ!
「と、いうことだそうだ。チンクとやら。よき妹を持ったものよ」
「立派になられると、かえって淋しいものだな」
 チンク姉が苦笑い、というか照れ笑いしてる。
 こんなチンク姉を、あたしは初めて見たかもしれない。
 ひょっとしたら、お互い見せたことのない一面を見せ合ったのかな……へへ、お互いに変わったもんだ。
「デカ女、ボクたちは宿舎に戻ってシュテルと再び戦うつもりだ。フェイトのこと、頼めるか?」
「いや、戻る手間はいらないよ」
 ん?どういう意味だ?
「彼女たちの方からやってくるよ、エサに釣られてね」
 不敵に笑うアリオンさんの手にあるのは金色に明滅するカプセルだ。
 まさかアリオンさんも敵の手に……。
「フェイトさんの魔力をほんの少しだけ頂戴した、擬似餌代わりに携行してきたんだ」
「どうして狙いがフェイトだってわかる?」
「断定しているわけじゃないよ、レヴィちゃん。あくまで保険だ。狙いが誰でなんなのか、むしろこちらが聞きたいよ」
 そう言って、肩を落とす。
 けれども、自信満々の笑顔をしてる。
「この公園でやろう、決戦を。既に私の知人の協力で結界の準備も出来ている」
「うむ、なかなかの働き。しかし管理局のような機関は動かぬのか?」
 当然の疑問を、王様は口にした。
「みたいだね。フェイトさんが六課OBの私を直接頼った時点でつまびらかに出来る任務じゃないということは察したけれども……」
「いわゆる政治だ。十年強越しの闇の書事件の後始末など、関係者のためにはならないだろう」
 そうそう、はやてさんやらシスターカリムに迷惑かかっちゃうもんね。
「いつの時代も人と言うものは複雑怪奇なものよ。いっそ闇に染まれば楽だろうに」
「ロード、光と闇があるからこそ、世は進むんだ。問題は、悪に堕ちるか否かだ」
 アリオンさんがマジメな目付きで言った。超怖い。
「……悔いているのか、ドクターに手を貸したことを」
「いいや、チンクさん。むしろそれを教えてくれたドクターに感謝しているくらいさ」
 眩しい声で答えないでください。王様が少し引いてます。
「難しいことはわからないけどさ!」
 最年少のツインテールが大声を上げた。
「闇は闇なりに生きる道、あるってことだよね?」
「断定はしないよ。けれども、探せばいつか、きっと……」
 そう言い、アリオンさんは空を見上げた。
 つられてみんなして顔を上げる。
「なるほど、星の輝きは、夜が闇であるからこそ、か」
 王様があたしの声でカッコいいことを言った。はずかちぃ。
「そうして生まれた星の輝きは、強い。我々を正道に導いてくれた者のように……」
 チンク姉が静かにも力強く言う。
「やろう!絶対にシュテルと烈火の将を!」
 レヴィが手を差し出す。
「ああ、闇に染めても、悪には堕とさせぬ、きゃつらの王として」
 王様があたしの手をレヴィの手に重ねる。
「友人として」
 今度はチンク姉が重ねる。
「……全力、全開で」
 最後にアリオンさんがなのはさんの言葉を借りて、手を重ねた。
 四方から伸びた腕からは、言葉以上の力強い意志が滾っていた。

 ◇

 身体が、重い。それどころか目を開けているのに暗い。
 頭を軽く締めつけられる感覚する。きっとアイマスクをされているに違いない……。
 ひょっとして、敵に捕らわれた?いや、ありえない。
 宿舎のセキュリティはそれなりにあるし、マテリアルの子もセインに懐いてて、決して悪さをするような雰囲気はなかった。
 だとしたら、いったい……。
「おっはよーございまーす」
 コウモリが寄ってきそうな高くて脳天気な声。ききおぼえがあるけど、思い出せない。
「お久しぶりです、フェイト隊長。六課の名も無き交代部隊OBです」
「交代部隊、ということはシグナムの……」
 シグナムが部隊長代行をやっていた、あの部隊の……。
「ええ、いろいろお世話になってましたよ」
 言葉というより声が飄々としていてつかみ所がない。
 私はアイマスクをとろうと手を動かしたが、何かに阻まれて出来なかった。
「アリオンの命令でフェイトさんに無茶をさせるなって話になってまして、とりあえず抑えちゃいました」
「まるで捕虜の気分だよ」
 私はため息をついた。
「他のみんなは?」
「いろいろあって、これからシグナムさんたちと正面から戦うつもりみたいですよ」
「え」
 なにそれ、寝耳に水だよ?
「なんでもシグナムさんがマテリアルの暗黒面的なものに捕らわれたらしくて、そんでセインちゃんたちが戦うとか。あ、チンクさんも合流してますね」
「だとしても、シグナムにかなうわけが……シグナムの方は?」
「なのはさんのマテリアルっことコンビです」
 勢力的見て、どう考えても厳しいよね……。
 だったら、せめて私が……。
「フェイトさん、今、無茶しようとしてます?」
 ……あはは、見透かされた。
「うん、私が行けば、頭数で優位に立てるから」
「でも魔力はダメダメでしょ?」
 図星。
「だから、本来の動きが出来るようになるまで、もう少しだけ我慢してください。それにセインちゃんにはついてますから」
「なにが?」
「闇統べる王の力と良心が」
 あ、ああ、なるほど、ね。
 王様がいれば、きっと他のマテリアルも統率、取れるよね……って、それって、大丈夫、なのかな……。
「アバランチ!最適化、進んでる?」
『現在、コード:E.R.Aをコーティング中です。あと十分で完了します』
「というわけであと十分、思い出話でもしませんか?」
 アイマスクが取られて、優しい光が目を潤す。
 同時に見えた深緑のショートヘアに既視感を生んだ。
「あなた、交代部隊のノア……?」
 ……そうだ、確か六課の夜を支えてくれていた交代部隊の一人。
 情報科学班所属の、いっつも元気な彼女は、確か……。
「お察しのとぉーり。ノア・ツアラーでーす。覚えてて頂けていたようで」
「朝方によくシグナムに怒られてるの見かけたから……」
 二日に一回の確率で。
 相当の問題児だったんだろうけど、ちゃんと自立してるみたいで何より、かな。
 えと、ところで……なんで私、大の字で寝かされてるんだろう。
「ねえ、ノア、いったいなにしてるの……かな……?」
「調整してるんです、アバランチがフェイトさんの身体にフィットするように」
「アバランチを?」
 私は心の中で首をかしげた。
 アバランチ……アバランチ・インジェクションは、確かアリオンのインテリジェント・デバイスで、医療や機械とか、ライフラインの保守に特化してるはず。特定の形は持たないで、常にアリオンの仕事に応じた端末の中にいるプログラムそのもののハズだ。
「どうして私の体に合うように?」
 私は素直に疑問を口にした。尋問ぐせ、ついちゃったかな?
「アリオン曰く、アバランチの本来の姿は彼女の弟くんの高性能ギプスなんです。フェイトさんが使うなら弟もきっと喜ぶって、最低限のプログラミングを済ませて私に押し付け……もとい!託して、セインちゃん達を探しに行きました」
「それじゃあアリオンは丸腰で!?」
 私は驚いた。変わり者だとは思っていたけれど、まさか、こんな重要な状況下で……いや、巻き込んだのは私だから、私がどうにか……。
「そうやってまた背負い込んじゃって、大変じゃないですか?」
「あれっ、ひょっとして、コトバになっちゃってた?」
 悪い癖になっちゃってるかな、両方とも。
「背負い込んでも、手伝ってくれるって、信じてるから」
 なんとなく笑ってごまかそうとした。
 それに気遣ってくれてなのか、それとも性分なのか、ノアはケラケラと笑いながら言った。
「いやはや、腹黒いッスねー、さすが執務官殿。大局を動かしておりますなァ」
 そういうワケじゃないんだけど……ま、いっか……。
 ノアの軽口で心が穏やかになったところで、私は気づく。
 いつの間にか、ソニックフォームになっていることに。
「その上からアーマー装着していきますんで、期待して待っててくださいまし」
「え、えと、つまりこれって、私の魔力、元に戻ったの……?」
「魔力そのものは失われてるわけじゃないですからねー。フェイトさんの姿したマテリアルっ子が勝手に魔力をリンクして奪ってるせいでバランスが取れてないだけですから。アバランチ、フェイトさんの魔力、再現出来た?」
『再現率は七割です。しかし装甲を通しますので問題ありません』
 正直、ノアとアバランチが何を言っているのか分かっていない。
 ただ、これからもう一度立ち上がれるということだけは理解出来た。
 そう、この力で。
 あたしは、飛ぶ……!
 なーんて、ね。

 ◇

 一方、フェイト達がいた部屋にはシグナムとシュテルが入り込んでいた。
「やられましたね」
 星光……シュテルが無表情ながら、落胆を言葉にする。
「だが、そう遠くへは行っていないようだ」
 シグナムがその肩を叩き、クールに熱い声を聞かせた。
「そのようですね、レヴィも同じ方向にいようです。急ぎましょう」
「……シュテル、なぜ、そんなに急ぐ必要がある?」
 一瞬見せた焦りの色を、シグナムは見逃さなかった。
「私にはありませんから、魔力の源が」
 淡々と述べ、部屋を出る。
「シュテル、もし私で良ければ」
 と、声をかけ、足を止めさせる。
 シュテルは少しだけ目を鋭くさせ、シグナムの方へ半顔を向けた。
「いけません。あなたの全てを失うのは惜しい」
「シュテル、お前も、まさか……」
 シグナムはシュテルの中で目覚めている何かを確かめようと訊ねた。
 しかし、シュテルは頭を振って、それ以上の追求を避けた。
「さあ、行きましょう。隠しくれてない金色の魔力の残滓、今の私には欠片でも堪りません」
 無表情にそう言い、再び足を進める。その足を、シグナムはもう一度だけ止めた。
「シュテル、これだけ聞いて欲しい」
「今度はなんですか?」
「私が、ついている」
 熱い視線が、シュテルの瞳を貫いた。
「……将、あなたという『人』は……」
 互いの眼に輝きが宿る。
 瞬間、二人は苦悶の声をあげながら頭を抱え、うずくまった。
 それが数分か十数分経った後、二人は虚ろな瞳を携えて立ち上がった。
「……行きましょう、近くの公園です」
「ああ」
 冷酷な声が吐息と共に、二人の唇から零れた。


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初版:2011/5/31

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