今は昔、聖王教会に入ってからまもなくのこと。
 着慣れない修道服を風に晒しながらシャッハと庭で茶をしていた。
 特に会話はない。
 向こうがどう思ってるかなんて興味はない。むしろあたしとお茶だなんて奇特とさえ思ってしまう。
 向こうに気まずさはないのか?
 それともあたしが気まずく思っているのか?
 落ち着きがないとも思われたくないので、とりあえず優雅な雰囲気を醸し出すことに精いっぱいだった。
 それも限界というところでシャッハが声を出す。
「なにやら騒がしい風の香りがしますね」
 なにを言っているかわからないけど、不穏な知らせであることは、本能が感じた。
「それが本当ならお茶をしてる場合じゃないですね」
「ええ、ですがそれも騎士カリム次第だと思います」
「そうですか」
 なにか面倒なロストロギアでも見つかったかな?
 まあ、ディードかオットーが出るんじゃねーのかな?
 なんて呑気に構えていたら禍はやってきた。
「ティータイム中、失礼します。シスターシャッハ、ご助力を請いたいのですが」
 赤髪の鋭い目をした男が現れた。
「あなたは確か、アコース査察官の……」
「弟子のフーガ、フーガ・ヴォルドールです」
 あらっぽそうなのに丁寧でやんの。
 何かかくしてそうな、あたしが一番嫌いなタイプだな。
「なにかありましたか?」
「大問題です。貴女が適任と騎士カリムに勧められまして……」
 男は耳打ちを始めた。
 そんなもん、セインさんの耳には余裕綽々で聞こえるけどね。
「シグナムさんとフェイトさんが急に戦い始めましては、お互いに奇妙なロストロギアを拾ってからかと……」
「それを私に止めろと?」
 ムチャクチャいうな、あの人。
「アコース先輩が先行しております。応援も騎士カリムと手配してますので、よろしくお願い致します」
「かしこまりました」
 そう言って、シャッハはあたしの方を向いた。
「しばらく留守にしますので、基礎学だけでも……」
「宜しければシスターの代わりに教えられることがあればお相手になりますよ」
「それは助かります。シスターセイン、この方からいろいろ学んで、後ほどレポートにして見せて下さい」
「はーい」
 形だけの返事。
 それでもシャッハはよし、と言わんばかりに笑って頷く。
 愛想笑いが円滑な関係を作る、と言うことを、その笑顔を観る度に思う。
 シャッハはさっさと行ってしまい、空いた席には赤髪の男が座った。
「今のは愛想笑いじゃないぜ、シスターセイン」
 ……こいつ、テレパスか?
「まあ、多少は。つーか、お前は表情でわかるよ。戦闘機人の中で最も感情豊かなセインちゃんだしな」
「お褒めいただき光栄です」
 あたしはむっとして答えた。
「やさぐれてるな、ここでの生活、窮屈なのか?」
「さあ?ただ、何となく釈然とはしていないね。いい加減なあたしを手元に置いて性格改善したいんだろうなってのは、何となく感じる」
「ほお」
 感心そうに赤髪が声を出す。
「それがイヤと感じてそうなのに出ていかないのも不思議たな」
「恩義はあるから」
 つーか、なんであたし初対面にこんなこと話してんだ?
「だよな」
 共感した風に赤髪が言う。
「俺も最初はそうだった。この世界に飛んで父親代わりの人に対して滅私奉公してたもんだ、モヤモヤしながら」
「へえ」
 意外な共通点だと思った。
 第一印象から滅私とは無関係かと勝手に思っていた。
「でもそれを見抜いてたんだろうな、その人はこう言ってくれた。『好きなようにやれ、責任は私が持つ』って。それからは……ご覧のとおりさ」
「……なるほどね」
 今度はあたしが関心を抱く番だった。
 そして男は左手を差し出す。
「フーガ・ヴォルドールだ。フーガと呼んでくれ、シスターセイン」
「よろしく」
 差し出された手を、あたしは軽く握った。
 するとフーガはじっとあたしのことを見てきた。
「な、なんだよ」
「やはりカミさんによく似てる」
「新手のナンパか?」
「いやいや、単に出自に興味が出ただけ」
「知ってんだろ、あの査察官殿の弟子なら」
「ああ」
 あたしは戦闘機人の中でも純粋培養かつ突然変異。
 それぐらい、あたしに絡んでくるようなら知っているはずだ。
「カミさんの遺伝子を利用されたって一説がある。そりゃ突然変異にもなるわな、だって時間を超えてここにたどり着いたんだもの」
「なんだそれ!」
 あたしの知らない情報が飛び込んできて、思わず大きな声を上げた。
「ちなみにウェンディは俺の遺伝子が絡んでるらしいぜ」
「それは納得」
 そしてシャッハがコイツとあたしを二人きりにさせた理由も、なんとなく読めた。
「つーわけで遠縁の親戚だと思って、なんでも気軽に相談や質問をしてくれ」
 そう言うと、フーガは両手を組んで前のめりになってあたしのことを見つめてきた。
 あたしは悩んだ。相談するかどうかじゃなくて、相談すべき内容に。
 ふと右手だけ白い手袋をしているコトに気づいた。
「なんで片手だけ?」
 そう言って右手を指差す。
 するとフーガはためらいもなく手袋を剥いだ。
「お前たちの強化パーツの実験結果。ベリスコープアイもついてるんだぜ?」
 そう言い、人差し指を伸ばし、あたしに見せつける。カシャ、と言う音と共にレンズが姿を現した。
「じゃあ、あんたも……」
「ああ、スカリエッティさんにお世話になったよ。つっても捕まえられて実験体にされただけだけど」
「ご、ごめん……」
 いきなりの告白に、あたしは思わず謝罪した。
「いやいや、お陰でレジアスのおっちゃん通してラクに管理局に入局出来たから……ていうか、シスターセインが謝ることじゃないだろ。あの時はお前も生まれてなかったし。そうだ、ちょうどチンクが稼動したぐらいだ」
「そしてその右腕が、あたしらの固有武装の開発に役にたったわけだ」
「ああ。ウェンディのライディングボードの射撃装置やディードのツインブレイズの刃形成……オットーのレイストームみたいなものも撃てる。それも俺の魔力を利用して……」
「なのにどうして六課にいた時に、そいつを教えてやらなかったんだ。そうすりゃあたしらのことだって……」
 言い切る前に、フーガが答える。
「部隊長の優しさだよ。『その右腕、使わない日が来るとええな』って。今思えば、シスターセインの言うとおり、被害は最小限に済んだわな……」
 そう言い、表情は変えずに悔しそうな目をする。
「ウェンディの遺伝子の元のわりに、バカじゃねえんだな」
「あいつはバカじゃねーよ。素直すぎるだけだ。もしくは……」
「「培養中の事故」」
 答えが合って、あたしらは思わず笑いあった。
「セインでいいよ、フーガ。シスターなんてつけられると、ゾッとする」
「つまりセインは聖王教会に入ったことについて悩んでいるわけだ」
「!」
 ド本命の悩みをいきなり突かれ、あたしは小さく息をついた。
「さすがは査察官様。質問を引き出すテクニックをわきまえているんだな」
「別に。ずーっと顔に書いてあったから」
 まるであたしが単純みたいな印象を植え付けるんじゃねえ。
 ちょっと小憎らしかったけど、隠すのは無駄だとわかったから、思い切って話すことにした。
「時々、というよりいつも思ってる。あたしはここに来て何が出来るのか、って」
 瞬間、沈黙の風が吹いた。
 そして数秒後、フーガが立ち上がる。
「そんじゃ、そいつを見つけに行くか」
「えっ」
 急になにいってんだこいつ。
「元々、ロストロギアハンターをやっていた俺だ。捜し物なら得意だぜ? 他人のものなら尚更な」
 そう言い、スーツとシャツを脱ぎ捨てて、カバンの中から袖が赤い黒革のジャケットを取り出す。
 背中には古代ベルカ文字で「ロギアハンター」と金色にデザインがされていた。
「行くか行かないか、選ぶのはセイン、お前だ」
「騎士カリムに許可取らねえと」
「とっくに許可は取ってる」
 じゃあ選択肢、一つしかねえじゃねえか。
「だったら行くに決まってんだろ!」
 久々に大声を出した時、なんとなく胸のつかえが取れた気がした。


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初版:2011/07/02
二版:2011/07/19

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