かくして。
 あたしはオフ用のカーゴデニムとTシャツに着替え、袖の青い黒革のジャケットを着せられて、フーガのバイクに乗せられた。
「弟のジャケットだ。あいつはもう着ることはない。だからお前にやるよ」
 男物の割にあたしには少しきつい。弟さんはずいぶん小柄らしい。
 けれどこれから乗るものを考えれば最適な服装だ。
 何故ならバイクだからだ。青い二輪駆動の機械はフーガの右腕に直結していて、更にナビゲーションから転倒時の魔法防御もオプションでついていて至れり尽くせりだ。妹さんが手を加えたらしい。
「地上ならバイクの方が速い」
 と言ったのはフーガだ。
 けれど正直、腰に腕を巻くのは恥ずかしい。それを伝えたら短いアタッチメントを装着してあたしとバイクを繋いでくれた。
「事故の時は外れるから、ディープダイバーで逃げてくれよな」
「アンタは?」
「事故を起こしたことがないからわかんね」
 どうやら安全運転は出来るようだ。
 って、よく見たらこのバイク、管理局仕様のシグナルつきじゃねーか。
「仕事用の車両、使っていいのかよ」
「仕事に使うから問題ない。ディープストライカー、起きているか?」
 そうバイクに訊ねる。
『いつでも起きてるよ、今日はセインちゃんとタンデム?』
 女の子の声だ。若いフェイトさんっぽいんだけど、まさかフーガの趣味か?
「ああ、彼女の探し物をしにな」
『くれぐれも浮気しないようにね。僕はいつでも観てるんだから』
「俺はカミさん以外に異性を感じたことはない」
 そう言い切り、アクセルをふかす。
 ちなみに魔法防御が一定を越えてるのかヘルメットはない。代わりのようにサングラスを渡された。
「俺と同じ風景が見える。活かしてるだろ」
 確かに視界の半分にあたしが映ってる。もう半分には細いサングラスをつけたフーガのツラだ。
「まずは腹ごしらえだ」
 そう言うと、バイクはあたしの意見など聴くこともなく市街の方へと駆けていった。

 ◇

 気づけば繁華街の一角にあるレストランの前に着いていた。
 景色は正直、覚えていない。
 これから何が始まるのかという不安と好奇心、なにより乗り慣れない乗り物に乗せられたことへのドキドキで精一杯だった。
 つーか。
 高級そうなレストランだな。
「ヴォルドール様、お待ちしておりました」
 中から若いボーイが出て来た。
「カブ、わりぃ。追加一人大丈夫?」
「もちろんです。ああ、オーナーもお待ちかねですよ、あなたがいらっしゃると聞いて来店されました。例の部屋でお待ちしております」
「いらっしゃるなら待たせちゃ悪い。セイン、少し急ぐぞ」
「えっ、おわっ」
 強引に手を引かれた。
 バランスを崩しかけたけど、フーガの右手が支えてくれた。
「カブ、バイクはいつもどおり宜しく」
 そう言い、一枚の紙を握らせる。チップってやつか?
 いずれにしても手慣れてやがる。
 ハンター時代の経験値ってやつだろうか。
「前にほしがってた妹の寝顔の紙写真だ。御守りにでもしてくれ」
「ありがとうございます!」
 ……このやりとりはノーコメント。
「さあ、シスターセイン。中へどうぞ」
 扉を開けられ、言葉に従う。
 中は……高級感漂う空気がいっぱいだ。花やらテーブルやらが白で統一されていて、しかも昼間なのにビッフェ形式だなんて。
「値段は安いんだぜ」
 後から入ってきたフーガが耳打ちをしてきたので、とりあえず鳩尾に肘を打ち込んでやった。
 意外と太くて硬い骨だったせいで、思った以上に食いこまなかった。
「こっちだ」
 そう言い、あたしの手を持ち上げて奥へ誘う。
 たどり着いたのは……VIPルーム!
 どんな人脈だよ、フーガさんよ……。
「親父、失礼するぜ」
 父!
 ここのオーナーが親父さんとな!
 しかも見えた親父さんは醤油顔のフーガとは似ても似つかない映画俳優みたいなハンサムな叔父様だ。
「まずは彼女を席に座らせたまえ、フーガ。レディを立たせてはいかんよ」
 しかも紳士ですげえ脳髄に響くお声。
 いるもんだなぁ、イケメンって。
「ほらよ」
 椅子を下げて座るように手を招く。
 なかなか出来ない体験だ。教会でやることはあるけど。
「親父、とりあえず栄養とエネルギーになるもん頼むよ」
「実にキミらしい注文だ。とばがきにスタミナあんかけを頼もう」
 そう言い、席のそばにある端末で注文をする。
「お嬢さんは?」
「んー、カレーみたいなのってあります?」
 とりあえず庶民は庶民らしいものを食べさせていただく。
「じゃあシーフードスタミナレッドカレーがいい、潤滑油替わりにもなる」
 そう言い、フーガは右手を小さく振った。
 なるほどと悟り、あたしは「じゃあそれで」と同意し、出て来た水を飲み下し始めた。すっぱい。柑橘系のエキスが入っているようだ。
「しかしフーガ、キミが女性を連れ込むとは珍しい。セレナが怒るんじゃないか?」
「彼女は俺とセレナの従姉妹みたいなもんですから問題ないっす」
「ということはキミが例のミュータントかい?」
「ごふっ」
 思わず水が喉で暴れた。ミュータントって、直球だなあ、この人。
「シスターを辞めてハンターに転職か。将来有望だな」
「1日体験ですよ、親父」
 満面の笑顔の親父さんを見かねて、フーガは小さく息をついた。
「失礼、自己紹介がまだだった。アーク・サムライ。この店のオーナーだ」
「そして管理局武装部門の外部コンサルタント」
 あんたも管理局の絡みかよ!
 と思わずツッコミそうになったけど、仮にも聖王教会のシスターの端くれなんで、飲み込んだ。
「しかし観れば観るほど面影があるね、フーガの妻に」
「よしてください、うちのほど頭の回転はよくありませんよ。でもそれをカバーする度胸と優しさがあらせられる」
「誉めるのか貶めるのかどっちかにしろよ」
 さすがにぼやいた。
「度胸がなきゃあのバイクに乗らなかったし、俺の右手観たとき、悲しげな眼をしてくれたじゃん」
「なんだ、もう話したのか。面白くない」
 フーガの親父さんは冗談っぽくふてくされた。
「それより親父、新エネルギー炉の開発はどうなってる?」
「昔、君たちが見つけてくれたギアのお陰で極めて順調。私の親友であったプレシアの遺志に少しでも報えればいいんだが」
 あのプレシア・テスタロッサとも絡んでるのかよ!
 こいつ、何者だ?
「やっぱりケツ追いかけ回してただけじゃなかったのか」
「彼女の研究や業績は偉大だった。惚れた理由はそれだけだよ。ああ、注文した品が届いたようだ。感傷は食事には毒。気持ちを切り替えて味を楽しもうじゃないか、二人とも」
 言われるがまま、あたしは気持ちを切り替えた。
 フーガの方は、陽気な親父さんの姿を観て、妙に悲しそうな眼をして笑っていた。
 やがて届いたスパイシーな香りに、あたしの腹がうなり声を上げた。
 教会の飯と明らかに違う刺激的な味があたしの回路と気持ちに火をつけたのは、それからまもなくの事だった。
 ただ、食事を終えて次に向かった先はもっと刺激的だった。
 なぜかって?
 だってフェイトお嬢様とシグナムさんが戦ってる現場なんだぜ?
 フーガ、あんたはあたしに何を見つけさせるつもりだよ……。



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初版:2011/07/08

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