ペリスコープアイを通して伝えられた作戦は至って単純で堅実なものだった。
 つーか、こういう使い方もあるのかよ、この武装、と今になって関心した。
 で、肝心の作戦内容についてだけど……。
 ここから先は秘密だ。
 少なくともあたしはワクワク出来る内容だった。
「そんじゃ、早速やろうか」
 軽い調子でフーガが言う。
 あたしも軽く背伸びをした。
「OK、兄弟」
 そう言い、あたしはボロボロになった修道服の袖を破り捨て、二の腕まで丸出しにしてやった。
 気持ちが思いっきり軽くなった。
 ……ような気がした。

 というわけで、あたしはシグナムさんとフェイトさんが戦っている場所の真下まで戻った。
 目的は一つだ。シスターシャッハを取り戻すこと。その一言にそれに尽きる。
 まずは愛弟子候補の愛の説得りゃ!
「シスターシャッハー、いるんでしょー?出てきてー」
 目立つように声を出し、引き付ける。
 フーガの妹さんの計算が正しければ、正気に従って現れるそうだ。
 実際、シスターシャッハは現れた。
 両腕もろだしのはずのバリアジャケットに袖がついてた。それは植物のツタっぽい機械型の触手がみっちり巻き付いて蠢いている。気色悪いのでさっさと取って差し上げたい。
「シスターセイン、やはりあなたが、でもどうしてここに……!」
「いろいろこっちにも事情があるンで答えられません」
 あたしは両手を振って答えた。
「早く逃げなさい……! 今の私は危険です……!」
 普段のしかめっ面より、苦悶に満ちてる表情の方が安心出来ますよ。
 なんて軽口が出るかと思った。
 けれど出てきたのは、あたし自身がびっくりするほど透き通った言葉だった。
「いやです。シスターシャッハ、もうこれ以上あンたから逃げたくないんだ」
 キュッと顔が引き締まるのを感じた。
 そうだ、初めて会ったあの時も逃げた。
 そして、いつもどこかで逃げていた。
 だからこれ以上、逃げたくない。
 伝われ、精いっぱいのこの誠意。
 それに対するシスターシャッハの答えは……歪んでいた。
「聞き分けのない子……ならば、やはり体に教え込んで差し上げるしかありませんね!」
 ギラリと目が赤く光った。
 瞬間、吹いた一陣の風はあたしの体を通り抜けた。
 騎士シャッハのヴィンテルシャフトの一閃と共に。
「うわあああ!」
 腹を抑えてうずくまる。
 ……なんて、ウソ。
 今、シスターシャッハの目の前にいるあたしは原始的なホログラムだっつーの!フーガの妹さん特製のな!
「フーガ、もう十分だろ!」
 全く別の地点……フェイトお嬢様とシグナムさんが戦っている直下で、あたしは背後にいるフーガの方を向いて叫ぶ。
 ちょうど準備が終わったらしく、野暮ったい目つきがギンと開き、新緑に輝いた。
「天地清浄! 目覚めよ、荒神! ゴッド・ストーム!」
 瞬間、風が吹き荒れて嵐と化した。
 乗っ取られたシスターシャッハが気づいたようだけど、激しい風はこちらへ近づくことを阻み、むしろ後退すらさせている。
「乗れ、セイン!」
「オーライ、兄妹!」
 フーガの言葉にあたしはノリノリで答えた。
 なにに乗るって、そりゃ、この風そのものだ。
 作戦フェーズ2、風を使って強襲を仕掛ける。
 目標は……シスターシャッハじゃない。フェイトお嬢様だと騎士シグナムだ!
 視界に移った二人は突然の暴風に巻き込まれたことで、姿勢制御に傾注していた。
 風の流れに身を任せ、あたしは騎士シグナムの背後を取り、そのまま再び風に乗った。
 さあ、蕾はどこだ、と高性能なアイカメラで探す。
 答えは0コンマ三秒で出た。
 鎖骨の間の……胸元だ!
 濃い赤に染まったそれに、あたしは指先を当てた。
 ペリスコープアイで、フーガから受け取った対蕾用の改変プログラムを流し込む……中身は寄生能力の切除だ。
 直漬けだったお陰でプログラムは即座に流し込めたのて、即座にシグナムさんと距離を取った。
 瞬間、寄生能力を失った蕾は人間サイズの蜂の姿になってあたしに襲いかかってきた。
「来い!」
 と本体の一つとの直接対決を覚悟した刹那、焔の一閃が蜂を破壊した。
「まさかシスターシャッハではなく、その弟子に助けられるとはな。よくやってくれた」
 やっぱり騎士シグナムだった。
 お褒めの言葉に、あたしは思わず照れ笑いした。
「テスタロッサの方は……」
『そちらにお返しします、シグナム副隊長』
 突然のフーガからの通信。
 あたしは驚いたけど、シグナムさんは薄く笑って答えた。
「フーガか、久しいな。セインはともかくお前に助けられるとは……引退も考えるべきか」
『いやいや、俺は騎士カリムの駒に過ぎませんよ。あとは頼みます』
 そう言い残すと、不意に風が止んだ。
 フェイトお嬢様が近づいてくる背後で、フーガが落下していくのを確認する。
 これだけだとフェイトお嬢様が冷徹な人に見えるわな。
「ご迷惑おかけしました、シグナム。それと、シスター?セイン?」
 なんでちょいと疑問符混ぜたの?
「セインでいいですよ、まだまだ未熟者なんで」
 面倒だったので、シグナムさんの背中に掴まりながらそう答えた。
「フーガはいいのか?」
「魔力の消耗しすぎたため。その回復に入るそうです」
「相変わらず向こう見ずな……下にはあと一つ蕾が残っていたはずだが……」
「そうでもないと思いますよ」
 シグナムさんのネガティブな発言にたまりかね、あたしは口を挟んだ。
「お二人を取り戻せて蕾を減らせたのは大きなアドバンテージです。まさかすぐに正気を取り戻してくださるとは思いませんでしたが」
 いや、ホントびっくりした。
 仮に襲いかかられても相手は無機質の塊だったからディープダイバーを応用して避けられたけど、リスクはかなり軽減出来た。
「フーガがね、念のため風の中に回復魔法を仕込んたんだって」
「それで身体が軽いわけか」
 フェイトお嬢様の種明かしに、シグナムさんは満足そうに微笑んだ。
 一段落したとこで、次の段取り説明しないと。
「最後の一つなんですが、シスターシャッハに寄生してます。作戦通りならば下に落ちた陸士を狙って探しているはずです」
 フェーズ3、無防備なったフーガを囮にしてシスターシャッハをおびき出す。
 仮にこちらに向かってきても、二人が復活してるから優位性は……むしろ高まってる。
「あたしがプログラム注入して引き剥がします。その隙を作ってください」
「そして、剥がれたところを先程のように撃破すればいいのだな」
「ええ、陸士の所属チームから破壊許可出てます」
「特捜課が処理することになったのね……」
「ということは事故や訓練の扱いで処理されるのだろうな」
 シグナムさんが苦笑する。
 ああ、フーガのチーム、特捜課っつーのか。
 胡散臭くて、あいつが所属してそうなチーム名だ。
「シャッハとフーガの距離は?」
「お任せあれ」
 熱探知で地上を調べる。
 シャッハはウロウロしながらも、人間の気配を感じて確実にフーガに近付いていた。
「今のうちに叩けば、フーガに余計な負担をかけなくて済む」
 フェイトお嬢様が真剣な声で提案する。
 それに対するあたしの答えは、フーガから用意されていた。
「陸士のチーム……特捜課の調べでは寄生の瞬間が一番の隙だそうなんで、その瞬間を狙います」
「相変わらず無茶を実行する」
「でもシグナム、万が一失敗したら……」
「別の案が用意されているのだろう?シスターセイン」
「そのとおりです」
 フェイトお嬢様の心配症をシグナムさんはさらりと切り落とした。
「あいつならばそうする。そうするようにヴェロッサへも伝えている。出なければ特捜課に入れるわけがない」
 この烈火の将はフーガに相当のしごきをされたようだ。ねがいわくば、あたしには来ませんように。
「フェイトお嬢様はフーガの直上から急接近願います。その際に合図をしてもらって、騎士シグナムがあたしと一緒に地面から出てシスターシャッハの背後を取りましょう」
 出来ればフェイトお嬢様の一閃で決まってほしいけど。
「ディープダイバーか、初めて体験するな」
「風呂に潜る感覚だと思ってください」
「それはいい」
 喜びを含んでシグナムさんが答えた。どうやらシグナムさんの何かに触れたようだ。
『目標上空到達』
「こちらも背後地面内に到着」
 気配を殺し、ペリスコープアイでシャッハの様子を伺う。
 寄生場所の選定をするためか、フーガのことをジロジロ見ている……つーかギリギリだったな、こりゃ。
『目標から触手の発生を確認! 行きます!』
 言うなり、轟音が鳴り響く。
 フェイトお嬢様が落雷のごとく二人の間に割って入ったのだ。
 フーガに伸びようとしていた触手は焼き切られ、更にフーガ自体もバルディッシュに引っ掛けられて林の奥へ飛ばされる。
 その最中、シスターシャッハの意識が完全にフェイトお嬢様の方に傾いていた。
 あたしはそれを察知して、握っているシグナムさんの手を叩き、そして地上へ飛んだ。
 間もなく届いた結果は明白だった。
 シグナムさんがフェイトお嬢様に刃を向けたシスターシャッハへ、蛇剣となったレヴァンティンを絡ませ、動きを封じた。
 あたしはシグナムさんの肩を踏み台にして高くジャンプをした。
 そして、すれ違いざまにシスターシャッハの胸についていた蕾に人差し指を押し付けながら、直立で回転をした。
「よし!」
 と言ってしまったが、あたしはすぐに顔を曇らせた。
「セイン、どうかしたの?」
 構えながらもフェイトお嬢様がやさしげな顔で訊ねて来たので、あたしは正直に理由を話すことにした。
「蕾が分裂しました!」
「え、じゃあ……!」
 寄生を心配してか、周囲を警戒する。
「落ち着け、テスタロッサ。寄生能力は失われている警戒すべきは他にある」
 シグナムさんの指摘はフーガの作戦に含まれていることでもあった。
― フェーズ4、目標にウイルスの影響があった場合、一時的に場を離れてる。変化の様子を伺うか、変化の前に仕留めろ。
 フーガの悪い方の予想が当たった。
 それもえげつない事態にまで発展した。
 地面が揺れだし、木々が倒れたかと思えば一箇所に集まり始めたのだ。
「冗談じゃねえ」
 変化前に仕留めるどころか、進化だ。
 今目の前にいるのが植物の化物……というよりもはや、怪獣。
 でっかい花を顔にして、しかもそれでこちらをついばんできやがった。
「飛ぶぞ!」
 シグナムさんがあたしを片手で抱きしめ、瞬時に怪獣を見下ろせる場所まで上昇した。
 上空に飛んだあたしらのことは気に止めてない。ただひたすらに周囲の植物を食らっている。
 フェイトお嬢様も隣で、口を押さえながら目の前の現実を受け入れようとしている。
「失われたのはあくまで人間……というよりも動物に対する寄生能力。だとすれば最適化をしてそれ以外のものに寄生するようになったってところかな」
「理屈など後で調査すればどうにでもなる。問題は今起きていることに対処するだけだ」
 そう言い、シグナムさんは空中に通信を開いた。
「特捜六課、そろそろ姿を見せてもいいんじゃないのか?」
『はいはーい、管理局特殊捜査部第六課、隊長のノアちゃんでーす』
 電磁パルスみたいな声にあたしは思わず顔を歪ませた。
 残念ながら姿は見えず、声だけの通信だ。
「結界強度と目標の特徴を教えろ。我々の不始末は我々でつける」
『ラジャりました。秘匿結界なんで強くはないです。出来ればクロスレンジでお願いします』
「ならばうってつけのメンツだな」
 シグナムさんが不敵な笑みで答えた。
「じゃあ、あたしはお邪魔そうなんで隠れて観てますね」
 そういった瞬間、シグナムさんがギラリと睨んだ……いや、たぶん、普通に見ただけだろうけど。
「ノア。セインはどうすればいい?」
『一緒に行動した方がいいに決まってますよ。セインちゃんの能力は二人の救出に必要不可欠ですし』
「でもあたしは、ほら、足引っ張りますよ」
 戦闘向きじゃないし。
「まあ、仕方あるまい。テスタロッサ、お前は大丈夫か?」
「思った以上に体は軽いです。それとシスター・セイン。これ、フーガから」
 フェイトお嬢様からゴツい腕時計を受け取る。
 これは……はっきりと見覚えがあった。
「フツノミタマ、なんで……」
『キミがマスターの切り札だだからだよ、シスター・セイン』
 デバイスがしおらしく答える。まるでフェイトさんが話しているようだった。
『マスターが予め使用権限を付与していたんだ。マスター達が使うシナツ式古武術の動きをキミ用に仕立てたデータを送る。それでボクのことを扱い易くなるよ。さ、腕につけて』
 優しい声に導かれ、あたしはフツノミタマを腕につけた。
「フーガのやつめ。とうとう人に頼ることを覚えたか」
 シグナムさんが満足気に笑う。それはシスター・シャッハがたまに見せる優しい笑顔と重なった。
「それにしても私の声にしなくてもいいんじゃないかな……」
「テスタロッサ、残念ながらフツノミタマはフーガの種族に伝わる神機とも呼ばれるデバイスだ。似ているのは偶然にすぎない」
「そういう話をしてもらえてたんですね。それだけ交代部隊の面倒を観ていた裏付け、見させて頂きました」
 感心したようにフェイトお嬢様が言う。
『ここから先は予備のフェーズ5だよ、騎士セイン』
 騎士セイン−その響きに心を動かされ、あたしは顔を上げた。
 騎士シグナムとフェイトお嬢様の強い眼差しがこっちに向けられていた。
 ……なるほどな、二人と一緒に戦えってことか。
 あたしは迷いを払うように首を振り、答えた。
「騎士シグナム、あたし、やります」
 そして、フツノミタマに語りかける。
「詠唱とか、いるか?」
『データ、送るよ』
 すい、と詠唱内容が頭の中に入ってくる。
 読むだけならきっと覚えられないような、難しい言葉だ。
 あたしはそれを叫ぶように読んだ。
「天清浄!地清浄!内外清浄!六根清浄!祓給え!八百万の神達と共に!」
『……清らかな御魂を確認……これより一体となり、キミに力を授けよう!』
 瞬間、全身から炎があがった。手と脚に赤い装甲が張り付き、ネジがまかれて固定される。
 更に胴には……過去の資料で見たことがある、チーキュウの着物みたいなのが装着された。ノースリーブ且つ太ももまで見える超ミニで、全体は白くて裾や開いた襟縁が赤い。更に黒いアンダーウェアは、二の腕と太ももを半分ぐらい隠してフィットしている。
 そして手あるのは、真っ赤な鉄の棒だ。
 おまけに変身までの時間はわずか0コンマ3秒。隙もない。
 それどころか……。
「フェイトお嬢様! あたし、飛んでる! しかもカッコいい!」
「忍者だね、それとも巫女さんかな?」
 うーん、そもそもそれ、なんでしょうか。
「どちらでもいい。シナツ式ならば私もフーガ達から教わっているから好都合だ」
 シグナムさん、もうちょい喜んでくだされば幸いなんですが。。
「ついてこい、騎士セイン。まずはシスター・シャッハとフーガの確保だ」
 そう言い、腕を握られる。
 なるほど、この人なりの優しさ、しかと見たり。
「私が牽制します」
「ああ、食われないようにな。奴を制するよりなのはに制される方が恐ろしい」
「シグナム、それは言い過ぎです」
 なにやら会話が弾んできた。
 それを耳にして、あたしは確信した。
 流れは、あたしらの方に来ている、と。
 さあ、いっちょ制圧開始と参りましょうか!



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初版:2011/07/30

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