あの時最後に観た炎の華を、花火というらしい。騎士シグナムがそれを教えてくれた。
 蕾に体力を奪われシスター・シャッハはほんの少しだけお休みをもらうことになり、あたしは休んでいる自室へお邪魔することにした。
 いろいろと伝えたいことがあったから。
「シスター・シャッハ、あの、あたし……」
「……自習はきっちりやられたようですね」
 シスター・シャッハはベッドの上で、あたしの一晩で書き上げた報告書を読んでいた。
「書き方に難がありますが、よしとしましょう。特捜六課の皆様にちゃんとお礼をしてくるように。特に右腕を失った方にね」
「ええ、そのつもりです。……ということは?」
「ええ、外出を許可します。今日中に帰ってくるのですよ」
 にっこりと笑うシスター・シャッハ。
 多分、始めて見る顔だ。
 あたしは嬉しさというものを感じた。
 みずから引き寄せたこの感覚に、きっと感動とかいうやつを覚えたのかもしれない。
「しかし特捜六課の場所、わからんのですよねー」
「騎士シグナムが送ってくれるそうですよ。駐機場にいらっしゃいますから、お行きなさい」
「はい。それでは失礼します」
 あたしは上品にお辞儀をして、駐機場へと急いで向かった。
「その袖、いつか直すんですよ」
 部屋を出る間際に、シスター・シャッハが修道服から無くなった袖について軽くたしなめた。
「どうでしょ」
 ベッドから動けないことをいいことに、あたしはあたしらしく軽口を叩いて出て行った。

 ◇
 ◇
 ◇

 駐機場では騎士シグナムが目をつぶり、似つかわしい黒のセダン車に背を預けながら凛々しさを醸しだして待っていた。
「おっそくなりましたー?」
「いや、今着いたところだ。早く乗るといい」
 そう言い、助手席のドアを空ける。恋人か。
 あたしが乗るを確認してドアを閉めると、騎士シグナムは悠然と歩きながら運転席へと移動した。
 こんなエスコートされたら女性でも惚れるわな。
「袖は直さなかったのか」
「ええ、まじないみたいなもんです」
 最初の質疑応答を終え、エンジンがかかる。
 そこから先は他愛もない話の連続だった。
 シスター・シャッハは元気なのか、とか、調子は悪くなっていないか、など。
 声は鋭いけど、この人なりの暖かさを見に染みて感じる。
 やがて車は街に入り、繁華街か住宅街の中間という辺りにある平屋の建物の前で停車した。
「私だ、そちらに停めてもいいか?」
 通信を開き、家主に許可を求める。
 あたしのそっくりさんが現れた。
『シグナム副隊長……じゃなかった、シグナム空士ですね、三番スペースへどうぞ』
「セイン、先に入っておけ。セレナ、いいな?」
『ええ、歓迎しますよ。フーガも会いたかったみたいですし……といっても、今、手術中で騒がしいですけど』
「いつもの事だな」
 騎士シグナムがフフン、と笑った。
「セイン、車を停めてくるから先に降りて中に入っていろ」
「え、あ、はい」
 突然の命令にあたしはてててっと車から出て行って、建物の中に入っていた。
 幾重にもあるドアを越え、現れたのは清潔感のあるラウンジのような場所だ。
 正面のデカいモニターには「Special Search Sixth」と「Logia Hunters」という文字がデンと映っている。
 広々としたソファやらなんやらを眺めていたら、ドアからあたしによく似た人が出てきた。
「ようこそ、特別捜査部隊六課 通称『ロギアハンターズ』へ。オペレータのセレナです、直接会うのは初めてですね、シスター・セイン」
「よろしくお願いします、セレナ陸士」
「セレナでかまいませんよ」
 やんわりとした笑顔で答える。
 ひょっとしたら物腰が柔らかい人かもしれない。
「じゃああたしもセインでいいです」
「りょーかいです」
 ていうかあたしより可愛い?
 いや、それよりも。
「あの、フーガ陸士は……?」
「先ほどお伝えしたとおり、手術中です。見ます?」
「見ますって、そんな気軽に見ていいもんなんですか?」
「ええ、あとは腕の結合だけですから。ここからが面白いですよ」
 面白いのかよ!
 という指摘は心のなかにしまい、部屋の奥へと案内された。
 やがてエレベータに通される。
 正直、気まずい。なんつーか、あいつの腕切ったの、あたしだし。
 そんなことを思った瞬間、あたしは小さくため息をついてしまった。
 その時、セレナさんが答えた。
「フーガは……フーガ副隊長はいつかあの腕を断ち切ろうと考えていました。今までいろんな場面で助けられたけど、それでも弟さんを殺したドクタースカリエッティの技術をそのまま使うのは相当なストレスだったようです」
「そう、なんですか」
 ふと、寂しい気持ちになった。
 あの腕のお陰であたしのペリスコープアイが生まれたのだと思うから、尚更だ。
「それでもただ失うのは癪だから、何かを遺して失いたい。だから今回の件にあなたを巻き込んだんです」
「あたしに、遺した?」
 いったい、なにを?
「セインちゃんには話さなかったフェーズ6。『セインに騎士としての矜持を持たせて……やれたらいいな』っていう、とっても曖昧な作戦」
「ちぇ、先に言えっての」
「でも先に言ってたら意識しすぎてたでしょう?」
「ぐっ」
 図星だ。
 同時にエレベータのドアが開く。
 瞬間、経った一日で聞きなれた声が飛び込んできた。
「てめらぁああああ! 麻酔魔法かけろォオオオオ! もしくはせめて気絶させてやれやぁああああ!」
 ガラスの向こうで、右腕を失ったフーガが暴れていた。
 両サイドには緑髪の……えーと、ノアさんだったかな、それと、白髪長身の人がニヤニヤしながらそれを押さえ込んでいる。
「兄さん、大丈夫。スカリエッティ氏の時と同じだよ、私たちの一族の体質ならば麻酔をしない方がちゃんと結合されるから」
 そう言いながら白髪長身の人が赤い鉄の何かをフーガの右肩に押し当てる。
 フーガが可哀想になるくらい叫び上げている。
「それに泣き叫ぶフーガ、見てみたいしぃ」
 ノアさんってたしか隊長だよな?
 こんな部隊、ありかよ……。
「ちなみにマジックミラーでこちらは見えてません」
「なんでこんなん見せるんですか」
 あたしはゲッソリしながら言った。
「貴女達の技術はこうした犠牲や悲鳴から生まれた、ということを、せめてあなただけにも伝えたかったんです」
 真っ当な意見だ。
 けれども、余計なお世話とも言う。
「……もう十分に伝わったんで、上に行かせてくれませんか」
「ええ、私もさすがに気分が悪くなってきました」
 そう言い、エレベータの扉を閉じる。
 閉まり際、フーガと目が合った。
 なんか、あたしを見て笑っていた気がした。
 マジックミラー……なんだよな?

 ◇
 ◇
 ◇

 ラウンジっぽいところに戻ると、騎士シグナムが真ん中のソファとローテーブルにて、事務職用の端末で何かを作っていた。
「お待たせ致して申し訳ありません、シグナム空士」
「いや、押しかけたのは我々のほうだからな。セイン、フーガはどうだった?」
「痛そうでした」
「そうか」
「でも、なんだか満足気でした」
「そうか」
 その時、シグナムさんが薄く笑った。
「あいつめ、人一人を成長させるとは、らしくない」
「そりゃ腕一本も賭けられたら……」
 思わず出そうになった軽口を飲み込み、あたしは
「それでもフーガ陸士のお陰で、いろいろと学びました。あたしらの出生についても、改めて考えさせられましたし」
「ああ。確かに顔つきが以前よりも引き締まり、瞳が輝いている」
 そう言い、息を小さくつく。
「シスター・セイン、お前の成長で我々も救われた。今後もあるかもしれない。その時はよろしく頼むぞ」
 そう言い、手を差し出される。
 あたしはその手を握らず、深々と頭を下げた。
「すみません、その手は握れません」
「ほう、なぜだ?」
「あたしはまだまだ未熟です。未熟なりのプライドがあります。だからその手を握るだなんて、畏れ多くてできません」
 伝われ、真っ直ぐな言葉。
 それに対し、騎士シグナム小さく笑みを浮かべて、差し出していた手をあたしの頭においた。
「ならば手伝いを通して成長してもらうぞ」
 その言葉に対する言葉を、あたしは用意していた。
「ありがとうございます!」
 もう一度深々と頭を下げる。
 その時、背中を硬い何かが叩いた。
「待たせたな、シスター・セイン」
 フーガの、声だ。
 あたしは烈火の将のことなど忘れて、全力で振り返った。
 少々顔色が悪いが、間違いなくフーガだ。
 失われた右腕はピカピカの赤い新品になっていた。
「お前の覚悟のお陰で、俺もいろんな因果を断ち切れた。また一緒に任務が出来る日があれば……」
「もちろんやるさ! フーガだけじゃたよりねーもんな! ね、騎士シグナムー」
「まったくだ。セレナ、今回の事後処理でどれだけ苦労したか、あとで教えてやれ」
「ええ。さあ、フーガ副隊長、始末書と報告書が大量にたまっております、セインちゃんといちゃつくのはそれを終わらせてからにしましょう」
「わかったよ、セレナ。でもその前に一言だけセインに伝えたい事があるんだ、いいか?」
「仕方ないですね」
 セレナさんはため息をついた。
 そして真剣なまなざしで、あたしの瞳を見つめた。
「セイン、これからお前が背負うべきものは……」
「あたし自身、でしょ? フーガ兄さん♪」
「こいつッ」
 ははっ、顔、赤らめてやんの。
「はい、行きますよー」
 セレナさんがムッとすると片手でフーガを引きずり始めた。
 察してフーガは軽く手を振りながら奥へと引っ込んでいった。
「シスター・セイン、家族とはいいものだ。血はつながっていなくとも、な」
 シグナムさんがこちらを向いて言う。
 あたしは素直に答えた。
「ええ、実感しました」
 そして、こう思った。
 シスター・シャッハと全力で向きあうとか、そういう問題じゃないな、って。
 あの人は、とっくに家族なんだから。
 もう変な皮かぶるのはやめよう。
 これからはあたしらしく、あたしを偽らず、シスター・シャッハ達と過ごしていこう。
 今日も、明日も、あさっても。
 そんな未来で、ありますように。




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初版:2011/08/08

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