ラウンジに戻ると、セレナさんが真ん中のソファで優雅にコーヒーを飲みながら大画面を眺めていた。
 特に何が映っているというわけでもなく、ミッドチルダ各所の風景が流れているだけだ。
 何が面白いんだろうと思いつつ、あたしはその隣に座った。
「早かったですね、少し熱いですよ」
 そう言い、ティーカップを差し出される。
「いただきます」
 と、一口。
 コーヒーとは思えない甘さとまろやかさが口の中で広がった。
「生クリームと砂糖たっぷりで、お気に入りなんだ」
 嬉しそうに話すセレナさん。
 あたしは素直に感想を言った。
「まあ、教会の苦いやつよりおいしいです」
「そう? じゃあ淹れ方、あとでレシピにしてあげる」
 そりゃいい。
 たまにはシスター・シャッハ達を唸らせないとね。
「よろしくおねがいします」
 と答え、しばしの沈黙。
 セレナさんはぼんやり自然映像を見ているだけだ。
「いつもこんな感じなんですか?」
 あたしは直球で質問した。
「休憩の時はね。私の育ったところ、あんまり自然がなかったから。それにぼうっとしてる時間って、頭が記憶を勝手に整理してくれるから、意外と大事なんだよ」
「じゃあ、あたしは相当勝手に整理されてますね」
「詰め込む知識とかがなきゃ意味ないけどね」
 グサッ。
 この人、なかなか鋭い事をおっしゃる。
 あたしに似ているくっせにぃ。
 いや、むしろあたしに似てるからか?なーんて。
「そうだ、いろいろ聞きたいことあったんだ。記録しても大丈夫?」
「ええ、公共のネットワークに流さなければ」
 あたしは冗談めかして言ったけど、セレナさんは真顔で「絶対しない」と拳を握って答えてくれた。
 そしてポケットから小さい通信端末らしきものを取り出し、
「ミカヅチ、出番だよ。記録よろしく」
『了解です、我が主』
 すげえ冷静ななのはさんみてーな声してるのにシグナムさんっぽい台詞だ。
 しかもその端末からたくさんのウインドウが宙に生まれる。
「よぉーし、じゃあその一。正直なところ、スカリエッティのこと、どう感じてた?」
「別に普通の……なんていうか、家族かな。あの時は悪いことしてるだなんて思ってもなかったし、ドクターも根が悪い人ってわけじゃなかったから」
「そうなんだ」
 ふむふむと、右端のウインドウを指で抑え、左手はミカヅチで何かを打ち込んでいる。
「教育の内容は別として、いろいろと良くしてくれてたかな? 君は最高だ、生命の奇跡だなんだって。なんつーか姉妹からの扱いがちょっと悪かっただけ。つっても別に邪見とかそういう意味じゃなくて、失敗が多かったり、そもそもからかわれやすかったっていうか……」
「わかる。私も機動六課時代、よく失敗してシグナムさんやヴィータさんに怒られてたし、八神部隊長にはおっぱい揉まれて『ちっさいちっさい』って言われてた」
 機動六課、本当にあたしらを逮捕した部隊なのか。
 そして、そんな疑問のお陰で逆にリラックスしてきた。
「なんかホントに遺伝子、同じって感じしてきた」
「けど怒られていたっていうよりも教えてもらってたり遊んでもらってた、って意味合いが強いかな。口調が人それぞれなだけ」
「あ、それ最近、あたし感じてる!」
 ピンと来て、あたしは声を明るくした。
「体の年齢としては私が機動六課に入った時ぐらいだから、やっぱり成長の度合いも似てるのかな?」
「へへ、じゃあ姉貴って呼んでもいいかな?」
「どーぞ、遠慮なく。ところでフーガのこと兄さんって呼んでたけど?」
 ぎらりと目が鋭くなった。意外と嫉妬深いのかもしれない。
「ああ、あれはいろいろと世話になってさ。特に右腕の話」
「右腕の話、したんだ……」
 声のトーンが落ちてるぞ、セレナさん。なんなの、ヤンデレなの?
「うん。右腕があたしらナンバーズの武装のテストに使われたりとか、いろいろ話聞いて……ペリスコープアイの使い方とか、いろいろ教わったんだ。今後教会の騎士として役にたってもらうためにって」
「なんだ、そういうことか」
 ああ、さっきのセレナさんの顔に戻った。
「おー、なかなか嫉妬深いですねぇ、セレ姉」
「別にそういうことじゃないの。フーガってば自分のことなんてどうでもいいみたいに突っ走るから、心配なだけ。セインちゃんの顔見て思い出して、ちょっと怒ってたの」
 ぷくりと顔をふくらませて語る。
 この人もあたしのように、けっこう顔に表情が出るタイプのようだ。
「本音出しますねー」
「他人って気がしないからかな?」
 セレ姉は小さく笑った。
「逆に質問いいですか?」
「なに?」
「どうしてあんなガサツなのと結婚したんですか?」
 フーガのガサツさは酷い。
 一例としては随分前に教会に来た時、初対面のディードとオットーに対して「なあ、ちょっと笑ってみ」とか無茶な注文を押し付けたのだ。他にも細かいところに考えが回らないというか、とにかく「終わりよければすべてよし」と言わんばかりに無茶苦茶やりやがる。
 騎士カリムは何か考えがあってやっているのでしょう、とフォローしたが、少なくともあたしは何も感じられなかった。
 よってあたし的にガサツ認定。査察官じゃなくガサツ官と、心のなかで思っていたりする。
「……自分のことを大切にしてもらうためには、誰かのものになってもらうのが一番でしょ?」
 んまー!なんつー顔が熱くなる発言!
 こっちが恥ずかしくなったので、話題を切り替えることにした。
「察しました、それ以上は聞きません。別のこと訊かせてください」
 あたしは真面目な顔に切り替えた。
「ムラクモの使い方、教えてもらいません?」
「それならムラクモに直接訊いた方がいいよ」
「え、こいつ喋れるの?」
 ずっと黙ってたから、そういうタイプかと思ってた。
『我をコイツ呼ばわりとは、うぬは何様のつもりか』
 すげえ高圧的だ。
「そういうてめーはデバイスのつもりか?」
 ていうか偉そうなくせに騎士はやてみてーな声してやがる。
「ムラクモはロストロギアの技術と、フーガ達の一族に伝わる神機の技術を応用して作られたものなの。だからかな?彼女、高機能だけどちょっとだけ気高いのよね」
『うぬのような塵芥に我を使いこなせると思うか?』
 ちょっとムカつくな。ならこっちも相応の態度を取ってやる。
「なら参考までに訊かせてくれよ、ムラクモ様。武装は何になる?」
『強固な甲冑とうぬの資質に併せて変化する八尺棒よ』
 あら、意外と素直。
「それなら教会で多少の心得はあるぜ」
 出来ればトンファーに変型してもらえれば助かるんだけど。
『面白い。だが……我を使う日が来ないことが最善ではあるがな』
「おっしゃるとおりだ」
 神機の技術が入っているらしく、平和をお望みらしい。
「それじゃよろしく頼みます。ムラクモ様」
『ムラクモでよいぞ、シスター・セイン』
「いいコンビになりそうだね」
『ええ、ガサツなシスター・セインと頑固なムラクモならば相性もかえって抜群かと』
『頑固とはなんだ、雷の』
「そうだぞ、てめえ。インテリジェンスだからって偉い口を叩いてんじゃねーぞ」
 ていうかあたしがガサツとか、片腹いてーぜってーの。
 なんて悪態を付いてる最中に、ミカヅチからシグナルが鳴った。
『主、お客様です』
「ん、ありがと」
 ミカヅチの報告を聞き、セレナさんは全てのウインドウを閉じて、大画面の方に顔を向けた。
 そこには騎士シグナムの顔のアップが映っていた。
『急にすまない、ノアとアンダーズの件で打ち合わせしたいんだが、大丈夫か?』
「ええ、呼び出しますので……」
「私ならここにいるよん」
 ひょっこりとノアさんが現れた。
 この人、神出鬼没だな。
「席、外した方がいい?」
 セレナさんがノアさんに訊ねる。その回答はシグナムさんから出た。
『いや、近くの拠点で個室を借りている。今日は他にも打ち合わせをしたい件がたくさんあるからな』
「珍しいですね、いつもならこっちに来て二人っきりでお話ししてくださるのに」
 いかにもわざとらしく、しおらしく画面のシグナムへ擦り寄る。
『状況が状況だからな。それよりも私が偽物でシスター・セインが奪われる、という可能性は考えないのか?』
「そう言えばそうっすね」
 ノアさんが軽い調子で答える。
 確かに、ナンバーズの全能力を持ってるならば、ドゥーエ姉の完璧すぎる変身能力も持ってるだろうしなぁ。
『しかし妙ですね、アンダーズの件は特捜六課と教会の機密のはずですが……』
 ミカヅチが小さく異を唱える。
 その声を、セレ姉が手で遮った。
「ごめんちゃい!実はあたしがシグナムさんに助力、打診しちゃったんだよねー。ほら、本来の火力担当があのザマだから」
 ノアさんが小さな声であたしらに伝える。
 セレ姉が小さく頷き、顎で大型モニタの方を差した。
「というわけですぐ行きますんでもう少しお待ちくださいませ、お姉様!」
『ああ、早く頼むぞ』
 同時に、通信は切れた。
「ノア、今のシグナムさんは……」
「わかってる。完璧偽物。そもそもフーガが落ちたくらいで打診しないっての。あの人ら、忙しいんだから。目的はわからないけど、シスター・セインのことは任るよ。出来る限り情報を搾り出してくる」
 ああ、やっぱりそうだったか。
 ……ということは、教会側に内通者がいるってことか?
 特捜六課と教会の機密事項だってのに、なんであたしがここにいることが、バレているんだ?
 あるいは特捜側に……。
「なあ、セレ姉」
「なに?」
「ちょっとフーガと会って話してくる」
 あたしはあたしで独自に動くことにした。
「私も同行するね」
 まあ、当然ですわな、護衛ならば。
 というわけで私らは再び、地下の技術室へ向かった。

 ◇ ◇ ◇

 で、行ってみたらば。
「なにやってんだ、フーガ兄」
 フーガは大量のメカのアームに体を弄ばれていた。
「やましいことはしていない」
 真面目な顔で答えられた。
「いい加減にレトロ映画の台詞を真似するのはよしたまえ、兄さん」
 アリオンさんがゆるゆるとした声ながらも厳しい言葉で制した。
「なにやってるの、アリオン?」
「弟が使っていたアーマーを兄さん用に調整している。今の状況だと1人は動けないと別の仕事が入った時に対応できないし……なにぶん、初めての作業だ」
「もっと優しくできないものか」
「兄妹だもの、いちいちそんなのかまってらんない、今は時間が大事だ」
「弟には優しかっただろうが」
「そりゃ、可愛かったもの」
「ぐええああああああ!」
 あ、股裂き。あれは痛いよなぁ。
 ……そしてフーガ内通者論はあたしの考えすぎだったかな。
「フーガ、ちょっと聞いていい?」
 セレナさんが割って入る。
「なんだ?」
「セインちゃんがここにいること、アンダーズにバレてるっぽいんだけど」
「マジかよ」
 フーガ兄の顔が青くなった。
「その顔、さては何かドジった?」
「やましいことはしていない」
「兄さん、しつこいならこのまま縦に引き裂くよ?」
「ぎゃぼおおおおおああああ!」
 うわあ、身内相手にここまでするか、この人たち。
「あれあれ、腕と足、破壊されたから、そこから解析されたんじゃねーの!? ナンバーズに近い技術あるから、相手に技術担当がいるなら出来て当然だろうなってよォ!」
「アリオン、止めて」
 セレ姉が冷静な声で命じ、アリオンさんがそれを無言で実行した。
「フォロー出来るミスで良かった。救出してくれたノアに感謝ね」
「全くだ。一刻も早くアーマーの調整をして援護に回れるようにしよう」
「おねがい、アリオン。セインちゃん、変な誤解させてゴメンね」
「セレ姉、アンタ、気づいてたのか……」
「ん、あたしもちょっと同じこと思ってたとこに動いてくれたから、なんていうか、つい」
 すげえ行動力だ。
 しかもさっきのサディスティンな発言。ちょっとおとなしくしとこうかしら。
「情報も整ったところで、分析しながら上でノアの帰還を待つことにしましょう」
「はい」
 あたしはいつもより控えめに返事をし、セレ姉の後ろをついていった。

 ◇ ◇ ◇

 ラウンジに辿り着き、セレナさんは早速ミカヅチを取り出した。
「ミカヅチ、コンソールモード」
『了解です、我が主』
 セレ姉の声に反応した手のひらサイズデバイスは3倍くらいの大きさになり、セレ姉の胸元辺りで宙に浮いた。
「使うアプリケーションはインフォメーション・アレンジメント、スタイルはシンプルで。タイトルは『トライアルナンバーズ』。無論、暗号化前提で」
『了解致しました、機能展開します』
 大量のウインドウが広がる。ラウンジが突然司令部になったみたいだ。
「まずはいつもどおり情報を全て打ち込むわね」
『かしこまりました』
 そうミカヅチが答えると同時に、セレナさんは物凄いスピードでキーパッドを叩き始めた。
「セインちゃんも見てて。きっと今後の役に立つから」
「オーライ」
 そう言い、あたしも機械の目の機能を全力で活かすことにした。
 そこに記された情報は……さすがにこればっかりは言えない。
 一応、機密は守らないとね。
 それに……眠り姫様には難しい話ばかりだ。
 実際、今でもあたしにゃわかっていないし。
『論理的に考えてフーガ様のパーツから情報を抜き出すことは不可能です。全情報はフツノミタマに暗号化されて入っています』
「じゃあ誰を通して私達の情報を入手した……」
『隊長がうっかり会話で漏らした可能性も否めません』
「そっか。あの二人で切羽詰まった状況になったら……仕方ないか……」
 セレ姉はコメカミを指で突きながら言った。
「他言無用を指示しなかった私の責任になるように報告書、準備しておいて。それと……セインちゃん、これを」
 そう言い、セレ姉は結んでいた髪を解くと、ヘアゴムをあたしに渡した。
「万が一のために、入れ替わっておきましょう。あ、ちゃんと清潔にしてるから安心してね」
「でも、それじゃセレ姉が……」
「私達の目的はシスター・セインの保護。敵の制圧は……下で調整している兄妹に任せましょ」
 強い口調で言われる。それでもあたしは抵抗の意味を込めて、さりげなく疑問を呈した。
「だいたいこんなんで敵の目、ごまかせるのかな……」
 記憶したセレナさんの髪型を真似るようになんとか後ろで結ぶ。
 セレナさんは髪を前に下ろして「あたし」になると、冷静な声ででミカヅチに命じた。
「ミカヅチ、バーチャル・インヒュレート・スキル機動。ライアーズマスクの再現を」
『かしこまりました』
 えっ。
 今なんつった。
「敵を制するには敵の武器も使うべし」
 セレ姉はあたしの声でそう言うと、だらっとしたカッコをしてソファに座った。
「セレ姉、下で待ってな」
 おざなりな口調で言われる。
「でも……」
「いいから。任せろって」
 金色の眼をした自分にギロリと睨まれる。そしてすぐにあたしと同じ、空色の目に戻った。
 そんな不思議な感覚に対し……あたしただ従うしかなかった。



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初版:2011/08/13
二版:2011/08/14

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