上と下に行ったり来たりで落ち着かないわー。
 と思いつつ、あたしは技術室にやってきた。
 こちらはこちらで作業中でない限り、ラウンジ以上に清潔感に溢れている。
 恐らくここの家主はアリオンさんと見た。
「やあ、セインちゃん」
 そのアリオンさんは、なかなか豪華な椅子に身を任せて優雅にコーヒーを飲んでいらっしゃった。
「兄さんの調整は順調だよ。あとはプログラミングと装甲の調整を私のデバイスがやってくれている。それよりどうしてこっちに?」
「お二人がアンダーズの罠にワザとかかるみたいですよ」
「どれどれ」
 そう言い、手元のリモコンでウインドウを開く。
 ラウンジではあたしのカッコをしたセレナさんが不機嫌そうにコーヒーをすすっていた。
「セレナさん、何か策はあるのかい?」
 通信でアリオンさんが訊ねる。
『ノア次第。このまま帰ってこなかったら、デバイス逆探知で仕掛けるし、帰ってきたら作戦会議』
 うあああ、あたしの声だ。
「んう、我々の常套手段だ。ノアさんの無事を祈ろう」
 そう言い、画面を眺めながらニヤニヤとしている。
「どうせ暇だろうし、訓練室でムラクモと戦技について話し合うといいよ。いずれ役に立つ時が来る」
「そんなもんですかね?」
「ああ、というより役に立たない時間なんてないよ」
 そう言い、クイっとコーヒーを飲み干す。
「ムラクモ、セインちゃんの指南を頼むよ」
『我に不可能などない』
「いい返事だ、さすが私が組み上げたデバイスだね」
 そうか、これで良い返事なのか。
 アリオンさんの設計思想は良く分らない。
「さあさあ、時は命だ。早急に訓練を始めて。モニタリングもちゃんとしているから」
 そう言い、もう一つウインドウを浮かせる。
 きっとアリオンさんは二人のセインさんを観察するという謎の作業をするのだろう。
 ……。
 まあ、あたしはあたしのやるべきことをやろう。

 ◇ ◇ ◇

 戦技室に入るなり、早速ムラクモが指示を出してきた。
『まずは唱えよ。「極めて汚れも滞り無れば穢れとあらじ!心身清淨!」』
「ごめん、難しくて全然わかんない」
『この塵芥め。その腐った脳みそに刻むまで唱えよ!』
 というわけで一〇〇回ぐらい叫んでようやくOKをもらえました。
 デバイスに命令されるあたしことセインさん、超不憫。
「そんじゃ行くぜ、ムラクモ!」
『うむ』
「極めて汚れも滞り無れば穢れとあらじ!心身清淨!」
『貴様の御魂、心得たり!』
 同時にあたしのジャケットと修道服がどこかしらへ解け、代わりにナンバーズ時代のピッタリスーツが着用される。
 ただし色は黒をベースに青の差し色が入る。渡されたジャケットの色合いに近い。
 更にその上から腕・胸・脛に真っ白な装甲が絞めつけてくる……つーか、締めすぎだろ。
 おまけに額あてのようなものがぎゅっと閉まり、あたしの気持ちごと引き締めてくる。
 最終的に白い装甲があたしのイメージカラーとも言える空色に染まった。
 正直なところシンプルながら超カッコいい。
 ただ、難点は。
「すげえ関節が動きづらいんですけど!」
『うぬのような塵芥と我が安々と同調出来ると思うな。そのための修行だ』
「なんつーデバイス主観!」
『模造とは言え神機を愚弄する気か? こうしてくれる』
 ぎゃうあああああ!
 額あてが締まった!なんだよ、これ!ほとんどデバイスに先導されているようなもんじゃねーかよ!
『我が認めるまで自由は訊かぬぞ。ほれ、せめてうぬのような塵芥が使いやすい武器を与えてやろう』
 言われてシスターシャッハとお揃いのブレードトンファーが片手だけに出現する。
『ではまず古代ベルカの魔術から叩き込んでやろう。その後にシナツ式の神術を授け、うぬを特捜六課のエースにしてくれるわ!』
「いや、あたし教会の騎士なんで……いてててててえエエエエ!」
 今度は装甲で絞めつけてきやがった。
 にゃろう、徹底的に調教するつもりだな!
「上等だ! てめーを逆に乗りこなしてやる!」
『やれるものならやってみろ、機械人形無勢が!』
 てんめえ! セインさん含めて言っちゃならんことをォオオオ!
 という怒りを抱きしめ、あたしはムラクモのシゴキを全力で受け止めることにした。

 ◇ ◇ ◇

「どうやらセインちゃん、ムラクモと訓練始めたみたいね」
 アリオンから送られた映像を見て、私はほっと一息をついた。
 慣れないポーズに表情。
 背筋を伸ばしていないと落ち着いてられないけれど、仕方ない。
 万が一、ノアがしくじってアンダーズに実力行使で出られたら、戦力差は歴然としている。
 ならば私がセインちゃんの代わりに囚われて少しでも時間を引き伸ばして、フーガの戦列復帰、もしくはセインちゃんが自分を守れるぐらいまで成長してもらわないと。
 ……正直、時間は限られているだろう。
 けれど、彼女は戦闘機人だ。
 戦闘スキルの向上くらいどうとでもなるだろう。
 何よりムラクモは神機システムの上に、そもそも戦闘機人の全ての能力を向上させ、あまつさえ魔法を使えるように出来るという、スカリエッティに渡っていたら確実に管理局が負けていた技術のすべてがつぎ込まれている。
 それにしても神機の元となったロストロギアって、いったい何だったんだろう。
 私のミカヅチにも使われているらしいけど、アリオンも誰も話してくれないのよね……。
 なんとなく、八神元部隊長達が関わった「闇の書の残滓事件」に出てきたマテリアル達と人格が似ている気もする
 まあ、闇の書自体が時代を超えて存在する異常なモノだから、例えば闇の書が神機だったとか、そんな偶然があっても……。
 ちょっと考えすぎちゃったかな。
 セインちゃんだったらもっと頭からっぽにするよね。
 ううん、もっとセインちゃんの気持ちになって……。
 むしろ昼寝でもしちゃうかな?
「ミカヅチ、ちょっとお昼寝するから。扉の権限はアバランチとアリオンに移して」
『了解です、主』
 権限が委譲されたことを確認し、私はほんの少し目をつぶった。
 ああ、結構疲れてたみたい。
 夢を観るまでにそんなに時間はかからなかった。
 私の故郷は時間軸としては遥か未来。
 ロストロギアの事故で故郷は消滅し、用意されていた方舟で今の時代に流れ着いた。
 流れ着いたのは私だけ。他のみんなは別の時間軸に、別々に散った。
 ノアとその兄さんに拾われて、ロギアハンターとしていろいろと非合法ギリギリの仕事をやったりして、そんな中でフーガと出会って、スカリエッティのプロトナンバーズ事件に巻き込まれて。
 で、フーガのお父様の後押しもあって晴れて管理局入りして、シグナムさんに目をつけられて機動六課の交代部隊に入って……。
「なるほど、そうして六課を卒業後に特捜六課が結成され、今は我々の排除を任務としているわけか……」
 そう、アンダーズをどうにかしないと、スカリエッティのような人間に悪用される可能性があるし。
「安心しろ。我々はあくまで我々がやりたいことをやるだけだ」
 あなたたちのやりたいこと?
 いえ、そもそも……。
「あなたは、アンダーズ!?」
 ここに来て私は目が覚めた。
 いえ、開いた、とでも言うべきかしら。
 辺りを見渡せば岩肌に機械を縫いつけたような見知らぬ場所で、手術台みたいなところの上で手足に電磁錠を仕掛けられて完全に拘束されている。
 どうやら気づかないうちに催眠尋問かなにかを受けていたようだ。
 そして目に映った人物は……スバルちゃんによく似た、赤髪で長身の女性だ。
「お前の遺伝子にセインが絡んでいることは知っていたが、まさか時を超えた人間とは……なるほど、ディープダイバーが突然変異として生まれるわけだ」
「その情報、いったいどこで……」
「お前の相棒が洗いざらい喋ってくれた」
 そう言い、顎で向かい側を差す。
 私は赤髪の反対の方を見た。
 古典映画の舞踏会で見られる、妙な道化師のような仮面をつけているが、はっきりとわかる。
「その緑髪、ノア……!」
「いい顔だ」
 赤髪が笑いながら言ったので、私はきっと睨んだ。
「いったいノアに何をしたの!?」
「仮面をつけただけさ。ただし、我々が見つけたロストロギアだがな」
「そんなっ」
 つけただけで従順になるだなんて、そんなの、破壊すべき禁忌の代物だわ……!
「四つ持っていたうち、一つはアナタのお仲間に壊されてね」
 別の声が聞こえる。
 さっきの冷製的なものとは違う、挑発的で、まるでそう、JS事件で最後の最後まで機動六課を苦しめたクアットロのような醜悪な色が隠れている……!
「残り一つは量産するために使えない。じゃあ残りの一つはどうするか、こんな緑髪のおバカさんより賢いセレナさんならばお分かりかと思うのですけれども」
「ライティ、無駄口を弄するな。さっさと取り付けて我々の人形にしろ。そこの緑髪よりも使えそうだ」
「はぁい、ファウスト姉様」
 そう言い、私に仮面をつけようとした女の顔は……フェイトさんにそっくりで、ただ、髪はシグナムさんのような桜色で……ああ、何が何だか、わからない。
 仮面をつけられた瞬間、目と心が閉ざされた気がした。
 いったい私は今、どんな道化顔にされたのか。
 口と耳の中に何かチューブのようなものが入り込む。
 とろりと、人体に入ってはいけないと本能が感じる何かが。
 やがて視界が明滅し、私から思考を奪っていく。
 落ち着くのよ、セレナ。
 たかだか洗脳装置ぐらいで私は自分を失ったりしない。
 何度もそんな目にあってきたじゃない。
 それでも、ほんの少しだけ時の流れから逃げられるこの力で……えっ?
 発動、しない……?
 まさかノア、私のタイムエスケーパーの機能を切りやがったわね!?
「特捜六課のセレナさぁん、これからあなたはこれからそこのデクのように我々アンダーナンバーズの忠実なお人形になって、今度こそ本物のセインちゃんを捕まえてもらいますね」
「もののついでに正規のナンバーズ全員捕らえて私の部下にし、最終的には生身共をお前達のように手中に収めたいところだが……段階はしっかり踏まねばな」
 そんなこと、出来るわけないじゃない!
 声に出して抵抗の意を表現したかったが、口は既にチューブに支配され、耳からは妙な電子音が聞こえ始めて……うう、思考が、心が、全てがバラバラに、なる……!
「そうだ、抵抗しろ。した分だけ我々への従属が強くなる。それだけ施術時間が長くなるからな」
「ノアちゃんスグに落ちちゃったから、面白くなかったですしねー」
 引くも地獄、進むも地獄。
 最悪の状況を聞かされ、私は心が折れそうになった。
 でも、それでも負けない。
 逆に時間を伸ばしに伸ばして、ファウスト様への忠実を……って違う、バカ! 何考えてるのよ、私!
 時間を伸ばせば、きっとフーガが助けに来てくれる。
 こんな仮面を私ごと殴って、きっと……。
 きっと……動揺して隙を見せて……。
 私と同じに、なってくれるよね、フーガ……。
 私と同じ、ファウスト様の卑しい従僕に。
 喉に流れこむとろとろとしたエキスと視界を支配する極彩色の世界に酔いしれ、私はこれから成すべきことを見出した。 

 ◇ ◇ ◇

「うぐごぉおおおおお!」
 あたしの動きに素直についてきてくれないムラクモアーマー様は、あたしの身を捩った。
 いくら何でも急に止めるのはダメでしょ! 関節イカれるっつーの!
『無理に体の流れに逆らおうとするな、塵芥! それでは余力を失い、体力を削るだけぞ!』
「だからって、そうしなきゃ不意打ちとか食らわせられんでしょうがっ!」
『だからと言って常に不意打ちを考えてどうする! 不意打ちはここぞという時に打ち込んでこそ意味があるのではないのか!?』
 あー、一理ある。
『そもそもうぬにはディープダイバーという最強の不意打ちがあるではないか!ならばまずは基本を識れ!』
「ムラクモ、その言葉は間違ってるぜ」
 あたしはニヤリと笑った。
「基本に戻れ、って言え。こう見えても元犯罪者だ。戦闘の心得がないわけじゃないっての」
『ほう、ようやく自身の闇を受け入れるか』
「はン、元々受け入れてたっての」
『どうだか。貴様は修道騎士という肩書きに拘って、昔の自分を捨てようとしていなかったか? いや、むしろ忘れかけていたのではないのか?』
 ……ぐさっ。
 ムラクモのヤロー、さっきからいちいち言い当てやがって。
『思い出せ、昔のうぬはどのように戦っていたか』
「昔の、あたし……」
 って言われても、ブランク長いぜ……。
 えーと。
 体に染み込んだ型で敵の攻撃を受けて返す……って、それは聖王教会流だ。
「敵を分析して、動きを瞬時に予測して、それにあった打撃を繰り出す……」
『そこに修道騎士の動きを組み合わせればよかろう?』
「組み合わせられればいいんですけど、そもそも相手がいなきゃ……」
「俺が相手だ」
 突然、フーガが訓練室に入ってきた。
 赤い右腕と右足は元通りだ。
 それどころか、あたしのようなアーマーをつけてやがる。
 違うのは胸に青い魔力光を包むクリアカバーが見えるだけだ。
『ほう、アバランチの外殻ではないか。中身はフツノミタマのようだが』
『大正解。さすがムラクモ、ボクの気配に気づいたの?』
『神機たるもの、神機は感じられねばならぬ』
 ふふん、とムラクモは誇らしげに言った。
「で、フーガ兄よ。まさかそんなギプスつけたぐらいで、いろいろと気づいたあたしに挑むかい?」
「こっちの台詞だ。ほんのちょっとムラクモの戦技プログラム受けたぐらいで調子こいてんじゃねえ。シナツ式を組み込んでシグナムさんから目で盗んだベルカの冴え、見せてやろうじゃねーの」
「このパクリ野郎め、さっさと始めるぞ!」
 そう言い、あたしは早速、フーガの方へ飛び込んだ。
 奴の右腕と右脚は機械を強引に縫い合わせたドクターの無茶が生んだ技術だ。
 まずはそこを突いて、機能を一時的に麻痺させる。
 けれどもそれを本能的に守るために膝蹴りをしてくるだろう。
 そこでディープダイバーを使い、機械の足をすり抜けさせる。
 そして有機体である脇腹に一撃。
 その後、右脚で左の頬を狙う。
 けれどもフーガ兄は勘がいい。
 ブロックしてあたしの軸足を掬うように狙ってくるだろう。
 それをジャンプして避ける。
 避けた足に魔力込めて顎にぶつけて、一回転してカッコよく終了―。
 の、予定だった。
「旋風陣!」
 なんか胸の魔力光部分から、強烈な風が吹いてあたしを壁に叩きつけた。
「ちょ!ま!」
 チートだ、チート!
「ふざけんな!あたしの今までの努力、なんだったんだ!」
『今度は自分にこだわりすぎて、我を活かすことを忘れたようだな』
「うああああ! もうすげえむかつく! 積み上げたものを崩すとか、お前ら、どんだけ鬼ですか!」
『黙れ、六の字! うぬの溜まりに溜まった穢れを吐き出させたまでよ! 我らの絆はこれからぞ!』
 えっ、あ、そうなの?
 つーか塵芥じゃなくて六の字?
「よかったなー、セイン。ムラクモに認められたじゃん」
『すごいすごーい、あのお堅いムラクモがこんなに早く打ち解けるだなんて』
『ふん、こやつの成長の愚鈍さに呆れて力を貸すだけよ』
『フーガ、これが噂のツンデレ?』
「そうだ、フッちゃん。あれが例のツンデレだ」
『うぬら、神機をなんと心得るか!』
 うわーあ、なんかもう無茶苦茶だわ。
 本音言っていいですか?
 あたし、教会に帰りてえ。
 けれども、そんな余裕はなかった。
『邪魔するよ。兄さん、セインちゃん』
「おう、アリオン」
 あたしとフーガ兄の間にウインドウが割り込む。
 眠たそうな目をしていたアリオンさんの目が、いつになく真剣だ。
『セレナさんがノアさんに連れていかれた。もうだいぶ経つ。恐らくやつら、気づいてこちらを強襲しにくるよ』
「了解した。逆に仕掛けるぞ、ここは破棄しても構わねえ」
 それはおもしれえ! セインさん、頑張っちゃいますよ!
『ギンガさんとチンクさんが支援に来てくれるそうだよ。やはり戦闘機人絡みでは、非番でもじっとしていられないらしい』
 つーかチンク姉だけじゃなくギンガも来るたぁ……ちょっと予想外だね。
「了解。セイン、行くぞ」
「オーケー、兄貴」
 鉄の腕を当て合い、あたしは意気投合したことを感じた。
 シスター・シャッハ。
 やっぱセインさん、守られてるだけじゃダメみたいですわ。



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初版:2011/08/15

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