あたしらのいた山が崩れていく。
 まるでそれは子供たちが休み時間に作ったぶかっこうな砂の城を、授業の始まりのチャイムと共に駆け抜けた地響きで……って、やっぱり比喩は苦手だ。
 とにかく山の中から巨大な機械の竜が現れた。
 それはあたしらの目の前を通過し、星空へと駆け上り、夜のおかげで境界線が曖昧になった雲を突き破った。
 やがて雲のように自らの姿を曖昧にして、赤い瞳で街を見下ろしていた。
「今の私じゃウイングロードであそこまで行けない……」
 ギンガはそのウイングロードでなんとか自分の足場を作っているようだ。
「まるで何かを待っているようだな」
 背中に乗っているチンク姉がため息をつく。
 あたしは腕に抱くライティをギンガに預けた。
「ギンガ、そいつのこと、頼むよ。特捜六課に預けてきて」
「ええ、でもチンクは?」
「手伝ってもらう。あたし一人より、チンク姉いた方が早く終わりそうだし」
「勝つこと前提か」
 チンク姉は意地悪く笑った。
「勝たなきゃ余計な犠牲が増えるだろ」
 そう言い、あたしはニヤリと笑い返した。
「何より、あたしらの犠牲になったあいつらに……」
「セイン、その先は言うな」
 チンク姉は厳しい声で遮った。
 あたしは言葉を飲み込んで、機械の竜を睨み付けた。
『あの邪龍め、やはり我らが星と同じ悲劇を生むつもりか』
『やはり我々の大地の総てを水に沈めたアレと同じものでしたか』
『そうなると、夜明け前までにどうにかしないと……』
 神機デバイス達め、どうやらあたしの目を通して敵を分析してるらしい。
「破壊は出来るのか?」
『六の字にもっと魔力があれば可能だった』
『ですがコアであるノア様とコントロールしているアンダーナンバーズを破壊すれば……』
 最悪の作戦を提示してきやがった。
『そんなのダメだよ!ノアは大切な生き残りなんだから!』
『ですがこの際、フーガ様だけでも……』
『ええい、とにかくコアを破壊すれば……』
「てめーら、うるせーよ」
 あたしはギュッと拳を握った。
「マスターの無視して議論すんな、デバイスども!あたしにいい考えがあるから言われたとおりにしろ!」
「セイン、お前……」
 おっと、つい荒ぶっちまった。
「チンク姉もよろしく頼む、あたしの策に載ってくれ。これがダメならあたしを勝手に動かしてお前らの策を実行しろ」
『……承知した、聴かせて貰おう』
 あたしは大きく息を吸い、これからの作戦についてデータ通信を利用してチンク姉とデバイスに伝えた。

 ◇
 ◇
 ◇

 …頭の中がモヤモヤして、なんだか自分が曖昧だ。
 私は今、何なんだろう。
 ファウスト様たちはどうなったのか。
 ……って、なんで敵を様付けしちゃってるのかしら。
 あたまが、くらくらして からだも うごかない。
「意識がまだ不安定のようだね、セレナさん」
「アリオン……?」
「少しだけ、じっとして」
 そう言い、私のおヘソあたりに何かを貼り付ける。
 それは私にとって、とても重要なもの。
「……なんとか直せたよ。けれどもう時間の逆行は出来ない。代わりに出来るのは、時間の流れからほんの少しはみ出ることだけ」
「それって、つまり……」
 私は息を呑んだ。
「瞬間移動みたいなものだよ。けれどもその分、セレナさんだけの時間は進む。仮に三分先に寿命を迎えるとして、一分使えば寿命は現実時間で二分になる」
「わかりやすい説明、ありがと」
 私は薄く笑った。
「けれどもこれではまだ未完成だし、何よりセレナさんは格闘戦向きじゃない。セインちゃん達の方も気がかりだ」
「格闘戦……そうだ、フーガは、ノアは……」
 私の問いにアリオンは首を振った。
「ノアさんは捕まったまま。兄さんは動ける状態じゃない。私も魔力を使いすぎて、あそこまで翔べやしない」
 そう言い、空を指差す。
 満天の星空の中、蛇のような影と赤い点が二つ見えた。
「ノアさんも、あそこにいる」
 そう言い、アリオンは私へ赤い鉄のスーツケースを私の胸に置いた。
「これは、アバランチ・インジェクションの携帯装甲……?」
「兄さんが魔力を使ってどうにか復元してくれた」
 いつもの淡々とした声。
 けれどもその無表情な瞳からは涙が出ていた。
「負担をかけて申し訳ないけれども、チンクさんとは長い付き合いなんだ。それにセインちゃんとは生まれる前から……」
「……ん」
 思考がクリアになるのを感じ、私はアバランチを抱きしめてゆっくりと起き上がった。
「感じた、セインちゃんが無茶しようとしてること」
 彼女との繋がりを感じ、私は大きく深呼吸をした。
 そうだ、あの子には私の遺伝子も混ざっている。
 けれどもそれだけじゃない。
 本来は守るべき対象。
 そしてなにより、大切な仲間。
 ううん、そんなこと関係ない。
 大切なのは、まずは今をどうにかすること。
「特捜六課、セレナ・ヴォルドール。これよりシスター・セインの保護に参ります」
「……いつもの他人行儀なセレナさんだ」
 アリオンが嬉しそうに笑った。
「アバランチ、タイムエスケーパーとのリンクは?」
 アリオンがスーツケースに向かって訊ねる。
『パーフェクトです』
「じゃあセレナさんのこと、よろしく頼むよ」
『かしこまりました。セレナ様、かなり久しぶりの装着となりますが、起動ワードは変わっておりません。お願いします』
「ええ」
 私は大きく息を吸い、そして唱えた。
「悪しき風の災い無く……平和と希望をこの空へ! 一刻入魂!」
『キーワード承認。装着させて頂きます』
 アバランチがそう言うと、スーツケースはバラバラになって私の体へと張り付いていく。
 よくよく見れば服装は黒のアンダースーツになっていた。
 まったく、アリオンってば、ちゃっかりしてるんだから。
 やがて私の体は丸みを帯びた赤い装甲に包まれ、二本の角が生えた額あてが取り付けられる。
 きゅっと絞めつけられた時、私は背中の翼を広げた。
 それはまるで、無限の時を繰り返す、不死鳥のように。
 それは私の故郷を焦がした畏怖にして畏敬の存在……。
『セレナ様のイメージする形状は相変わらず複雑で装着しがいがございます』
「茶化さないで、アバランチ。とにかく今日を生き抜くわ」
「それでこそセレナさん」
 アリオンが嬉しそうに言う。
『出力安定。まずは体内に残留しているロストロギアの魔力から消費していきましょう』
「ええ。じゃあ、アリオン。フーガのこと、代わりに説教しといてね」
 そう言い残し、私は青い光をまき散らして夜空へと飛んだ。

 ◇
 ◇
 ◇

 さて、作戦ご披露タイムだ。
 まずはチンク姉を竜の脳髄辺りに載せてラプトルデトネイターを乱射してもらう。
 そしてその間にノアさんをディープダイバーで引き剥がす。
 おそらく中に潜んでいるファウストが邪魔をしてくるだろう。
 けれども問題はない。
 いざという時は神機デバイスの力を開放してふっ飛ばしてやる。
 ただ懸念事項はいくつかある。
 火力は足りるのか。
 時間は足りるのか。
 そもそも竜自身がこのままおとなしくしてくれているのか。
「なにより攻撃に刺激されて、何かしら誘発されないかが心配だな」
「そこなんだよねー」
 チンク姉の意見に私は大きくため息を付いた。
 そうなのだ。
 万が一、痛がって暴れられたりでもしたら……あの巨体だ、街に出られたらすんごい被害になるだろう。
 などと迷っているうちに、無数の青い光の矢が竜に狙いを定めて滞空していた。
 その数はどんどん増える。
 一体何が起きているんだ……?
「といやっ」
「ひっ」
 いきなり隣に翼の生えた赤鬼が現れた。
 ……って、顔をよく見たら、セレ姉……!?
 しかも唇がまだ青いし……!
「なにやってんだよ、セレ姉! もう大丈夫なのか!?」
 つい感情的に
「ご覧のとおり」
 そう言い、大量の青い矢を指し、持っている武器を自慢気に見せる。
「弓とはまた原始的な形状だな、セレナ陸士」
「私の世界では万能な武器なんですよ? チンクさん」
 ああ、とても自然な笑顔だ。
 それを視たあたしは思わずほっとして、
「セレ姉!」
 と、興奮して抱きついてしまった。
 ずるり、と後ろで滑る音が聞こえた。
 同時に首が締まった。
「ぐえっ!」
「セイン! 姉を落とすつもりか!」
「あ、わりぃ」
 実姉の方をないがしろにしてしまった。
 いや、義理とかかんけーねえや。もうどっちもお姉ちゃんだし。
「作戦、聞かせてもらったわ。あの通り、火力と竜自体の暴走は私に任せて」
『聴いたというよりハッキングですが』
 胸の装甲が喋った。
 あ、ああ、アバランチ、またお前か。
 特捜六課、まったく無茶苦茶しやがるぜ。
「他の特捜もそんな感じだけどね」
「だからハッキングするなって!」
 私はため息を付き、けれども何故か気分は軽くなって……なんだか今なら、なんでも出来る気がしてきた。
「そんじゃ、お姉様方、いっちょやりましょか!」
 そう気合を入れた瞬間、光の翼がより大きく広がり、輝きを増した。



もどる/次へ
目次へ
初版:2011/08/31

inserted by FC2 system