心地よい夜風に身をさらしながら、シグナムは上機嫌で宿舎へと辿り着いた。
 次に来る時は主と共に、と胸に刻み、玄関のセキュリティシステムに人差し指をかざす。
 ここでシグナムは自分のミスに気がついた。
 入り口の指紋を登録しているのは自分のみであった、と。
 となれば、先ほど視線で弄んだスバルが近くで途方にくれているに違いない。
 荷物を片腕に抱きながら、シグナムは宿舎を一周した。
 しかし、人影どころか気配すらなかった。
 誰かが気づいて中から開けたのだろうか、と疑問符を浮かべる。
「飽きさせない奴だな・・・」
 ぼやき気味に呟く。しかし、決して厭そうではなかった。
 ひとまず中を確かめてから、と再び玄関口に行く。
 そこで改めてロックを開けた時、少年の顔が彼女を見上げていた。
「あ、シグナム副隊長・・・」
 エリオである。
 左右を見ると、キャロとティアナが神経質そうな顔で並んでいた。
「お前たち、スバルを見なかったか?」
「いいえ、僕たちも探してたところで・・・」
 律儀に答えると、エリオは左右を見た。
「外にもいなかったんですか?」
「ああ・・・いや」
 一度肯定しかけた首を、シグナムは横に振った。
「所用で外に出ていてな、尾行されていた」
「あのバカ!」
 痺れを切らしたかのように、ティアナが声を上げる。探し出すのに相当いらだっていたようだ。
 シグナムは素早く視線を合わせた。すると瞬く間に、その激昂が制された。
「いや、気づいていて遊ばせていた私の責任だ。最後に一睨みして、慌てて逃げていったしな」
「何してるんですか、副隊長・・・」
 キャロがやや呆れ気味に笑った。
「恐らくそこら辺で道に迷っているだろうが・・・或いは最悪の事態も考えねばならないな・・・」
「なんですか? 最悪の事態って?」
 エリオが素早く訊ねた。
「ああ、これでは説明するしかないな」
 とぼけた言葉で、シグナムは応えた。
「ロビーで話そう、戻るぞ」
「はい!」
 と、副隊長の指令に3人が答えた直後であった。
 赤い魔弾がシグナムの背後から接近してきた。
 叫ぶ間もなく、3人の眼が眩む。
 最初に眼を開いたのはティアナであった。
「シグナム副隊長・・・!」
 まず上がったのは、その身を案ずる声だ。
 あれだけ心を踏みつけられ、怯えさせられた存在だというのに、彼女は心底心配していた。
 遅れてキャロとエリオも目を開く。
 しかし、2人から心配の念が生まれることはなかった。
 むしろ、畏怖する気持ちが伺えるほど、眼が丸くなっていた。
「もう少し遅れていたら主の服が台無しになっているところだったな」
 桜色を貴重とした騎士甲冑が風に揺れていた。
 襟を凛々しく立たせ、腰周りを包むスカートと言うには勇ましすぎる布を翻し、3人の新人に背を向ける。
 そして腕に持つ剣は・・・炎の魔剣、レヴァンティン。
 烈火の将、シグナム。
 その気高い姿は新人たちの網膜に見事に焼き付けられた。
「本当ならば明日の朝、話しているところだった」
 3人に背を向けたまま、シグナムは語った。
「魔法を悪用する人種はこの世に幾千万もいる。それを少しでも早く察知し、捕えるのが我らの役目の1つでもある。かつての私たちがそうされてきたように」
 言いながら、ゆっくりと剣を抜き払う。
 魔剣と呼ぶに相応しくない、鋭い光が闇夜を照らした。
「つまり今回の合宿はお前たちの心身を鍛えるだけじゃない。本当の実戦をお前たちの肌に刻み込むのが目的だ。ガジェットなどでは感じられない、人と人との戦い・・・」
 その語りを遮るように、魔法弾がさらに飛ぶ。
 今度は3つ。
 それはシグナムの目の前で拡散し、上と左右から襲い掛かった。
 しかしシグナムはそれを、魔力の甲冑で無力化する。
 ティアナたちの眼は、飛んできた魔法弾は強力なもの、と捉えていた。少なくとも自分たちでは避けるのが精いっぱい、と思わされるほど、高い魔力が凝縮されていた。
 にも関わらず、シグナムはそれを受け止めた。
 圧倒的な姿に、ティアナは息を呑み、エリオとキャロは口を開くしかなかった。
「私が抑えている間に中に入れ。ついでにスバルも見つけてくる」
「シグナム副隊長、私も・・・!」
 ポケットからタロットカードを取り出し、ティアナは一歩踏み出た。
「退け」
 シグナムはその鼻先に、容赦なくレヴァンティンを突きつけた。
「お前は中で2人を守れ。傷でもつけたらテスタロッサに何を言われるかわからん」
「は、はい!」
 それはティアナを操るのに的確な言葉であった。
 突如請け負った使命を全うすべく、ティアナは2人を視線で導き、宿舎へと駆け出した。
「さて・・・」
 シグナムは悠然と相手を見た。
 赤いハチマキが、魔力の揺らぎが起こす風に震えていた。
「結界を抜けるためにそいつを利用したか、或いは・・・!」
 そう言い放ち、レヴァンティンを剣道で言うところの正眼に構える。
 その眼が射抜いた先にいたのは、「見つけてくる」はずであったスバル・ナカジマであった。
「ディバイン・・・バスタァー!」
 赤黒い魔力の塊を目の前に生成し、そこに拳をぶつける。
 それは答えの代わりのように、強大な魔法弾となって、シグナムに襲い掛かった。
「ふん」
 すでに魔剣をスバルへ向けていたシグナムは涼しい顔をして、切っ先で受け止めた。
 カツン、と言わんばかりに衝突するなり、スバルの放った魔弾は力なく消滅した。
「!」
 シグナムの眼の色が変わったのは次の瞬間であった。
 魔弾に隠れてスバルが飛び出してきたのだ。
 リボルバーナックルを顔の横に引き寄せ、腰も十分に捻られている。
 次の刹那のうちに、シグナムの顔へ直撃させるつもりだ。
 シグナムは余裕で避けられるはずであった。
 しかし、スバルの変わり果てた姿に感じた戸惑いが、それの判断を遅れさせる。
「くっ」
 頬を、殺意に満ちた姿となったリボルバーナックルが掠めた。
 わずかに触れただけだというのに、その爪に潜む鋭利さは傷を深くしていた。
 すれ違うスバルの顔に、血が勢いよく吹き付けられた。
「さしずめリボルバークローと言ったところか」
 恐らく新人たちがその場に居たならば、ひきつけを起こすほどの恐怖を感じただろう。
 悠然と立つシグナムの背をめがけ、スバルは拳を握り露出させた3本の爪を放った。
 ギィイイイン、と魔力の障壁が強襲を遮った。
「くぅうっ・・・!」
 口惜しそうに、スバルが声を漏らす。
「私の甲冑を破るには、まだまだ力が足りないな」
 顔を半分だけ後ろに向け、シグナムは言い放った。
「カートリッジロード!」
 叫びが鳴り響いたのはその直後であった。
 途端に跳ね上がったスバルの魔力を、シグナムは感じた。
 魔力の甲冑を破られる前に魔剣で弾こうと身を反転させる。
 しかし、剣は僅かに遅く、先にスバルの魔拳がシグナムの脇腹を刺した。
「・・・!」
 一瞬だけ顔を歪める。
 表情は直ぐに鬼神の形相となり、レヴァンティンを振り上げた。
 峰により与えられた猛烈な衝撃が異形のリボルバーナックルを弾く。腕を斬り捨てるように見えるほど、その斬撃は鋭かった。
 与えられた魔力に酔いしれながらも、スバルの顔は大きく引きつった。
 大きく開いた右の脇腹を狙い、お返しと言わんばかりにレヴァンティンを斜め上から振り下ろす。
 その威力に躊躇いはなく、刃もスバルの方へ向けられていた。だが理性を示すかのように、インパクトの瞬間、峰打ちに切り替わっていた。
 スバルは左手で小さな魔法壁を使い、それを防ごうとした。
 しかし、純粋な暴力が眼前に迫った時、その行為が無意味であることに気づいた。
「ふんっ!」
 拳が、スバルの頬に打ち付けられた。
 彼女の身は2メートルほど吹き飛び、仰向けに倒れた。
「・・・シグナム・・・副隊長ォ・・・!」
 上体を起こし、自身の意志を失った瞳をシグナムへ向ける。
 その数瞬後、スバルの防護服がデバイスと共に姿を消した。
「・・・・・・これでは温泉に入りなおさねば、な・・・・・・」
 穴が開いた脇腹を押さえつつ、シグナムは変わり果てたスバルの身を片手で抱え上げた。
 そして一歩ずつ、息を整えながら宿舎へと向かった。
 ティアナが出迎えに来たのは、それから間もなくのことであった。

 ◇

 ◇

 ◇

 宿舎2階の角部屋に、スバルは運び込まれた。
 それまでシグナムは終始無言であった。ティアナも話しかけず、ただひたすら2人を部屋へ導くことに専念していた。
 辿り着き、スバルをベッドへ寝かせたところで、シグナムは騎士甲冑のまま、床へだらしなく座り込んだ。
「すぐに医療キットを!」
 と、駆け出そうとするティアナを、シグナムは「まて!」と一喝して止めた。
「スバルをデバイスから隔離しろ、何が起きるかわからん」
「は、はい!」
 踵を返し、スバルの元へ駆け寄る。そして赤黒くなったマッハキャリバーを外し、そのまま部屋を飛び出した。
「くそ・・・!」
 腰のアーマーを外し、自由になった下部のバリアジャケットを腹に締め付ける。
 一瞬だけ「ぐっ」と苦渋をもらしたが、それからは徐々に息が落ち着いていった。
 それから数分経たぬうちに、高い声が響いた。
「お待たせしました!」
 と、ティアナは戻るなり、シグナムの傷を治療しはじめた。
「・・・すまない」
 シグナムは素直に頭を下げた。
 ティアナの手が一瞬だけ止まった。
「・・・・・・意外か?」
「いえ・・・その、はい・・・」
 一瞬、否定をしたが、視線で完全に射抜かれて、すぐさま素直に答える。
 シグナムは喉の奥で笑った。
「それよりスバルに何があったんですか」
 神経質そうに、ティアナは訊ねた。
 シグナムはティアナを横目で見つつ、スバルに顔を向けながら答えた。
「それを語るには、まずこの合宿の真の目的を語らねばならないが」
「先ほど言い掛けていた話、ですか?」
「ああ」
 シグナムはわずかに顔を下げた。
「この施設がまだ実用化に至っていない、という話はしたか?」
「いいえ」
 ティアナは首を振った。
「そうだったか。いわゆる保養所の目的で買い取ったは良いのだがな、その前後に、この近くに外法の魔術師が住み着いたらしく、奇妙な事件が続発し始めていた」
「奇妙な事件?」
「魔法生物の異常な変化や森に迷い込んだ人々の血が抜かれる、というものだ」
「そんな事件、知りません」
 きっぱり、とティアナが言い放つ。
 しかしシグナムは小さくため息をつき、憂いの表情でスバルを見つめた。
「すぐに犯人が捕まり、解決したと思われていたんだ。生物の変化も特殊な風土のせいだ、とされてな」
「それって・・・つまり・・・」
「・・・・・・強力な幻影と関係者に施された暗示が今まで解決したように思わせてきたらしい」
「!」
 ティアナは思わず治療の手を止めた。
 それには幾重もの意味が込められていた。
 その捻じ曲げられた事実を看破した。
 それ以上に、その事件に自分たちを巻き込んだ、ということに対しての怒りにも似た感情を抱いた。
「だったら・・・」
 遠目で見た、変わり果てたスバルの姿を思い出しながら、ティアナは叫んだ。
「1人で処理をすれば良かったじゃないですか!」
 スバルであってスバルではない、闇に包まれたスバル。
 その姿は信じがたいほど強く、凶悪で、どす黒かった。
 さらにカートリッジロードの瞬間に見えた魔力の揺らぎは魅力的に見えるほど邪悪であった。
 自分を失った親友・・・もとい、相棒の姿を見て、ティアナの心中は取り乱されていたのだ。
 それが今、シグナムの言葉で決壊した。
 生まれる表情は敵意すら持ち合わせ、恐らくわずかながら育っていた信頼も潰えたに違いない。
 しかしシグナムは冷静であった。
「だから言っただろう。お前たちに本当の実戦を感じさせたかった、と」
 その静かな一言のあと、さらに一言付け加える。
「・・・言い訳がましいかもしれないが、な・・・せめて先に話しておけ、と言いたいのだろう?」
 ティアナは小さく頷いた。
「その前に、少しでも安らぎを与えたかっただけだ」
「・・・・・・っ」
 言われてティアナははっとし、表情が和らぐ。
 しかし、それがいらぬ被害を生んだ、という事実は、彼女に淡々としたセリフをはかせた。
「・・・回りくどいんですよ。私達だって、気持ちの切り替えぐらいできます。今回のことは部隊長にも伝えますからね」
「ああ、その時は私も・・・くっ」
 わずかにシグナムの体が痙攣した。
 ティアナは慌てて応急処置を仕上げようとすると、その手を握り締めて止めた。
「少し部屋で休ませてもらう。・・・スバルを頼むぞ・・・」
 ゆっくりと立ち上がり、フラフラと部屋を出る。
 その後ろ姿を、ティアナは眼で追うことしか出来なかった。
 ドアがしまる間際に、ようやく声が出る。
「ここと反対の、奥の角部屋が空いてますから!」
 その言葉に答えるように、シグナムは半身にしたまま微笑んだ。
 ドアはそのまま閉まり、シグナムとティアナの間に壁を作った。
「・・・もう」
 足音が遠ざかるのを聞き、ティアナは大きくため息をついた。
 そしてスバルの方へ歩み寄り、ベッドに身を軽く乗せ、様子を伺う。
「アンタも・・・殴られちゃったのね」
 赤く腫れた頬をそっと撫でる。頬骨辺りが少し膨らんでいた。
 すかさずキッチンに向かい、タオルを一枚、水で冷ます。
 そしてじゅわ・・・とわずかに残る水気を押し当てた。
 眉1つ動かさない顔を見て、もしかしたら事切れていないだろうか、と背筋が冷える。
 しかし、指先に届く呼吸は、彼女が生きていることを伝え、ティアナを安心させた。
「手加減されなかったのかしら」
 自分が殴られた時を思い出し、つい苦笑してしまう。
 あの時、隊長たちの胸のうちがはっきりと分かったことで自分に少しだけ余裕が出てきたと、彼女は実感していた。
 しかし、未だにシグナムは苦手であった。
 殴られたことと、その後に吐き捨てられた言葉がことごとく彼女の心を斬りつけたのだ。
 接点が薄いこともあり、同じ六課であれども最も遠い存在であった。
 だが先ほどの触れ合いは、理由もなくその距離を縮めていた。
 というよりも、彼女との妥当な距離を把握できたというべきか。
 今は副隊長の考えに従うしかない、と。
 自分で生んだミスとは言え、それを拳1つで迅速に取り返したのだから、と。
 だがティアナは知らない。
 スバルの腹部に刻み込まれた梵字が未だに息づいていることを。
 それはシグナムすら気づいていない。
 そう、まだこの事件は始まったばかりなのだ。
 宵闇が朝を帯びてきた頃、ティアナはその目蓋をゆっくりと閉じた。
 入れ替わりに眼を開いたスバルは、妖しさを微笑みとともに溢れさせ、変わり果てた機械の相棒を求めて彷徨い始めた。

 ◇

 ◇

 ◇

 食堂についた時、スバルは眼を輝かせた。
 待機状態のマッハキャリバーを見つけたからだ。
 正確には感じた、と言うべきだろうか。
 食堂の中でも、台所側にある食器棚を見つめる。
 そこから溢れる甘い魔力を、スバルは感じていた。
「みーつけたっ」
 駆け寄り、ナイフやフォークが詰められた中段の引き出しを開く。
 そこにあったのは待機状態のマッハキャリバーであった。
 しかし、色は黒い赤ではない。まるで熟したかのように赤く染まっていた。
「いくよ、・・・ナイトキャリバー」
 低い声で呟くと、赤いペンダントを握り締め、振り返りながら引き出しを閉めた。
「動かないで!」
 と、声が響いたのはその直後であった。
「ティア」
 スバルは涼しげな顔で声の主を呼んだ。
「・・・なにやってるのよ」
 ティアナはやや緊張した様子で訊ねた。
「それはこっちのセリフ。あたしのデバイス、どうして隠したりなんかしたの?」
 指先でマッハキャリバーだったものを回しながら、スバルは訊ねた。
「念のためよ。さっきシグナム副隊長と戦ってた時のそれ、明らかにおかしかったもの」
 シグナムの命令で、ということを敢えて伏せる。
「酷いなぁ」
 スバルは笑顔に困惑を交えて言った。
「お陰でずいぶんと強くなったんだよ。・・・そう、あの人のお陰で」
 途端に声に妙な違和感が含まれるのを感じ取り、ティアナはカードを取り出した。
 それはデバイスの待機状態のものである。
 展開させようと思ったその瞬間だ。既にバリアジャケットを身に纏ったスバルの腕が、リボルバーナックルごとティアナの胸に打ち込まれていたのだ。それはまるで沼に沈む体のように、ティアナの胸に沈み込んでいく。
「つかまえた♪」
 と、唇を鎌のように持ち上げ、狂気染みた笑みを浮かべる。
「いや・・・!?」
 何が起きたのか把握できず、ティアナは眼を白黒させながら自分の胸元を見た。
 痛みは無いが違和感があった。
 例えて言うならば心臓そのものを鷲掴みにされている感覚。
 それは邪の使徒と化したリボルバーナックルが、彼女の魔力の核・・・すなわちリンカーコアを握り締めた証である。
 指先に追加された爪が一本一本、リンカーコアに突き刺さっていく。
「うう・・・ああっ・・・はあ・・・!?」
 そのたびに、ティアナの顔が苦痛で歪んだ。
「もう少し、もう少しだけ我慢してね・・・ティアにもあげるから、とってもすっきりするおまじない」
 やがて5本目の刃が突き刺さった時、スバルはゆっくりと口を開いた。
「ダーク・リッジ、ロード・・・!」
 ガシュン、と、金属音が鳴り響いた瞬間であった。
 リボルバーナックルからティアナへ、闇色の魔力が直接打ち込まれた。
「あああっ・・・!?」
 背骨と胸が甘く焼かれるのを感じ、ティアナは声をあげた。
 しかし叫びにはならず、その声は食堂の中で立ち消えた。
 同時に服に隠れた鳩尾の辺りに、奇妙な字が浮かび上がる。
 それを眼にしたスバルは満足そうに微笑むと、崩れ落ちたティアナの体を抱え上げた。
「じゃ、いこっか」
 そう言うと、スバルは食堂を後にし、そのまま宿舎から抜けだした。

 ◇

 ◇

 ◇

 エリオが異変に気づいたのは、ティアナのリンカーコアにスバルの魔手が文字通り伸びた瞬間であった。
 悪寒にも似た魔力の微動が、敏感な彼の感性を刺激した、と言ったところか。奇しくもエリオの部屋が食堂の真上にあったが、これは単なる偶然だろう。
 彼は枕元においていた腕時計をつけ、短パンにTシャツのまま、異変の現場へと足を運んだ。
 だが、到着の前に足を止めた。
 犯人と思しき人物が、宿舎を出る瞬間を見てしまったからだ。
(スバル・・・さん・・・)
 わずかに見えた後ろ姿で、その人物を推察する。
 ほんの少し時間を置いてから、エリオも表へ出た。
 今度はハッキリと後ろ姿を見た。
 間違いなくスバル・ナカジマであった。
 しかも両腕に抱いているのはティアナ・ランスターである。
(いったいなにがどうなって・・・)
 興味と、それ以上の異変への危機感を胸に抱きながら、追跡を始めた。
 いざという時には高速移動の魔法がある。
 それを切り札としながら、彼は慎重にスバルの後をつけた。
 その道はちょうどシグナムが温泉へ向かった方角と同じであった。
 しかし、温泉と宿舎の中盤当たりで、スバルは不意に右へ曲がり、森へと入った。
 遅れてエリオは、曲がった場所に落ちていた石や葉を集め、分かりやすい目印とした。
 あとはそのまま真っ直ぐ進むだけであった。
 森を抜けると、そこには壁のように切り立った山があった。
 そこにぽっかりと空いた穴に、スバルは進んでいった。
「あそこ、かな・・・」
 眼を凝らし、奥の方から漏れる光を確認する。
 よく見ればそれはドアのようで、スバルがコンコンとノックする姿まで見えた。
(・・・・・・シグナム副隊長に知らせなきゃ!)
 と、いきり立った瞬間である。
 ガサッ、とエリオのつま先が葉が擦り合った。
 まずいと思い、穴から死角の位置に身を隠す。
「ストラーダ、黙ったままソニックムーブをかけて」
 蚊の羽音よりも小さな声で、エリオは腕時計に語りかけた。
 それに呼応するように腕時計が光り、「SONIC MOVE」の文字を浮かべる。
 その直前に、エリオはその場から駆け出した。
 数瞬のうちに、エリオは宿舎に戻っていた。
 それも宿舎の前どころか、シグナムが身を休める部屋の前までである。
「シグナム副隊長! 報告があります!」
 と、飛びこもうとした瞬間である。
 扉が勝手に開き、そのままやわらかい感触が、エリオの顔を包んだ。
「あぅっ・・・」
「どうした?」
 シグナムの胸であった。
 薄手の私服を身に纏ったせいもあって、エリオの頬はあっという間に純粋な赤に染まった。
 

  

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