「それじゃあよろしくお願いね」
 と、メモを渡されて、ティアナはキリっと敬礼をしてみせた。
 相手は白衣の似合うショートヘアの女性だ。
 普段はシャマル先生と呼ばれている彼女は、ニッコリとして手を振った。
「失礼します」
 と、言い残し、ティアナは清潔な部屋から静かに出た。
「ティーアっ!」
「!」
 不意に横から聞こえた声に、ティアナは思わず顔をこわばらせた。
「スバルッ!」
 声の正体を見破り、ティアナは素早く彼女の鼻をつまんだ。
「いたいたいたい!」
「せっかく緊張から解き放たれたって思ったところに何よ、もう!」
 言いながら、軽く手をひねる。
 合わせてスバルの顔も傾いた時、ティアナはゆっくりと手を外した。
「街に行くんでしょ? あたしも用事頼まれてさ、ヴィータ副隊長に」
「奇遇っていうかなんていうか・・・ていうか、何で知ってるのよ、そんなこと」
「ヴィータ副隊長が言ってたから。『もしかしたらティアナあたり、シャマルに用事頼まれてるかもしんねえから、一緒に行ってこい』って」
 ティアナは妙に上手い声マネに促されて、こみ上げてきた笑いを抑え込んだ。
「副隊長たちって、ホントなんでも分かるんだね、お互いのこと」
「家族みたいなもんなんでしょ、10年来の。それなら何かと分かるでしょ」
 スマートに見えて適当な分析であった。
「そんなもんかなぁ」
 と、曖昧に受け止め、スバルは鼻先をスッと撫でた。
「で、なに頼まれたの?」
 先に歩き始めて、ティアナは訊ねた。
「予約してたお菓子だって。高級なヤツ。『なのは達の溜まった仕事手伝わなきゃなんねぇ』とかで手が離せないみたい」
「お菓子なのに急ぎだなんて、よっぽどね。アイスかなにかかしら」
 やはり笑いを堪えながら、ティアナは推察した。
「似合いそうだよね」
 アイスを頬張るヴィータを想像してしまい、スバルは苦笑を隠せなかった。
「で、ティアナの方は?」
「布とか糸とか。なんでもリイン曹長の部屋を模様替えするとか」
「シャマルさん、そういうの得意そうだよね」
「うんうん」
 上司に対する互いの認識を確認したところで、2人は隊舎を後にした。
 ちょうどその時である。
 セダン型の黒い自動車が隊舎の前に止まった。
 そして窓が開き、長い金髪の女性が顔を覗かせる。
「2人とも、乗ってく?」
 フェイト・T・ハラオウンであった。
 まるで見計らったようなタイミングに、2人は眼を丸くした。
「フェイト隊長、お疲れ様です!」
 先に正気を取り戻したのはスバルであった。声と同時に敬礼をすると、ティアナも遅れて手を額の前でびしりと伸ばす。
「楽にしていいよ。それよりシグナムから聞いたんだ。街に用事あるんでしょ? 私も用事あるの。だから一緒にどうかなって思って」
「いえ、車って距離でもないですし、手間をかけさせるのも・・・」
 と、フェイトの誘いを丁重に断る前に、スバルが先に意見をした。
「お願いします。早めに終わらせて安心してもらいたいですし」
 屈託のない笑顔で言うと、フェイトはニッコリと笑みを含んで車を降りた。
 そして、執事のような素振りで後ろのドアを開いた。
「あ、助手席の方がよかったかな?」
「め、滅相もないです! ねぇ、ティア!」
「え、ええ」
 不意の提案に、さすがに緊張を感じ、2人は慌てて後部のシートへ滑り込んだ。
 少しさびしそうにドアを閉めると、フェイトは再び運転席へその身を沈めた。
 程なくして車はゆっくりと発進した。
「なのはから頼まれちゃって。『がんばってるヴィータちゃんのためにちょっといいお菓子買ってきて』って。私、今日の分の仕事早く終わっちゃってね」
「っ」
 予想外の物まねに、ティアナは思わず口元が緩んだ。
「どうかした?」
 と、訊ねるフェイトの顔は、どこか申し分けなさそうだった。
「シグナムにやられたとこ、まだ痛む?」
「いえ、そうじゃないんですけど・・・」
 優しいフェイトらしい気遣いに不意を打たれたせいか、ティアナの反論は尻すぼみとなった。
 フェイトは憂鬱そうにため息をつくと、少しだけアクセルを踏み込み、肩を落とした。
 上がるスピードを感じさせないほど、優しい運転だった。
「なのはも厳しいけど、シグナムはもーっと厳しいから。弁護するってわけじゃないけど、ほら、出撃前だったでしょ、だからシグナムも・・・ううん、むしろ私が言った方がティアナもわかってくれ・・・たかな・・・?」
 ハンドルに顎を乗せながら、フェイトはそう語った。
「起きてください、フェイト隊長」
 普段見受けられない分隊長の姿に戸惑いつつ、スバルは言葉を選ばず言った。
「あ、ごめんなさい」
 シャキっと背筋を伸ばして、正しい運転姿勢に戻ると、フェイトはバックミラーでチラリとティアナの様子を伺った。ぶれた車の動きが、フェイトの気持ちを良く表していた。
「いえ、私自身、完全に考えが凝り固まっちゃってたみたいで・・・なんていうか、自分の未熟さを痛感しました、文字通り」
「やっぱり痛かったんだ」
 最後の一言は冗談のつもりであった。しかしフェイトの声が沈んだのを聞き、ティアナは慌ててフォローをしようと唇を開いた。
 だが、その前にフェイトの深海のような声が届く。
「あの後シグナムがね、『なあ、テスタロッサ。私はああするしかなかったのだろうか』って言ってね」
 さすがに似ていなかったのか、ティアナの頬はピクリとも動かなかった。
 むしろスバルの方がこみ上げる笑いを口ごと手で押さえていた。
「その時言ったけど・・・答えなんてない、んだよね・・・」
 憂いを帯びた目で、進む景色を見る。
 やがて街の中核を成すショッピングモールのパーキングについたところで、フェイトは車を停めた。
「じゃあ、用事が済んだら車に戻ってね。多分、私が一番早いと思うから」
 言いながら、ショッピングモールを指差す。
「あたしたちは向こうの大通りだよね」
 と、スバルはメモに書かれた地図を見てティアナに言った。
「ええ。じゃあフェイト隊長、またあとで! あと・・・」
「なに?」
 追加された言葉を聞き逃さず、フェイトは訊ねた。
「・・・・・・答えは多分、私の行動次第ですよね」
「・・・そう・・・なっちゃうかな・・・」
 ティアナの言葉に、フェイトは悲しげな笑みを見せることしか出来なかった。
「・・・・・・がんばります、シグナム副隊長の一発を無駄にしないためにも」
 きりっとした表情を見せたとき、フェイトの顔にようやくいつもの微笑みが戻った。
「・・・ありがとう」
 そう言い残し、フェイトは早足でショッピングモールへ向かった。
「ティーア」
 にんまりとした表情で、スバルがティアナの顔を覗き込んだ。
「何よ」
「あたし、いくらでも手伝うから、また1人で背負わないでね」
「・・・・・・ん」
 短い肯定の返事と共にうなずく。
 スバルはティアナの手を引っ張り、そのままの顔で街へと繰り出した。

 ◇

 ◇

 ◇

 同じ頃、スバルとティアナが向かった商店街の裏路地である。
 結界などのせいか、それとも元々なのか、人の姿が全くない。場所としては3方が壁に阻まれ、袋小路となっている場所である。日常の裏に潜む別世界に、1人の少女が細い指先を、憂いの眼で見つめていた。
「やはり普通の人間の魔力じゃ長持ちしないわね・・・」
 指先は老婆のような皺が刻まれていた。
 それは徐々に掌へ広がり、そして腕へと伸びていく。
 少女は舌打ちをすると、鋭い光を帯びた眼で周囲を見回した。
「・・・ちょうどいいの発見」
 見つめる先にあるのは、先ほどフェイトが入り込んだショッピングモールであった。
「もう少し頑張りなさいね、頑張れば命だけは助かるかもしれないわよ」
 淡々と語る言葉は、まるで自分自身に語りかけるように響き、誰の耳にも届くことはなかった。
 いつしかその声とともに、少女の姿は音もなく姿を消した。

 ◇

 ◇

 ◇

「この袋でお願いします」
 と、懐に持参したマイバッグを広げ、フェイトはニッコリと微笑んだ。
 ずいぶん前に、はやてから渡されたものであった。ゴミの処理に費用がかかるため、少しでも経費を削減したいらしい。真っ黒な生地に雷のマークがイヤミなく施されたそれは、明らかにフェイトのために作られたものであった。
 謹製と言わんばかりの箱に詰められた菓子をそのバッグに包まれると、フェイトは一礼をして売り場から去った。
 そして建物の中央を貫く広い廊下へ出る。
「んっ」
 吹き抜けから注ぐ光に目を細めつつ、視線はそのまま前にして、視界の中で異常がないかを探る。これは職業病と言ってもいいだろう。ましてや今の所属が機動六課。「機動」という名のとおり、現場における臨機応変さが少なからず求められるのだ。それらも相まった彼女なりの動きなのだろう。
「!」
 その目が、1人の少女を発見した。
 フェイトが知る人で例えるならば、キャロと同じぐらいの少女だろうか。およそ10歳ほどの子供である。
 キョロキョロとした顔は不安げで、そのたびに揺れる長い黒髪が、フェイトの視線を捉えて離さなかった。
「どうかしたの?」
 気づけば声を掛けていた。
 少女は言い難そうにつぶらな瞳を潤ませた。
 ふと、少女の手が腹に乗っていることに気づく。
 どうやらトイレを探しているようだ。
「こっち」
 察したフェイトは短い言葉と差し伸べた手で、まず少女の安堵を誘った。
 少女は躊躇いなくその手を握ると、薄く笑みを含んだ。
「いこっか。終わってからお母さん探しってとこかな?」
「うん」
 少女は短く答えた。
 それからはほとんど無言で、やがてトイレへ辿り着いた。
 人影は全く無く、少女は駆け足で一番奥の個室へ飛び込んだ。
「ふぅ」
 フェイトは一息つくと、トイレの入口まで移動して、金色のバッジを手にした。
「スバル、ティアナ、ちょっといい?」
『なんでしょう?』
 返って来たのはスバルの声であった。
「女の子が困ってて、なんていうか・・・その子のこと見なきゃいけなくなったから・・・」
『それならあとで合流します、ティアと一緒に』
「うん、ゴメンね。巻き込んじゃうみたいで」
『迷子を助けるのも、あたしたちの仕事ですよ、きっと』
「そう言ってくれると、嬉しい・・・かな」
 照れくさそうに、フェイトは答えた。
「じゃ、また後で」
『はい、直ぐ行きますから』
「うん」
 少し嬉を帯びた声で短く答え、フェイトは通信を切った。
 その直後である。
 フェイトの耳に、少女の叫び声が届いた。
「きゃあ!」
「えっ!?」
 反射的に飛び込み、一番奥のドアを叩く。
「大丈夫!? なにかあったの!?」
 と、普段穏やかなフェイトにしては高い声で訊ねる。
 しかし答えは返らない。
 代わりに足元を締め付けられる感触が、彼女を襲った。
「なに!?」
 後ずさり、足元を見る。
 植物のような蔓が太ももまで絡み付いていた。
 それは素早く成長し、フェイトの自由を見事なまでに奪っていた。
「う・・・くっ・・・!?」
 腕は捻りを加えられ、背中に押さえつけられている。下手に動かせば肩の関節は難無く外れるだろう。
 それだけではない。蔦の先端が、フェイトの首筋から内側へと入り込んでいる。
「お姉ちゃん、もしかして管理局の偉い人?」
 少女の声が、妙に甘ったるい響きを含んで響いた。
 カチャリ、と鍵が開く音とともに、ドアがゆっくりと開く。
 キャロと同い年とは思えぬほど妖しげな笑顔をした少女が、悠然と立っていた。蔦は、彼女のつま先より生えていた。
「いったい・・・なにもの・・・!?」
「そうだなぁ、人間からしてみれば、魔法生物じゃないかなぁ・・・」
 言いながら、少女はワンピースを肩から脱いだ。
 するとすぐさま、胸元から小さな花が姿を現した。
「元々は植物の中にある命を食べて生きてたんだけどね・・・気がついたら犬や猫に咲いて、いつの間にかこの子の胸で咲いちゃったの・・・でも、それももうすぐ終わり。でもお姉ちゃんなら、私のペースでも耐えられそう」
「私を・・・どうするつもりなの・・・!?」
「・・・・・・分らないんだ。だから2度も落ちたんじゃない? 執務官試験」
「!」
 少なくとも初見の人間に知られるはずが無い情報を囁かれて、フェイトの動揺が一瞬高まった。
 その隙をつき、少女の蔦が一気にふくらみ、フェイトの首筋へ何かを流し込むように波を打った。
 同時に少女の胸元にある花が散り、さらに蔦も姿を消した。
 それどころか少女自身すら、枯れた花のように散り去った。
「・・・・・・ふふっ」
 しばしの間呆然としていたフェイトの口に、うっすらと笑みが浮かんだ。

 ◇

 ◇

 ◇

「ヴァイス、お前の愛車を借りるぞ!」
 隊舎のそばにある格納庫に、不意に勇ましい声が響いた。
 それはライトニング分隊が副隊長、シグナムの声である。
 彼女は庫の片隅においてある真っ赤なバイクに跨り、強い眼差しであたりを見回した。
「いきなりなんスか、姐さん!」
 いち早く、名前を呼ばれた男が反応する。
 男はいつもと違う彼女の姿に声を失った。
 深紅のショートレザージャケットに同色のレザーパンツに加え、普段は高めのポニーテールである髪型も、低い位置で括られており、さらにタイヤに巻き込まれないようにするためか、一度、肩の辺りで大きな円を描いている。
 シグナムは殺気を帯びた目でヴァイスをにらみつけた。
「こいつのライバルに異変が起きたようでな」
 言いながら、剣の形をしたペンダントを見せ付ける。
「けど姐さん、フェイトさんから奪った仕事溜まってるんじゃ・・・」
「やろうと思えばいつでも出来る仕事だ。つべこべ言わずにキーとヘルメットをさっさとよこせ」
「へいへいっと」
 強気というのも生ぬるい口調で圧倒されて、ヴァイスは従うしかなかった。
「なるべく穏便に済ませてくださいよ」
「それは相手次第だ」
 と、ヘルメットとキーと共に同時に受け取った言葉に、シグナムは挑戦的な微笑みとともに返した。
「では、行ってくる」
 その言葉を合図に、バイクのエンジンが目を覚ました。
 激しい鼓動は、まるでシグナムを待ち焦がれていたかのような衝動に満ち溢れていた。


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