「なるほど、テスタロッサを中枢に置くことで、逆に己の身を増やす、か」
 バイクのサイドスタンドを立てながら、シグナムはフェイトの方を見て言った。
「フェイト隊長に取り付いた植物の目的って、なんなんでしょう・・・」
 辺りに敵の気配がないことを確認して、スバルはリラックスした様子で訊ねた。
「それを私に聞くか」
 シグナムは苦笑をしてから、淡々と推論を述べた。
「恐らくではあるが単純に生物としての本能だろう。生きるために増殖と進化を重ね、それがたまたまテスタロッサの魔力に行き着いたことで、爆発的な進化を遂げた、と言ったところだろう、違うか?」
 と、フェイトに視線を向けて訊ねる。
 するとフェイトはゆっくりと目を開けて、ぼんやりとした声で応えた。
「少しだけ・・・違う・・・」
「まだ意識はあるようだな」
 シグナムは小さく息をついた。
「フェイト隊長、違うって、いったい・・・」
「これは単純に生きるために人から人へ乗り移ることで、命をつなぎ続けてきたか弱い魔法生物・・・ただし、人工的に生み出されたもの」
「・・・最後の一言、お前と近いものがあるようだな」
 シグナムは口元をかすかに吊り上げた。
「・・・こんなときでも意地が悪いです、シグナム」
 困ったような笑みで、フェイトは答える。
 だが、その表情が不意に消えた。
「だけど、それももうおしまい」
 冷たい声が、フェイトの口から放たれた。
「シグナム、スバル。次はあなた達を取り込みます」
「やってみせろ、だがその姿で動けるのか?」
「栄養源は外にいくらでもあるので」
 ずずずっ・・・、と蔓に包まれた身を引き、解かれた金色の髪を引きずりながら、蔦に包まれた地に足をつける。
 やがて真っ白な体を見せ付けるように、シグナムと対峙した。
「お前の敵は私だけではないぞ、テスタロッサ」
「だとしてもシグナム、あなたの敵は前だけではありません」
 その声に応じるように、シグナムの足元から蔦が縦に伸びた。
 シグナムは直前のぜん動に気づき、素早くバックステップでかわす。
 スバルも同様に、蔓の奇襲を軽やかにかわした。
「そろそろ私に防護服を」
 フェイトは目の前に現れた蔓に向かって呟いた。
 すると蔓はフェイトを包み込むように、全身に巻きついていく。
 それは徐々に薄く平たくなり、フェイトの肌に吸い付いた。
 やがてバリアジャケットのアンダーウェアを濃い緑に染め上げたような姿となり、赤いラインが数本入り、フェイトの体を彩る。さらに赤いマントが花弁のように、フェイトの肩からふわりと伸びた。
「なるほど」
 変身したフェイトの姿を見て、シグナムは納得したように呟いた。
「増殖ではなく、単体としての強さを求めていたというわけか」
「その結果が・・・魔力の強い人間を取り込むこと・・・!」
 シグナムの言葉を、フェイトを挟んだ位置に立つスバルがつなげる。
「ティアナのお陰で予定より早く解き放たれたかな? ・・・あとはシグナム、スバル、あなた達の力を奪って、もっと強くなるだけ」
 薄緑色に染まった唇に微笑を含みながら、フェイトは言った。
「・・・ほう」
 シグナムは馬鹿にしたように声を鳴らした。
「では・・・その先には何がある、強さの先には?」
「その答えは・・・強くなってから考えるだけ」
 そう言い放つと同時に、フェイトは両腕を横に伸ばした。
 間髪居れず、その腕から蔦が伸びる。
 それはシグナムとスバルの体に絡みつき、強力な締め付けで自由を奪った。
「!」
「むっ・・・!」
 ほんの一呼吸の隙が生まれる。それを蔦で直に感じたフェイトは、両腕を胸の前で大きく交差させた。
 シグナムとスバルの体が軽々と飛ぶ。そしてフェイトの目の前で、正面から衝突した。
「近すぎるぞ、スバル」
「副隊長こそ、頭堅すぎです・・・」
 目蓋の裏に星を感じながら、スバルは言い返した。
 シグナムも衝突の影響か、唇の上から血を垂らしていた。
 それをペロリと舐め、にやりと笑う。まるで今の状況を楽しんでいるようであった。
 その冷たい笑みのまま、フェイトの方を見る。
 足に地をしっかりと踏みしめていた。
「気張るぞ、スバル」
「はい!」
 言われてスバルはマッハキャリバーの爪先を地にかけ、シグナムと同時に腰を落とした。
 その数瞬後に、蔦の波が襲い掛かる。
 再び体が持ち上がりそうになるが、二人はよく耐えた。
「それなら」
 フェイトはニタリと笑い、肩を軽く動かした。
 すると二人に絡む蔦が伸び、抵抗を続ける両足を閉じるように締め付け始めた。
「このままグルグル巻きが一番、かな」
「情緒が無いな、せめて海老責めにしてくれないか」
 下世話な余裕を口にして、シグナムはせせら笑った。
 まるでこの先、何があっても間違いなく勝利できる、と言わんばかりに唇を吊り上げる。
 横目で見ているスバルは、その冷たい余裕に恐怖すら感じていた。
「シグナム副隊長、いったい何をするつもりなんですか・・・?」
 おびえながら訊ねる。
 それに答えるように、シグナムは血の朱に染まった唇を開いた。
「・・・焼き尽くしてやるのさ、テスタロッサ、お前ごと、な」
「私を・・・出来るの?」
 フェイトは悲しげな声で訊ねた。
「シグナム副隊長、さすがにそれは・・・!」
 その声に促され、スバルは叫んだ。
 だが遅かった。シグナムの炎は燃え盛り、己を戒める蔦を焼き尽くしていた。
「あ・・・熱い・・・!」
 右肩を押さえながら、フェイトは悶えた。
「行くぞ、テスタロッサ!」
 レヴァンティンを振りかざし、フェイトへ切り込む。
 スバルはそれを止めるべく、身を激しくよじらせ、叫んだ。
「シグナム副隊長!」
「・・・なんてね」
 誰にも聞こえないように、フェイトは呟いた。
 そして何を思ったのか、シグナムの懐に飛び込み、瞬く間に唇を重ねた。
 フェイトの喉が大きく動き、重なった口を通り過ぎる。
 そして、シグナムの喉がゴクリと動いた瞬間、彼女の動きが大きく乱れた。
「なん・・・だ・・・!?」
 と、悶える声がかすれる。
 レヴァンティンを握り締めたまま、シグナムは仰向けに倒れ、喉を押さえた。
「そのまま大人しくしてて。種を通して、私の力にする・・・シグナム、あなたの炎を・・・」
「・・・テスタロッサ、何か忘れていないか?」
「!」
「うおりあああああああああああ!!」
 不意に響いたのはスバルの絶叫であった。
 その勢いと共に、フェイトの背に蹴りを浴びせる。
「かっ!?」
 フェイトの額がシグナムと衝突する。
 その衝撃で、シグナムの喉に定着しかけていた種が口から飛び出し、そのまま地に叩きつけられ、砕けた。
「やりすぎだぞ、スバル・・・」
「手加減はしました」
 バツ悪そうに、スバルは答えた。
「・・・捕縛してシャマル達に託すか・・・いやまだか・・・」
「ううっ・・・」
 四つんばいでうめくフェイトの姿を見て、シグナムは再び剣を構えた。
「・・・シグナム・・・私・・・は・・・」
 フェイトは舌足らずな響きを含みながら喋り始めた。
 やがて彼女を包む深緑色のスーツが、まるで生物のように波打ちながら頬へ侵食していく。
 それは葉の裏のごとく、血管に似た葉脈が浮かび上がっていた。
 それはフェイトの全身を刺激し、魔力を吸い上げていく。
 やがて胸に花が開いた。毒々しい赤い花が。
「なるほど、それが本体と言うわけか」
 シグナムはにやりと笑った。
「待っていろ、テスタロッサ。その呪縛、今すぐ焼き尽くしてやろう」
「シグナム副隊長・・・もし、助けられなかったら・・・!」
 誰もが思うべき不安を、スバルは口にした。
「・・・私は私の力を信じている。私の炎が、あの穢れた毒草のみを焼き尽くせるとな。それが自惚れだと思うなら・・・笑えばいい!」
 激情に満ちた声が響く。
 その覇気に、スバルの勇気が答えた。
「・・・いいえ、笑いません!その炎、あたしにも分けてください! さっき、ここへ突破した時のように!」
 叫び、シグナムに届ける。
 シグナムはニヒルな笑みを強め、レヴァンティンの柄を握り締めた。
「・・・火傷では済まんぞ。むしろ済まさん」
 刀身に炎が迸る。それを見たスバルは覚悟の言葉を口にした。
「・・・・・・ここでのたれ死んで夢が潰えるよりマシです」
「上等だ」
 ガシュン・・・と2つのカートリッジ音が重なる。
「行きます!」
 薬莢が地に落ちたと同時に、スバルが先に動いた。
 豪速で飛び出し、フェイトの正面に立ち、両肩を下から突き上げる。
 フェイトの体が中に舞った。最小限のダメージであった。
 すかさず飛び込んできたのはシグナムである。
 フェイトを繋ぐ蔦を炎の魔剣で素早く切り裂き、戒めから解放した。
 クルクルと、フェイトの体がゆっくりと横に回る。
 その体の中心に咲く花をめがけ、シグナムは矢を引き絞っていた。
 レヴァンティンの第三形態であるシュツルムファルケンだ。
 剣と鞘の合体により生まれた弓が、シグナムの力を持って矢を放つ。
 それは見事にフェイトの全てを支配する花の中心へ突き刺さった。
「スバル、構えろ!」
 シグナムは未だ植物が埋め尽くされた床に向けて鋭く叫んだ。
 そこには腰を深く落とし、右腕を引いて力を溜めるスバルの姿があった。
 と、不意にフェイトの体が静止する。
 密着するバイオスーツの胸と腰から禍々しい蔓が、スバルを目掛けて射出された。
「させん!」
 間に割り込み、シグナムはその蔓を体で受け止めた。
 突き刺さり、そこから脈が生まれ、広がっていく。
「むう・・・!」
 と一瞬うめいたのは、その苦しみ故ではない。
 彼女の肩を、鉄の車輪が踏み台にして飛びあがった。
「駆けよ、流星!」
 シグナムは心に任せ、その車輪の主へ叫ぶ。
 瞬間、突き刺さる蔦を通して、魔力の炎がフェイトに向けて駆け抜けた。
「シュツルム、バスタァーッ!」
 フェイトに咲く魔花を突き上げるように、鋼の拳が炎の嵐を巻き起こした。
 それは暗黒の植物たちだけを焼き尽くし、繋がる人々には生命力そのものとして流れていった。
「・・・ふん」
 着地と同時に、フェイトの体を抱きかかえる。
 そしてその身を、そのまま、ようやく姿を見せた床のタイルへ寝かせた。
「シグナム副隊長・・・その、助かりました・・・」
 横を通り過ぎ、淡々と足音を鳴らすシグナムに向けて頭を下げる。
「それはこちらのセリフでもある。・・・あとの処理は任せたぞ」
 倒れた赤いバイクを起こしながら、シグナムは言った。
 そしてエンジンを作動させ、スバルの方を見る。
「もう1つ訊ねる」
「なんでしょう?」
「シャマルに頼まれたという品、どこへ置いた?」
「それならティアがフェイト隊長の車に置いてきましたよ、他のと一緒に・・・多分、トランクの上か車の下か・・・」
「そうか」
 短く答え、シグナムは武装と髪を解き、フルフェイスタイプのヘルメットを被った。
「シグナム副隊長、私からも良いですか?」
「なんだ」
 シグナムはヘルメットの奥で、静かにも雄々しく答えた。
「どうしてバイクで来たんですか?」
「平時に最も早く着ける方法だった、それだけだ」
 と、さらりと答える。スバルはさらに疑問を深めた。
「と言うことは本当は違う目的で来たとか・・・」
「それ以上の話は後で話す。曹長様の部屋の模様替え、早急に済ませたいのでな」
 そう言い放ち、カシュン、とゴーグルを下げ、鋭い瞳を偏光グラスの奥へ隠した。
「は、はあ・・・え、ええっ!?」
 と、スバルが驚いた時、シグナムは既に姿を消していた。
 残ったのは勇ましいエグゾーストノイズだけであった。

  

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