「A隊は怪我をした職員を収容後、そのまま医療班の補助だ! 念のため警護につけ!」
 雄々しい男の声の下、管理局の制服を纏う隊員たちが一糸乱れず動く。
 その足音を聞きながら、スバルは意識のみ、ゆっくりと目を覚ました。
 隊は更に分かれ、各グループの長に付き従う。
 ある隊は建物の応急処置に着手しているものまでおり、時間がだいぶ経過していることがうかがえる。
 彼女がいるのは最後の戦いが行われた緑化された地区である。
 まだ視力が戻らず、景色こそは見えないが、かすかに香る優しい緑が破壊される前の姿を思い出させる。
 のどかな風景の下に横たえられている暖かい感覚は、後ろ頭の中心に広がっていた。
「解せんな、こちらの資料では、お前の能力は無機物を通り抜ける、だったはずだが・・・」
 挑発的に笑うシグナムの声が聞こえて、セインは口の端をニヤリと吊り上げた。
「出来たんだから出来たんだ、それでいいだろ」
 気楽な声だった。
「理屈だな。ご都合主義と言ってもいい」
 やや苦めに笑い、シグナムは顔を上げた。
「5分が限界だけどねー。しかし重いな、コイツ」
「頭でっかちだからな、愛らしいほどに」
「人の事、いえるか?」
 シグナムの肩から、ひょっこりと現れたアギトが言う。
「お前はディエチたちのフォローをしてこい。あの厄介な根っこを全て焼き尽くすまで帰ってくるな」
「ちぇ、アンタも後で手伝えよな」
「セインさんも後で手伝うよー」
 言いながら、セインは人差し指を小さく揺らした。
 それを見てアギトはふて腐れ気味に「いってきます」と言うと、そそくさと救助隊の喧騒へと紛れていった。
「ふぃー」
 ため息にしては清々しい音色で、セインは息をはいた。
「さーて、あたしら、次は何処に連れてかれるんだか」
「さあな。それより、こいつの治療はどうする」
 と、顎で裂傷だらけのスバルを差す。
 ぴくり、とセインの耳がはねたのは、その言葉が終わる前だった。
「治療、ね」
「・・・どうした?」
「いーや、べっつにぃ〜」
 小細工無しの言葉で、セインは話をそらした。
 そのおおざっぱさに、シグナムはシグナム薄く・・・しかし穏やかに笑った。
「我々以上かも、しれないな」
「なにが?」
「いや、別に」
 自ら零れた二つの言葉を飲み込み、シグナムの笑みは濃さを増した。
「こちらにいましたか、シグナム副隊長」
 すっと、若い女性の声が届く。シグナムは表情を切り替え、そちらを見た。
 管理局の制服を着た小柄な女性が、やや肩で息をしながら背を伸ばして立っていた。
「部隊長の命により、お迎えにあがりました。予備の部隊で恐縮ではありますが・・・」
「気にするな、本隊は元々休暇中だしな。スバルやテスタロッサ達を、頼めるか?」
「了解しました」
 頷き、手持ちの通信機でウインドウを開くと、迎えの部隊をまとめる男性と思しき者と言葉を交わす。
 と、男性隊員がやや眼を鋭くし、ぼやき気味に何かを伝える。
 すると女性隊員は、はっとしてシグナムの方を向いた。
「えっ、あ・・・ですね。・・・シグナム副隊長は?」
「私は足があるから大丈夫だ、セイン。・・・駐車場まで乗せてくれるか?」
「構わないけど・・・、アギト置いてくの?」
 純に不思議そうな眼差しで、セインは訊ねた。
「ナンバーズの指揮は私が直接取るよりアギトを通した方が解しやすい気がしてな」
「そんなコト言って、また別の仕事をされるおつもりでしょう?」
 と、女性隊員が微笑みながら言うと、シグナムは肩をすくめて笑った。
「与えられた時間は有効に使わないとな。それに万が一、何らかの事情であれが一人になった時、今回のことが経験として生きてくれるだろう」
「お、それ今度、どっかで言い訳につかおーっと」
「こら」
 茶化すセインを、女性隊員はやんわりと制し、言葉を続ける。
「シグナム副隊長はそんなよこしまな気持ちでアギトちゃんに押し付けるつもりは・・・」
「構わん。その眼に映った事実だけ、思えばいい」
 と、今度はシグナムが場を制する。
「セイン、そいつを彼女に」
「はいよ」
 シグナムに促され、セインはスバルをゆっくりと抱き上げ、そのまま女性隊員に預けようとした。
「さ、さすがにお姉さん一人じゃ、スバルちゃん運べないかなぁ・・・」
「だい、じょうぶ・・・です・・・」
 不意に、スバルの口から言葉が零れた。
「支え・・・て・・・くれる・・・だけで・・・大丈・・・夫・・で・す・・・」
「そう?じゃあ、手伝いが来るまで、負担かけちゃうけど・・・」
「はい・・・」
 そう言い、スバルは女性隊員の肩を借り、よっと、言う感じで立ち上がった。
「・・・セイン・・・」
 開ききらない眼をセインに向け、スバルは声を絞り出した。
「ありが・・・とう・・・」
「べーつにいいって。ほら、おねーさん、早く運んであげてって」
 声こそぶっきらぼうで、しかし顔はやや赤らめながらセインは言う。
「ではシグナム副隊長、一足先に本部でお待ちしております」
「こちらの方が早いかもしれんぞ」
 冗談めかした声で、シグナムは答えた。そしてセインに向き直り、彼女の肩を掴む。
「セイン、地下駐車場まで頼む」
「おーけー、道案内、頼むよ」
 穏やかな声で答えると、そのまま共に地面に飲み込まれていった。
 その様子を見続けていたスバルに、笑みを見せながら。

 ◇

 ◇

 ◇

 やがて一分もしないうちに、シグナムとセインは地下駐車場へと降り立った。
 まず眼に映ったは、壁が崩れて荒れ果てた四方である。1000メートル四方あろうかという広さであるが、それだけははっきりと視認できた。
 壁の近くにあった車両のいくつかは瓦礫に飲まれ、鉄くずと化している。
 幸いにもシグナムが乗ってきたバイクは難を逃れていた。
「セインさん特急便で来て正解だった、ってとこかな」
「それを見越していた」
 冷静にいいながら、赤いバイクに近づく。セインもなんとなく、それに付き従った。
 マフラー近くに掛けられたフルフェイスが二つ、ロックされていた。シグナムはそれを解除すると同時に、着用していた騎士甲冑を解除した。そうして現れたのは、四肢の始まりに赤いラインが入った、真っ黒なライダースーツであった。
「つけろ」
 そう言い、ヘルメットをセインに投げつける。
 不意によこされた球体に、セインは反応しきれず、顔で受け止めてからキャッチした。
「いてえ」
「ばかめ」
「ひどい」
「だまれ」
 いたずら染みた笑みで言い放つと、シグナムはセインに眼をあわせ、親指でバイクを指差した。
「乗れ」
「へっ?」
 素っ頓狂な声で、セインは答えた。
「少しでも多くの情報を持ち帰る」
「ああ、そう言うことね」
 セインは深く頷くと、ヘルメットをぶっきらぼうに提げながらバイクの方へと歩き出した。
 その間、シグナムは長い脚をあげてバイクに乗ると、雄々しいポニーテールを解き、ワンポイントだった黄色いリボンを手首に巻きつけ、タンクの上に置いていたヘルメットを被った。
「よいしょー」
 おおげさに言いながら、セインもタンデムに跨る。
 彼女の重みで車体が沈むのを感じると、シグナムはいつもの鋭く思い声で言う。
「しっかり捕まれ」
「あいよー」
 と、お気楽な声とは裏腹に、腕はしっかりシグナムに巻かれていた。
 同時に、エンジンが爆音を放ち、いつでも走れるようにと回転を始める。
「でもいいのか? これじゃドクターのかたきーとか言って、いつでもやっちゃえるよ?」
「逆に考えてもらおうか」
 ふふん、とシグナムは鼻をならす。その言葉の意味を、セインは直感した。
「屁でもないってことかよ、腹立つー」
「まあな。それに今さら裏切る理由もないだろ」
「・・・どうだろね」
 言葉を濁すと、セインは頬をシグナムの背につけ、そのままべたりとひっついた。
「はぁー、あったけぇ・・・なんか、懐かしい気がする」
「お前を生んだ覚えは無いぞ」
 茶化し、アクセルを入れてエンジンを昂らせる。
 シグナムは路面を見て、出口を示す矢印を探す。
 その矢印を、順に眼で追っていく。やがて現れた出口は瓦礫の山で覆われていた。
「脱出手段を防いでいた、というところか」
 そこから怨敵の用意周到さを感じ取り、シグナムは感嘆の吐息をもらした。
「セイン」
 肩を揺らし、瓦礫の山に指を向ける。
 そして冷静かつ厳かな声で訊ねる。
「やれるか?」
「やってみるしか、ないよな」
 交し合った言葉の後、二人から挑戦的な微笑みが零れ、重なった。
 同時にバイクがシグナムの命を受け唸りをあげる。
 そして、車体は出口に向けられ、そのまま一直線に駆け出し、加速していく。
「成功したら、名前でもつけとく?」
 迫り来る未知への挑戦など気にかけないといった様子で、セインは言った。
「お前がつけろ」
 シグナムは笑みを強め、答えた。
「そんじゃま・・・IS・・・ディープ・・・」
 薄い蒼の円が、バイクの下に浮き上がる。
 それを見たセインは、成功を確信した。
「ディープ、ストライカー!」
 それは恐らく彼女が生まれて一番の叫びだっただろう。
 その叫びと同時に、バイクは瓦礫の山へと消えた。
 数瞬のうちに、セインの視界に未体験の景色が飛び込んできた。
 眩く流れる星空と、見えないはずの風。
 そして、それらの先を見据える騎士の瞳。
「未来・・・」
 セインはそう呟いたきり、到着まで一言も話すことはなかった。
 ただ微笑みだけは、絶やさずに。


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