「所詮は植物だな、壊れやすいぜ!」
 向かってくる蔓の群れをものともせず、ノーヴェとディードは進んでいた。
 スバルのものに程近い鋼鉄の拳は蔓を正面から打ち砕き、光の刃が二つ、それらを切り払う。
「いやー、楽チン楽チンっス」
 二人の攻勢を追いながら、ウエンディが笑顔で言う。
 ノーヴェとしては殴りたいところであったが、ディードの真剣な眼差しを見たことで、気を持ち直した。
 だが、それでも言いたいことを、彼女は言った。
「ウエンディ、お前も少しは働けよ」
「言われなくても、もうやってるッスよ」
 フフン、と軽快に鼻で笑うと、すぐさま鋭い視線で真上を見た。
「あっ、スバルの反応が消えたッス」
「んだとっ!?」
 思わずノーヴェは立ち止まり、ウエンディの方を振り向いた。
「ノーヴェ、後ろ、後ろッス!」
「わかってる!」
 いいながら、背後へ素早い回し蹴りを放つ。
 そのまま正面を向き、立ち止まったまま襲い掛かる蔓を弾いていく。
「くそ! あのバカ、ギンガの妹のクセに、なにやってんだよ・・・!」
「それだけの相手、ということでしょう。・・・向こうには実力だけで私達三人に勝利した彼女がいます」
「その上、召喚士に騎士様・・・オマケに雷様までいるんスから、絶対的に不利ッスよ」
「それをフォローするために、行くんだろうがっ!」
 叫びながら、飛び込んできた一際太い蔦を拳で砕く。
 辺りの空気が震えるほど、強烈な一撃だった。
「・・・チンク姉がやられる前に、行くぞ!」
 そう叫んだ時だった。
 やや余裕のある声が、ノーヴェの足元から響いた。
「その案、乗った」
 水色の髪をした少女が、地面からひょっこりと顔を出した。
「セイン、今度はなにやってたんだよ!」
「後で分かるって。それよりノーヴェ、ちょっくらおねーさまの後ろに乗りなよ、近道するから」
「近道って、まさか・・・」
「あ、ちょうど真上ッスね、いってらっしゃーい」
「おっけー。ディード、ウエンディと後で合流、おーけー?」
「おーけー、です」
「待てよ、全員で行った方が戦力的にッ!」
 叫ぶノーヴェを黙らせるように、セインはノーヴェの襟を掴む。
 その身を止めず天井へ潜った時、セインは確かに笑っていた。
 嫌がるノーヴェを腕で感じて喜んでるわけでもない。
 珍しく姉らしい行動をしてるから、というわけでもない。
 ただ純粋に、確信をしたからだ。
 彼女なりの、勝利の道筋を。
 それに続く道無き道を、彼女は妹と共に進んだ。
 自らの力で作り出した、見えない道を。

 ◇

 ◇

 ◇

―なにが、起きた・・・。
 全身が痺れるのを感じながら、チンクは呟いた。
 尋常ではない衝撃が両肩に打ち込まれ、背中から生まれる。
 視線は定まらず、ただ起きた事を自分の中で理解しようと必死になっていた。
 すぐにわかったのはスバルの姿である。
 仰向けに倒され、曝け出された臍に、深緑に染まったピンヒールが突き立てられていた。
「スバル・・・!」
 よろけながら前に進もうとする。
 しかし、その四肢には、太い蔦が忌まわしさを感じさせながら、ぐるりとまとわりついていた。
「なにをするつもりだ・・・」
 思わず言葉が漏れる。不安の色を微塵も隠さずに。
 ふと、ティアナの指先から蔦が生えて行く様子が見えた。
 それはスバルの露出した腕のケーブルへと伸び、彼女の中へと侵入していく。
「うっ・・・あっ・・・!?」
 ティアナが時折指を動かすたびに、スバルの声と体がはねる。
 顔は極めて苦痛を刻み、眼は、金色を発しては、いつしか白を剥く様になった。
 その苦行を数分続けてから、ティアナはため息をついた。
「やっぱ無機物はダメね」
 しゅるしゅると、蔓と化していた指を元の形へ戻す。
 その指先を憎々しく舐めあげながら、チンクの方へと向かった。
 やがて前へ立ち、わざとらしく腰をかがめ、挑発的に眼を細め、一言。
「あなた達には、私達の空気を作ってもらおうかしらね」
「お前たちの好きにはならない」
 マイナスの気持ちを隠し切らず、しかし意地の睨みを向け、チンクは答えた。
「なら、まずアレを見てみなさい」
 顎を掴み、無理やりチンクの首を捻る。
 視線の先には、傷は無いのに力なく倒れるギンガの姿があった。
 その上では、エリオがストラーダをいつでも胸を突き刺せるようにスタンバイしていた。
 傍らには、キャロが虚ろな目をして耳馴れない呪文を呟いている。
「・・・キャロの魔法を応用して、魔力や生命力を吸収する研究」
 チンクは・・・呆気に取られるしか、なかった。
「ふふっ、いい空気。その熱い呼吸で、私達も新鮮な空気が吸える・・・立場逆転よね」
 あざ笑うティアナの声が静かに響いた。
 それを弾くかのように、心のある声が、抵抗した。
「そ・・・れでも・・・」
「スバル・・・?」
 チンクはその名を思わず呟いた。
「・・・お前は・・・人の体を利用し……てるだけの薄っぺ……らいヤツだ・・・そこら辺に咲いてる花の方が、よっぽど強くて逞しい……! 行き着く……先は……、勝……手に枯れ……るだ……けだ!」
「そうね、こうでもしないと貴方達と意志の疎通が出来ないもの、当たり前じゃない」
 あっさりと受け流すティアナの言葉に、スバルはとうとう声を失った。
 多分、私の考えじゃ及ばない。そんな考えが、心を虚ろにしていく。
 もう無力。何も出来ない。
 いや、出来ることはあるに違いない。
 だが、それを考えることすら億劫になってきたのだ。
「スバル! 呼吸を減らせ!」
 チンクの声が飛ぶ。しかし、それはもう届かない。
 スバルは吸いすぎていた。
 ティアナたちを支配する植物から放たれている空気を。
 それが思考を鈍化させるものなのか、従順にさせるものなのかはわからない。
 ただ、スバルが一呼吸するたびに、彼女の闘志から熱が奪われていった。
「・・・せめて1つだけ願いを聞き届けてくれ」
 弱気な声がチンクから零れる。
「・・・・・・聞くだけ聞いてあげる」
 戯れ気味に、ティアナは答えた。
「妹たちを逃がしてくれないか。追うな、とは言わない。せめて一時でも、外の世界を・・・」
 声を震わせながら、チンクは懇願する。
 しかし、ティアナは冷たい微笑であざ笑った。
「人に物を頼むとき、世界・・・いえ、時空共通の言葉があるのよね・・・」
 と、うそぶく。
「・・・お願い・・・します・・・」
 悔しさを奥歯でかみ殺し、そう呟いた・・・直後であった。
 無言の炎が、地面から吹き上がり、ティアナの体を不恰好に舞い上がらせた。
「待たせたな、チンク姉!」
「ノーヴェ・・・!」
 更にキャロとエリオの体が肩まで埋まっているのを見て、安堵する。
「まさかお前が進んでやるとはな、セイン」
 チンクはどこを見ることもなく、穏やかに微笑んだ。
「べっつにー、ただマンゾクいくこと、したかっただけだよ」
 言いながら、セインは蔦を引き千切り、チンクを解放した。
 更に爆音と共に、水浸しのフェイトの体が飛び込み、この部屋を揺らした。
「空気に思考を鈍らせる毒など・・・下らん小細工だったな、テスタロッサ。・・・いや、本命は・・・こちらか?」
 ティアナを視線で射抜く。
 その様子を見ながら、チンクは小さく笑った。
「ずいぶんと楽しまれたようだな、騎士シグナム」
「いいや、気分が悪い」
 シグナムはずばり言った。
「二度に渡りテスタロッサを弄び、更には愚弄した。おまけにキャロとエリオをあんな姿にした挙句、スバルさえ・・・悪いが、殴るでは済まさんぞ、ティアナ」
 ビクッ
 ティアナの体が、支配する意志に反して凍りついた。
「ナカジマ姉妹戦闘不能・・・敵はティアナに・・・あ、フェイトお嬢様、起きたし」
「いや、敵はこの建物全体だろ・・・」
 ノーヴェが横で身をかがめながら呟いた。
「今は大人しくしてるみたいだけど、いずれは足元も敵になる・・・よなぁ、こりゃ」
「だから、その前に、・・・ぶっ壊す」
 言いながら、ノーヴェはゆっくりと立ち上がった。

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