「認めない」
 と、唇を噛み締めたのはティアナである。
 緑に染まった眼に怒りの炎が宿ったのは、それから間もなくのことであった。
「こんな理不尽な展開、認めない!」
 叫びに呼応し、木々が揺れた。
 フェイトの体がビクリとはねる。
 地が割れ、キャロとエリオも地面から這い出す。
 三人の様子は極めて不自然で、操り人形の立ち振る舞いによく似ていた。
 目から妖しい緑の光が消え、代わりに濁った沼のように、無機質に染まっていた。
 死人使いを思わせるこの様子を、三人の戦闘機人と一人の守護騎士は、四者四様に見ていた。
 涼しい顔をしていたのはチンクだ。
 それだけに留まらず、不敵な笑みさえ浮かべている。
 それはどこか、苦々しさも含んでいた。
「お前の体の主の記憶を探ってみろ、自分の世界の狭さが見えるはずだ」
「うるさい! 行きなさい、奴らを堆肥に変えてやりなさい!」
「・・・スカリエッティの方がまだ高貴に見えるな」
 わめくティアナに対し、シグナムは大きくため息をついた。
 その一瞬の間に、彼女の目の前にエリオが飛び込んだ。
「ふむ」
 いいスピードだ、と言わんばかりの表情であった。
 しかし左腕は既に仕掛けていた。
 飛びきりのカウンターを。
「ぐっ」
 エリオの鎖骨と鎖骨の間に、レヴァンティンの柄がめり込んでいた。
 ぐらり、とエリオの体が揺れる。
 こんなものか、とシグナムは苦笑した。
 もう少し鍛えてやるべきだったか、それとも鍛えてやらなかったのが幸運だったのか。
 弓なりにエリオの体がしなるのを見ながら、シグナムは次の標的を見定めた。
 視線の先は、ティアナ。
 ゾンビのようなフェイトとの戦いも一興、と、欲望に忠実な自分が囁いたが、圧倒的な理性がそれを制した結果であった。
 だが、その直後である。
 強大な熱と痛みが、シグナムの腹部を襲った。
「ぐっ・・・!?」
 エリオより大きい呻きがシグナムの唇から漏れる。
 さらにはそのまま崩れ落ちそうになるが、騎士の意地で踏みとどまる。
 下がった顔を目掛けて、巨大な槍の横腹が風と共に襲い掛かった。
「シグナム!」
 烈火の騎士が突然、宙に浮かぶのを見て、チンクはすかさず構えた。
 ここまで来たら何が起きても不思議ではない。
―自分には何が襲い掛かる?
 そう思った直後であった。
 ノーヴェへ、金色の光が一直線に伸びるのを、隻眼が捕えた。
「ノーヴェっ」
 驚く隙もなく、ただ名前を呼んでいた。
「チンク姉・・・」
 妙に余裕のある声が、届いた。
「大丈夫だ。よくわからねえけど、負ける気がしねえ」
 言いながら、微笑む。珍しい表情だった。
 その右の拳で金色の光を受け止めていた。
 ノーヴェが普段使う鋼の拳に比べ、勇ましいフォルムをしていた。
 やがてその腕は光を地に打ちつけ、荒々しくカートリッジを吐き出した。
「・・・すげえな、スバルのコレは。こっちが振り回されそうだぜ・・・」
「ノーヴェ、あまり無理は・・・」
「チンク姉はあのチビを抑えといてくれよ。召喚の詠唱さえ邪魔してくれれば、あとはどうにかする」
 いいながら、ノーヴェは小さな皮袋をチンクに投げた。
 重みのあるそれを受け止めると、チンクは既に召喚の魔法陣を展開しているキャロに向け、指を振った。
 すると、数瞬のうちに、キャロの周りで爆発が起こる。
 その風圧は、操り人形染みた彼女を圧倒するには十分であった。魔法陣が掻き消え、キャロ自身も容易に地面に転がった。
「これでティアナを抑えられれば・・・」
 と、勝利の方程式を口にしたところで、チンクはハッとした。
 完成できるピースが、すでに姿を消していることに。
 神出鬼没のあいつのことだ、恐らく我々の感知出来ない場所で何か企んでいるに違いない。
 ならば。
―その企みが成るまで、このパワーバランスを保つ。
 ゆらりと立ち上がるキャロを、片方の瞳で見つめ、チンクは呟いた。
「血が流れても、許せ」
 その指先に数本のナイフを広げ、チンクは静かに飛び出した。

 ◇

 ◇

 ◇

 ドン、と低い打撃音が鳴り響いたのは、ノーヴェがリボルバーナックルからカートリッジを排出した頃であった。
 シグナムの攻撃音であった。
 おおよそ騎士の戦いに相応しくない肉弾戦の音色は部屋の隅で数回ほど生まれた。
 エリオの肩、額、鳩尾。
 動きを止めようと、何度もレヴァンティンの柄を叩きつける。
 骨を折る程度の衝撃を加えていたつもりだった。動けなくすればいいと、思っていた。しかしダメージは、宿る緑の力のせいか、すぐに修復されていく。
「これでは・・・ただの鬼畜だな」
 シグナムが自嘲気味に笑う。
 それは大きな隙であったが、エリオは突かずに……笑っていた。
 そしてゆっくりと、やがて風となり、シグナムへ突進した。
 槍の先端がシグナムの喉へ吸い込まれていくように進む。
 シグナムは微塵も動かない。代わりにゴウ、と炎の羽が背から生まれた。
 同時に発生した灼熱が、エリオの体を吹き飛ばす。
「・・・いいタイミングだ、アギト。最も・・・スバルたちの援護を頼んだはずだが」
『どうにかなりそうだったから、最高のタイミング狙ってただけだ』
「お前、性格悪いな」
『アンタほどじゃねーよ』
 じゃれあいが終わり、微笑みが重なる。
 それは不敵と言うに相応しい表情であった。
「絶好の機会を、伺う」
 ギシリ、とレヴァンティンの柄から肉の締まる音がなる。
 その勇ましい響きで、闘志と言うには美しい音であった。
 音色が伝わったのか、はたまた無意識の思念通話か。
 ノーヴェとチンクがシグナムの方へ視線を投げる。
 一瞬の隙が生まれるのにも関わらず、彼女たちは頷きあった。
 そして、戦いながら待つことにした。
 勝利の方程式が、証明を果たすまで。


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