「スバル、構えろ!」
 シグナムは植物が埋め尽くされた床に向けて鋭く叫んだ。
 そこには腰を深く落とし、右腕を引いて力を溜めるスバルの姿があった。
 と、不意にフェイトの体が静止する。
 彼女の肌に吸いついているバイオスーツの胸と腰から禍々しい蔓が、スバルを目掛けて射出された。
「させん!」
 間に割り込み、シグナムはその蔓を体で受け止めた。
 肌へ突き刺さり、そこから脈が生まれ、広がっていく。
「むう・・・!」
 一瞬うめいたのは、その苦しみ故ではない。
 彼女の肩を、鉄の車輪が踏み台にして飛びあがったせいだ。
「シグナム副隊長!」
「行くぞ!」
 二つの熱い声が響き合う。
「駆けよ、流星!」
 シグナムは心に任せ、その車輪の主へ叫んだ。
 瞬間、突き刺さる蔦を通して、魔力の炎がフェイトに向けて駆け抜ける。
「シュツルム、バスタァーッ!」
 フェイトに咲く魔花を突き上げるように、鋼の拳が炎の嵐を巻き起こした。
 それは暗黒の植物たちだけを焼き尽くし、繋がる人々には生命力そのものとして流れていった。
「あああぁぁぁ!」
 フェイトの中に眠る魔性が、フェイトの声を借りて断末魔を上げた。

 その瞬間、この事件は終息を向かえた、と二人は信じていた。
 しかしそれから数ヵ月後、JS事件の記憶が薄れかけた頃、事件は再び鼓動を始めていた。
 誰にも気づかれないよう、ひっそりと。

 ◇

 ◇

 ◇

 空調の効いた一室にて、シグナムは裁縫にいそしんでいた。片手で布を持ち、空いた手でハンディミシンを手に、両方の指先を起用に動かす。そうして生まれていく布細工は、ピクニックケースのような大きさをしたドールハウスを、薄めの赤を基調として彩っていった。
 人が住む部屋と遜色ないものへと、仕上がった時、ハリのある元気な声が人間の方の部屋に響いた。
「すげーな、シグナム! 人は見かけによらねえな!」
「この程度、大したことはない」
 対称的な淡白な声が返る。しかし元気な声の主は、その返事だけでも十分そうな笑みを浮かべ、シグナムと呼んだ者の肩に腰掛けた。
 30センチほどの、妖精のような少女であった。
 完成した我が家を見て、照れくさそうに笑っていた。
「あくまで仮だ。本当の住まいは今、職人が丹精を込めて作っている」
「な、なんだよ・・・アンタこそ丹精込めてんじゃんか」
「その言葉、ありがたいな」
 戸惑う妖精少女を見て、シグナムは満足そうに笑った。
「しかしなんだ、お前がここまで早く出られるとは思わなかったぞ」
「そんなコト言って、シグナムがいろいろ言ってくれたんじゃねえのか?」
「そう思うなら、もっと恩義を感じるんだな」
「ちぇ、言ってろい」
 吐き捨てるように、しかし決して嫌そうではない声で言った。
「・・・・・・ナンバーズの良心達は元気にしているのか?」
 思い出したように、シグナムは言った。
「両親・・・? あ、ああ、再教育組のことか。つかシグナムが気になんのは5番のヤツじゃねえの?」
 戸惑い気味に答えると、アギトは頬に腕をつきながら訊ねた。
「正解だ、よく分かったな」
 あっさりと答えられ、アギトは思わず力が抜けた。
「そりゃ分かるさ。・・・なにせ旦那を一度殺したヤツだかんな。・・・なんつーか、手合わせしたいとか、そういう感じだろ?」
 そう言うアギトの横顔を見て、シグナムはにやりと笑ってみせた。
「なんだ、ずいぶんズバズバと言い当てるな。さては私に惚れたか?」
「き、気持ち悪いこと言うんじゃねえ」
 語尾を強めて、アギトは言った。しかし頬は既に赤く、それはシグナムの機嫌を上々させる材料となった。
「ふふん、冗談だ。手合わせも大事だが、多少のコミュニケーションも取って起きたい。将来的に部下として着任される可能性も否めまい?」
 と、落ち着いた、説得力のある声で言う。しかし、体は既に立ち上がっていた。
「御託ならべといて行く準備万全じゃねえか」
 アギトはやや呆れ気味に言った。
「いやなに、主から頼まれてな、ちょっとした視察のようなものだ。スバルたちも連れて行くがな。当然、ついてくるだろう?」
「あ、ああ、久しぶりに顔合わせるののも悪くねーわ」
「ふん、素直じゃないな、私と一緒にいたいのだろう? ん?」
「うぜえよ! ったくぅ・・・ダンナのヤツ、なんでこんなのにオレ託したんだよ・・・」
 ややうなだれながら、アギトはぼやいた。
 その背を指先で優しく撫でると、シグナムや優しげな声で囁いた。
「大事なのは切り替えだ。休むときは休む。そうして英気を常に保つのも大切なことだ」
「・・・そっか」
 単純なのか物分りがいいのか、アギトはやけにあっさりと、納得した顔をしてみせた。
 そうしている間に、シグナムはスタスタと部屋の外へ向かっていた。
 それに気づいたアギトはやや遅れて、その背についていった。

 ◇

 ◇

 ◇

 一方、こちらは機動六課のあらゆる移動手段が集まった格納庫である。
 表には黒い大きめのセダン車と、赤いスポーツタイプのバイクが並んでいる。
 その傍で、一人の青年と二人の少女が立ち並んでいた。
「ヴァイス陸曹もご一緒するんですか?」
 訊ねたのはティアナである。
 ヴァイスは首を振ると、苦笑いをしながら
「車だけなら定員オーバーだからな、隊長殿とお前達新人が車。こっちはシグナム姐さんが乗る」
「乗れるんですか? シグナム副隊長も!」
 ティアナは眼を丸くして叫んだ。
 その隣にいたスバルは、驚くティアナに対して驚きの表情を浮かべていた。
「あ、そっか。ティア、見た事ないんだっけ」
 きょとんとしながら、スバルは言った。
「すっごいカッコいいんだよ、ティアとフェイト隊長がおっきな樹に捕まったコトあったじゃん。あん時にバイクでさっときて、さっと解決してさっと帰っちゃってさ」
 ジェスチャーをつけて熱心に語る。
 その様子を「はいはい」の一言で流すと、ティアナは小さく首をかしげた。
「シグナム副隊長、いくら何でも、なんでも出来すぎじゃない?」
「そーそー、裁縫も出来るみたいだし・・・そう言えばヴィータ副隊長、昔、帽子直してもらったことあるらしいよ」
 事情を知っているような顔をして、スバルは言った。
「人は見かけによらないっていうか・・・ヴァイス陸曹、何かご存知ですか?」
「なんだ? 知りたいのか?」
 ヴァイスは意外そうに訊ねた。
「そりゃもう少し知りたいですよ、なのはさんたちはともかく、シグナム副隊長だけ謎多すぎなんですもん」
「そうだよね。普段、何やってるのかもわかんないし」
 普段、シグナムと触れ合わない若手にとって当然の疑問がぶつけられる。
「そうだな。逆に出来ないことと言えば・・・」
 と、ヴァイスが答えようとした時である。
「なんだ、まだこれだけか」
 凛然とした声が、その場の空気を締めた。
「シグナム副隊長!」
「うっす、姐さん!」
 敬礼と共に名を呼んで迎え入れる。
 シグナムは三人をそれぞれ見てから、意地悪そうに微笑んだ。
「お前達、私の噂をしていたようだな。良かったらなんでも聞くといい」
「えっ」
 ティアナは背筋が冷えるのを感じた。
「はい!」
 普段は鋼鉄に包まれている右腕を上げ、スバルが言った。
「なんだ、スバル」
 名指し、視線で問いを促す。
「シグナム副隊長って、出来ないこととかあります?」
 スバルは素直に訊ねた。
「そうだな、出発前のクソ忙しいときにダダ捏ねるような新人を言葉で言いくるめること、だろうな」
 と、ティアナを見ながら言う。
 その件はJS事件の初期に遡る。隊長陣が任務へ赴く直前に、ティアナがシグナムに殴られた一件である。その時、ティアナが自身の成長を感じられずに追い詰められ、その気持ちが迸ってなのはにぶつけた。その場を制するために待機の場を任されたシグナムが頬へ一発、拳を当てて黙らせたのだ。
「えと・・・意外と根に持ってます?」
 ティアナは腹に小さな痛みを感じつつ、苦笑い気味に訊ねた。
「いや」
 シグナムは首を振った。
「冗談だ」
 と、微笑を返すと、ティアナはどことなく安堵した顔をして、小さく頭を下げた。
 そして何となく納得する。
 この副隊長は、冗談が下手なのだ、と。
 涼やかな声が到着したのは、腹の痛みがやわらいで直ぐのことであった。
「あ、みんな、もう来てたの?」
 フェイト・T・ハラオウンである。左にはキャロと、右には腹を押さえたエリオがいた。
「ええ、ヒマって言うのも変ですけど、前の仕事が早く終わっちゃったんで」
 ティアナが事情を説明するや否や、シグナムがすかさず厳しい声で言い放った。
「というよりも5分前行動は基本だろう? 何があったんだ」
「ちょっとエリオがお腹くだしちゃって」
 申し訳無さそうな顔で、シグナムに言う。
 するとエリオは頭をさげ、
「すいません」
 と、心の底から言った。
「おまっ、男だろ。いつまでも甘えてんじゃねーぞ」
 ヴァイスが思わず言い放つ。
「すいません」
 エリオは再び頭を下げた。
「まあいい、行くぞ。私が先を行く。それとテスタロッサ」
「なんですか? シグナム」
「万が一、私のカマを掘ったら貴様を掘る。だから安全運転で頼むぞ」
 いたってまじめな顔と声でそう言う。
 フェイトは小さく息を呑み、「はい」と大きく頷いた。
(今の、ひょっとして冗談?)
 ティアナはやや呆れ気味に念話で語りかけた。
 やはり冗談が苦手なのだろうか、と言った様子で。
 しかしスバルは、むしろ何故、と言った調子で答える。
(ううん、本気だと思う)
 それが伝わったときティアナは、フェイトが真剣な顔で応えているのを視界の隅で捉えた。
「気をつけます」
「よし、それとスバル」
「は、はい!」
 名指しされ、スバルは思わず緊張した声で応じた。
「私の後ろに乗れ、少々語り合いたいことがある」
 と、意味深に微笑み、ヘルメットを不躾に投げる。
「はい!」
 スバルは片手でヘルメットを受け取ると、素早く後部座席に飛び乗った。
「では行くぞ」
 重量を感じ、シグナムは小さく息をつき、エンジンに息吹を与えた。
「姐さん、今度は無傷でお願いしますよ」
 ヴァイスが心配そうに言う。
 するとシグナムはヘルメットの下で小さく笑い、答えた。
「事件が起こらないように祈っておけ」
 その言葉を聞いた時、ヴァイスは何となく嫌な予感がした。
 シグナムの声ではない何かに。

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