・・・・・・♪・・・・・・♪・・・♪・・♪・・・・・・・―
―良い音色だ、と心の中で呟き、シグナムは汗ごと、体を流した。
 湿度に満ちたシャワールームの中、隣から零れる音は、とても純で、時に力強い。
 それを聞きながら浴びる湯を、シグナムは贅沢と感じながら、穏やかな幸せに浸っていた。
「今日は良い一日だったようだな、テスタロッサ」
「そう言うシグナムは、今日は交替部隊の担当ですか?」
「ああ」
 シャワーを止めてから、シグナムは答えた。
 長い桜色の髪に前から指を通し、雫を振り落とす。
―ふう
 という声と共に、ゆるやかに首を振って髪を揺らした時、大きな水滴は足元の水溜りへ溶け込んだ。
「ひょっとして、疲れている、とか・・・」
 不思議そうな声で訊ねたテスタロッサ・・・フェイト・T・ハラオウン・・・は、その体をシグナム側の壁に預ける。
「それだけならば、ありがたい所だが・・・」
「ティアナのことですか?」
「―っ・・・」
「当たり、ですね」
 悪戯っぽい微笑みを浮かべ、フェイトは言った。
 壁の向こう側で決して見えはしないものの、シグナムは声だけでそれを容易に想像できた。
「いきなり殴ったのは・・・シグナムらしいと言えばそれまでですが・・・」
「・・・いや・・・問題は、そこじゃない」
 そう言い、シグナムは小さく息をついた。
 そしてタオルを体にラフに巻き、シャワールームを後にする。
「では、どこが問題だったんです?」
 更衣室への扉を開いた時、その問いはシグナムの足を止めた。
「・・・・・・今は、答えられない」
 その後に続いた音は、水だけだった。

 ◇

 誰もいない仮の我が家へ戻り、シグナムは黒のジャージを脱ぎ、管理局の制服をその身に通していく。
 まとわりついた水分は、下ろされたロングヘアも含めて既に消え失せていた。
 滅多に使わない自分用のベッドへ、畳んだジャージを置くと、大きく深呼吸をする。
「・・・・・・ふむ」
 やや重くなった体を感じる。
 それを疲労の蓄積と感じ、シグナムは苦笑した。
「終着点には、相応しいかもしれないな」
 言いながら、髪をまとめていく。
 サイドロングを手馴れた様子で三つ編みにし、後ろへ持って言ったかと思えば、黄色く細いリボンにて勇ましいポニーテールとともにまとめる。
 シグナム自身でも見慣れた姿となったライトニング分隊副隊長は、顔から一切の表情を消した。
「行くぞ、レヴァンティン」
 孤高の声が鳴り響いたとき、シグナムのもう1つの仕事が。

 ◇

 ◇

 ◇

「んはー、もう今日は書類のまとめばっかやんか。えー、もう、乳こったぁー」
 おどけた声が部隊長室に響く。
 防音施工こそされているとは言え、その言葉は決して、その部屋にて歓迎される言葉ではないだろう。
「はやてちゃん、はやてちゃん、良かったらリインが揉むです」
 素直な言葉が祝福の声と共に届く。
 「はやてちゃん」はにんまりすると、全身を大きな椅子に任せ、うわついた声で言葉に答えた。
「ありがとな、リイン。けど出来れば今日は、なのはちゃんに揉んでもらいたいねん」
 あはは、と穏やかな時間が辺りに流れる。
 だが、その暖かい時間は即座に凍りついた。
「相当疲れているみたいですね、主」
 烈火の副将が凍てついた声で割り入ってきたのだ。
「シグナム・・・シグナム!?・・・今の、聞いてた? ていうか、ノックしたん?」
 寝ぼけているのかとぼけているのか、はやては戸惑いながら訊ねた。
 その言葉に、シグナムは小さく頷く。
「返事が無いので何事かと思いまして」
「忘れなさいです。さもなくばシグナムが乳を揉まれるですよ!」
 小さな体ながらも厳しい声で、リインが叫ぶ。
 するとシグナムは肩を竦めながら、腰を下ろし、部隊長の机に立つリインの視線に合わせた。
「聞いていないことを、どう忘れろというんだ?」
 口元だけ上げて笑う。何となく背筋が涼しくなるのを感じ、リインはそれ以上の言葉を出せずに終わった。
「シグナム・・・あはは、堪忍な。ちょお、気ィ緩みすぎた」
 彼女の言葉と態度の意味を察し、はやてはゆっくりと立ち上がった。
「お疲れなのでしょう。たまにはオフシフト全てを息抜きに利用されてください」
 そう言い、机の上に散らばる書類を整理する。
「そうも言ってられへん。時間は限られとる。せやったら、短時間でリラックス出来た方が、ええやろ?」
「一理ありますが・・・隊員たちの前では決して見せないように願います」
 その言葉だけで、はやては先ほどの会話を思い出し、ばつが悪そうに笑った。
「まあ、そこら辺はわけまえとるよ、うん。むしろウチとしてはシグナムに息抜きしてもらいたいもんやけどぉ・・・」
「気抜けした自分に苛立って、余計にストレスが溜まりかねません。・・・まあ、主の前では別、でしょうが」
 小さく笑い、三つに分けられた書類を指差し、量と種類を眼で確認する。
「言うようになったなぁ、シグナムも」
「ですよねー。前ならきっと、余計な一言、言いませんでした」
 言われて小さく笑いつつ、右端に置いた書類を手にする。
 視線は・・・リインの方に向けられていた。
「主の影響です、きっと」
「それそれ、です!」
 と、言われるが早いか、シグナムの視線は、はやての方に向けられていた。
「主、この・・・企画書、と言うのでしょうか、初めて拝見しますが・・・」
「せや、それな、交替部隊の応用案ちゅーんかな・・・まあ、とりあえず見てもろて、感想とか指摘事項あれば・・・」
「何故、スバルなんですか」
 言葉を遮る、という表現では生易しく感じる声で、シグナムは言った。
 言い終えてから、思わず視線を紙へ戻す。
「一番タフやから、どんぐらい長い時間イケるか、試したくてな」
 はやては穏やかに言った。
「一応、スバル含めてライトニングとスターズみたいに、小隊みたいなもんも設定しといたから。期間限定中の限定やけどな」
「『ブレイズ』、シグナムの小隊や。メンバーはシグナム含めて四人。あくまでフォワード部隊が現着するまでの人選やから、火力は低いけどな」
 次々と繰り出される言葉に、シグナムはもはや頷くしかなかった。
「その・・・私にはいささか・・・勿体無いものかと思いますが・・・」
 やがて該当の資料に眼を通し終え、困惑気味にシグナムが言う。
「先のコト考えての人選や。・・・言葉悪いけど、寄せ集めを上手いこと指揮執るんも、技術やで。1週間ぐらい毎回やるから、覚悟しとき」
「ですです」
 二人に押され気味に言われ、シグナムは小さく息をついた。
 それは不満ではない、ただ暖かい息だった。
「預かるからには、成果は必ず」
「せやったら決まりやな。第三ミーティングルームに三人集めといてるから、上手いことまとめといて」
 そう言い、はやては大きく伸びをしながら、ドアの方へと進み始めた。
 その途中、振り返り、思い出したように人差し指を立てる。
「グリフィス君いわく、なんや街中で怪しい反応感知してるって話や。もしかしたら、早くも『ブレイズ』の出番かもな」
「そうならないことを願います」
「うちも同じ気持ちや」
 交わされた言葉に温もりを感じると、二人は互いに微笑みあい、すぐに表情を凛とさせる。
「それではシグナム二尉、あとはよろしゅう」
「了解です」
 リインも含めて敬礼をしあい、視線を交わす。
 数瞬の沈黙ののち、はやては敬礼を解くと、早足で部屋を後にした。
 扉が閉まるまで、シグナムがこめかみにつけた指を解くことはなかった。

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