狭い空間の中、無数の質量を持った光線が飛び交う。
 フェイトは素早い動きでそれをうまくかわしていた。
 ただ避けるだけではない。
 動きが取れずにいるスバルとシグナムを巧みに守りながらである。
 しかし、それはガジェットドローンに対して効果的な一打を浴びせられない状況であった。
(ライオット……は、早すぎる……!)
 つぶやき、鎌を握り締める。
 残りは八体。
 一斉に攻勢とならないところを鑑みると、まるでこちらの動きを伺っているようにも見える。
 それどころか。一体、二体、三体、二体と仕掛けられる波状攻撃に、翻弄され始めていた。
(違う、きっと目的は……私の捕獲……だったら!)
 マントをパージし、速度を上げる。
 逆襲を開始したその時であった。
 強烈な光弾がビルの壁を突き破り、フェイトの正面を横切った。
「なっ……!」
 避けた直後、同じ穴から更なるエネルギー弾が打ち込まれる。
 それはフェイトの避けた先に向かって飛んでいた。
 踵でふんばり、上へと更なる回避運動を取る。
 しかし、その先に、光線は走っていた。
 先程の二撃とは違う、細く精密な射撃であった。
― シールド……!
 と、手を光線に向け、強引に受け止める。
 度し難い質量を持ったそれは、装甲が薄くなったフェイトを押し込み、バランスを大きく崩させた。
 体勢を戻すまもなく、太い光線が迫るのを目にした。
『Defenser』
 と、鋼の鎌……バルディッシュが機械的に述べた直後であった。
 真っ白な光がフェイトの視界を暴力的に包み込んだ。
「墜ちる……!」
 そうつぶやいたと同時に、耳をつんざく衝撃音が辺りを満たした。
 それは質量と質量のぶつかり合う音ではなかった。
 魔力が全てを打ち払う音であった。
「……待たせたな、テスタロッサ」
「すみません、休憩が過ぎました……」
 シグナムとスバルであった。
 土煙の中、顔を半分だけフェイトに見せ、眩しい瞳と鋭い笑顔を見せていた。
「ふたりとも……!」
 フェイトは迂闊にも泣きそうな声を漏らしていた。
「起きた時には右足は覚悟したが……」
「マッハキャリバーのお陰です。回避の補助をしてくれました、シグナム“隊長”ごと、ね」
『Was very』
 疲れたような口調で、マッハキャリバーは答えた。
 その言葉に微笑みつつ、シグナムも愛剣を見る。
 見慣れない赤いユニットが、シグナムに向けて小さく輝いた。
「……スバル、ノアはどうやら一階でおとなしくしているようだ、救助、してやってくれ。得意だろう?」
 その言葉に、スバルは満面の笑みと最大限の覇気で答えた。
「了解!」
「さて大隊長殿」
 去るスバルを見やり、視線を敵へ送りつけ、フェイトの方には声だけ向ける。
「お疲れでしょう。前は私に任せて、援護をお願いします」
「それ、新しいジョークですか?」
 困ったように笑うと、シグナムは丁寧にフェイトのマントを装着し直させた。
「そんなところだ」
 フフン、と不敵に笑い、シグナムは剣を抜いた。
 かすかな炎熱が、そのフロアの温度を一気に上げた。
「行くぞ、レヴァンティン!」
『Jawohl!』
 ガシュン、というカートリッジの排出音が静かに響く。
 同時に外れた赤いユニットを、シグナムは大事そうに懐へ仕舞った。
 その直後、ただまっすぐに飛び出した。
 そこには雲間から突き抜ける光のごときまぶしさと正進さがあった。
 もはや単なる機械に止められる術はなく、ただ全滅を待つばかりであった。

 ◇

 ◇

 ◇

 現場から百メートル単位で離れたのビルの屋上にて、二人の少女は月明かりの下だというのに焦りを感じていた。
「ヤバイっス、こっちに刃が向く前に離脱するっス」
「でもまだセインが……」
 巨大な砲筒を背負いながら、ローテールの少女がつぶやく。
 赤毛をアップにまとめた少女は彼女の肩を握り、じっくりと目を見た。
「大丈夫ッスよ、セインなら。逃走……もとい、脱出の技ならトーレ姉の速度を超えられるッス。ダメだったとしても、絶好のタイミングで回収するッスよ」
 軽薄な言葉だというのに、重みのある声であった。
 言われた少女は深く頷くと、その場から闇へ溶けこむように退散した。

 ◇

 ◇

 ◇

 一方、ビルのふもとである。
 セレナは神経質そうにビルを見上げていた。
「最悪の場合は、私が……」
 スマートフォンを握り締め、サイドスイッチを三回弾く。
 それはセレナの身長ほどの槍となり、更に簡易なプロテクターが飛び出し、胸や腹など、人としての大きな急所を覆うように装着されていく。
 同時に、魔力に近い気配を真横から察する。
 ミカヅチと一体になったからこそ感じられる能力であった。
「誰!」
 ミカヅチを中段に、且つ切っ先を気配の先へ向けず、厳しい声で訪ねる。
 やがて現れたのは、幼い女児を両手に抱えた、彼女と同じ髪の色をした少女であった。
「わりぃ、局の人。この子、保護してやって」
 言いながら、露出したトランクへ優しく載せる。
「構いませんが……念のため、あなたの身元を……」
 と、形式どおりの言葉に疑問を含めながら話す。
 少女はセレナに背を向け、小さくてを振った。
「名乗るほどのもんじゃないよ、ていうか、いずれ分かるし」
 理解し難い回答であった。
 ただ視線だけは、去りゆく無言で背中を呆然と追っていた。
 やがて姿は別の廃墟の方に向かい、
「……いけない、もし事件の原因だとしたら」
 そう気づいた時、セレナは走り出していた。
 しかし、それは現場から聞こえた爆発と火柱の音色に止められた。
「……本部、応答願います」
 ミカヅチを握り締め、セレナは悔しそうに伝えた。
「状況はまもなく終了。被害は……廃ビル一つが半壊、始末書は私と……ノア、で仕上げます。念のため、回収スタッフ、貸してください」
 淡々と告げ、通信を切る。
 そして、車を背にもたれさせ、深くうなだれた。

 ◇

 ◇

 ◇

 一階へ直行したスバルが最初に目にしたもののは、仰向けに倒れたノアの姿であった。
 背から血が薄く広がっていた。しかし、スバルはそれに臆することなく駆け寄った。
「ノアさん!」
 間近で声をかけ、意識の確認を図る。
 反応は、すぐにやってきた。
「やっほー、スバルくん」
 パチクリとと目をあけ、能天気極まりの調子で返す。
 緊迫していたスバルの気持ちが、一気に途切れた。
「良く生きてられましたね……」
「まあ、気持ちの全部を傷の修復に集中させてたから、どうにかって感じ」
 あたしらの種族ってそんなモンなのよ、と自嘲気味に言いながら、むくりと起きる。
 服の埃を払ったかと思えば、大きく背伸びをし、また不意に背中から倒れる。
 それをどうにか、スバルが優しく支えた。
「ううん、やっぱだめだ」
 大きくため息をつく。
 それでもスバルは驚きを取り消せずにいた。
「あんな雷の中で……」
「んえ? 簡単だよ。レヴァのコアシステム奪回に成功したバーゼラルドから、フェイトさん探知したよ、って短距離通信があってね」
 コンコン、と額を突く。振る舞いだけ見れば空っぽな頭の中に、デバイスでも入っているのではないか、と感じさせてしまう仕草であった。
「セレナのことだから、デカいことやらせるだろうなーって思って、慌てて魔力を治療から防御にシフトさせて、見つからないようにどうにか降りてきたってワケ」
 天井を眺めなら、遠い目をして言う。 
 そこにあのユルリとした声はなく、らしくない虚しさだけは響いていた。
「まあ、傷を治すタイミング逃したし、1週間は動けない、かな」
「それですむなら……」
 安堵の息をもらした時だった。
 ノアは厳しく眉を寄せ、スバルをギロリと睨みつけた。
「すっごくもったいないよ、7日間って。六課運用期間が1年……その50分の1だもの。それだけで何がどこまで伸ばせるか……誰だって思いつくって」
 呆れたような口調であった。
 同時に、スバルは感じた。
 ああ、この人は、やっぱり根はすっごく真面目なんだ。
 ヘラヘラしていても通された筋。
 スバルはそれを、次の言葉で確信した。
「だからこの1週間のあたしの怪我、原因やらなんやらをじっくり考えて、スバルくんの1週間にして」
「はい!」
 明るく、大きな返事だった。
 そこに迷いも曇もなく、ノアは穏やかな笑顔で答えた。
 それに呼応するように、上のフロアから爆音が鳴り響いた。
 更にピシリ、と天井に白雲を貫く落雷のようなヒビが入る。
 スバルはぎょっとした。
 ノアも蒼白になり、スバルの首に腕を絡めた。
「脱出、お願い」
「り、了解っ」
 即座にノアの体を軽々と持ち上げると、その場から急バックで去る。
 後退しながらくるりと回り、体の向きを正反対にすると、外に通じるドアへ向け、スピードを更に上げた。
 無機物が崩壊する協奏曲が、そのドアの破壊とともに本格的に始まった。

 ◇

 ◇

 ◇

「解体予定の業者さんに伝えるには……どこの部署通したらいいのかしら……」
 軽く頭を抱えながら、セレナはビルの崩壊を眺めていた。
 その中核から、三つの光が飛び出すのを見た。
 金色と、桜と、藍。
 それらはいずれも中に人を内包し、急降下気味に弧を描き、セレナの前へ静かに着地した。
「……これでは回収も何も無いな」
 シグナムが肩をすくめて言う。
「けれどガジェットドローンの強襲は怪我の功名……かな?」
 フェイトが困惑気味に笑う。それを聞いたセレナは目を見開いた。
「あれ、出たんですか。それなら理由付けも簡単ですね」
「ああ、だが事実だけ書くように」
 シグナムは半身でセレナを見ると、鋭い視線でそう諌めた。
「とりあえず帰りましょう。今帰れば、少しは休めるだろうし……」
「ああ」
 本隊長の提案に、試験部隊の隊長が乗る。
 その鋭い視線は、今度はスバルに向けられた。
「……スバル」
「は、はい!」
 冷水を浴びた気分であった。 
「私の助手席に、来い」
 どこかぎこちない声で、シグナムは言った。
 それを聞いて、セレナとノアはくすくすと笑った。それどころかフェイトも、不自然に頬を緩ませつつ、しかしシグナムには気付かれないように顔をそらす。
 さわさわとした空気に気づいたシグナムは、厳しい声をセレナとノアにぶつけた。
「ノア、セレナ。お前たちは後ろだ」
 セレナは「申し訳ありません」と即座に答えた。
 一方、口が減らないのはノアであった。
「荷台って……これでもけが人でございますよ?これキッカケで死んだら、あたしの妹たち、誰が養ってくれるんですか」
「妹も逞しいだろう」
 一蹴し、シグナムはスバルからノアを荷物のように受け取ると、乱暴に荷台へ放り込んだ。
「ぎゃぱっ。尾てい骨打った!あんたらと違って、まだ退化しきってないのよ! ていうかオンナノコ乗ってるし! なんですか、コレ! ケガ人のあたしに世話しろって!?」
「セレナ、打ち合わせしながら戻りたいから、こっちの助手席においで」
 フェイトが騒ぐノアを尻目に、気づかないような素振りで手招きをする。
「はい」
 言われて、セレナはノアの方をちらりと見やり、あからさまに鼻で笑った。
「あいつデラックスむかつく!シグナム副隊長、見ました?今の!ケガ人に対する微塵の優しさもないじゃんよ!」
「それだけ元気ならばその少女のこと、しっかり守ってやれ」
 シグナムは一蹴した。
「ふぐぅ…! ちょいとスバルくん、ちょっとフェイトさんの方の車にあたし移動させて」
「えーと……」
 スバルは一考した。そして、小悪魔じみた笑顔をノアに向けてから、シグナムに声を掛ける。
「シグナム隊長、トランクの方がいいですよね?」
「名案だな、暴れて墜ちる心配もない」
 わざとらしく手をたたき、賛成する。
「このメス鬼共!いいもん、このまま荷物になってやるぅううう!」
 思わず恨み節が飛び出す。
 シグナムはセダン車に向けて、やや大きめな声を出した。
「セレナ! ……近くに川はないか? 出来れば流れが急な場所がいい」
「あります、いつかノアをぶち込もうと思ってました」
「キャー、ゴメーンナサァアアアイ!」
 ノアは潔く謝罪をすると、荷台で少女を包み込むように座り、電池が切れたように動かなくなった。
「なんだ、やはり元気じゃないか」
 シグナムは穏やかに笑った。
 そして、自分のジャケットをかけてやると、軽く頭を撫でてやる。
「ちゃんと帰ったら手当て、受けさせてくださいよ。この子だけじゃなくて」
「わかっている。それまでしっかり守ってやれよ」
 そんな優しき将の姿を、スバルは暖炉のように感じた。
 ふと、シグナムと視線が合う。そして、互いに薄く笑い合った。
 理由はわからないけれども互いに互いの壁を壊せた、そんな気がする。
 そう感じ、スバルは躊躇せず助手席に乗り込み、烈火の騎士の乗車を静かに待つことにした。

 ◇

 ◇

 ◇

 一方セインは、宙を低く飛ぶボードを操る妹……ウェンディの背中の上で、うなだれていた。
 掌には金属の破片が散らかり、それらは薄皮を切り裂き、血をにじみ出させていた。
「目的のものは取れなかったけど、目標に繋がる情報は得られたよね」
 隣を駆けるローテールの少女……ディエチが静かに言う。
 しかしセインは答えることなく、ただ手を払い、金属片を辺りへ散らした。
「あーあ、勿体無いっス。欠片からでも調べは……」
「頭ン中にありゃ、文句ねーだろ」
 ぶっきらぼうに、セインは言った。
「取込み方、取り入れ方の仕組み、だいたいわかった。これをドクターがどう料理してくれるモンか……」
「敵から新しい姉妹を作っちゃったり、とかッスかね」
 冗談めかして、ウェンディが言う。
 しかし、セインは至って穏やかに、答えらしくない答えを述べた。
「なら今度は、少しは私を姉扱いしてくれる奴がいいな……」
「無理」
「無理ッス」
「てめえらに期待してねーよ」
 けっ、と唾棄すると、ぷっくらと頬を膨らませ、ウェンディの背に顔をうずめる。
 それを感じてか知らずか、ウェンディが穏やかな声で言った。
「でも今日はカッコよかったッスよ、意表を付いて敵コアの奪取。あの奇襲、あたしらじゃ出来ないッス」
 ディエチもうんうんと頷いていた。
 セインは何にも言わず、大きなため息をつき、ゆっくりと目をつぶった。
― 忘れない。
 心の奥底で、そう力強く、つぶやいて。
 そう誓った日の夜明けはまだ遠く、ただ星空だけが静かに瞬いていた。




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