第三ミーティングルーム・・・いわゆる司令室にほど近いその場所に、シグナムは近づいていた。
 すでに資料には眼を通し、誰がどういう役割か、というのも把握している。
 数は三人。いずれもシグナムにとっては面識がある人物だ。
(となるとスバルを前面に押し出す、と言うよりも守りの戦いをさせるべきか・・・では私はどうすべきか・・・だが、コイツは・・・)
 三人の写真を眺めながらシグナムは思考を張り巡らせていた。
「お疲れ様ッス、シグナム副隊長」
 すれ違った隊員が、最敬礼と共に挨拶をする。
「ああ、ご苦労」
 立ち止まることなくやや生返事気味に答え、そのまま進んでしまう。
 しかし隊員は不快に思うことなく、むしろ何かに気づいたように、小さく眉をひそめた。
 そしてその隊員は、後に信頼する同僚にだけ語る。
 あの日のシグナム副隊長は、妙に不安そうだった、と。

 ◇

 ◇

 ◇

 第三ミーティングルームには、既に三人の隊員が到着していた。
 いずれも交替時間直前に、部隊長から直々にお達しがあったのだ。
 だが、会話はない。三メートル四方の部屋の中、妙な緊張感がフワフワと漂っているだけだ。
 部屋の中央にある大きめのテーブルを一辺だけ残し、三人の少女が座っている。
 右から空、藍、この世界には珍しい深緑の三色の髪が並んでいた。
 空色の少女は下げたポニーテール、藍色の少女は活発そうなショートで、そして深緑の少女は丸みのあるショートヘアで、前髪をナチュラルに遊ばせている。
「・・・んー・・・」
 眠たそうな緑髪の少女の眼が、脱力したように閉じられた。
「ちょっとノア」
 と、正面に座る空色の髪をした少女が心配そうに声を掛ける。
「だいじょーぶ、寝てない・・・ってか、これから姐御様がくるってのに、寝れないっしょ」
「だったらなんで」
「考えてんの」
「なにを?」
「スバルくんとどう打ち解けるか」
「んえっ」
 と、真ん中にいた少女が不意に声をあげた。
「おほっ、ストライカー候補生つってもやっぱ人間じゃん」
「ま、まあ、そうです、けど・・・」
「ゴメンね、スバルちゃん。彼女、人をおちょくったり騙したりするのが生きがいなの。むしろそれ以外に趣味がないみたいで・・・」
「そうそう。特にお友達やお友達候補にしかやらないの」
「あ、じゃあ、お友達候補ってことです・・・かね?あたし・・・」
 ややためらい気味に、ノアの顔を伺う。
「そう思う?じゃあ、トモダチってコトにしましょ」
 そう言い、握手を求めてニッコリと笑う。
「私、ノア。ノア・ツアラー。ちょい別世界の出身だけど、まあ、よろしく。ノアでいいよん」
「スバル・ナカジマです、よろしくお願いします。あたしもスバルでいいです」
 と、握手した瞬間であった。
 スバルは握り締めたはずの手から、妙な感触が生まれるのを感じた。
 正確には、生まれたはずの感触がないのだ。
「えっ」
 と、思い、握手したはず手を見る。
 掌は、ない。代わりにあったのは、隊服の袖だ。
 一見すれば袖に手を引っ込めたのだろう、と思うだろう。
 しかし、スバルの目はそれ以外のものを床に捉えていた。
「ええっ・・・!?」
 横にいた空色の少女が見ていてわかるほど、スバルの顔から血の気が一気に引いていった。
 自分の足元に、手の形をしたものが落ちているのだ。
 それも何かを揉みしだくように、ワキワキと動きながら。
「ち、ちょ、え、あ、 シャマ、シャマル先生を!」
「落ち着いて、スバルちゃん」
 と、空色の髪をした少女がスバルの背中をさする。
「はいてません、まだはいてません」
「あ、ゴメンなさい。でも人を落ち着かせる時って、こうしない?」
「そ、それは・・・え、ええと」
「セレナ、でいいよ」
 自分を指差しながら、小さく言う。
「その、セレナさんの出身地のなんかですか・・・?」
「そう、なの?」
 大きな目をそのままに首をかしげる。
 スバルは曖昧に笑うと、そのままの顔でノアの方に向き直った。
「ていうかノアさん、手! どうなってんですか、その手!」
「手が、どうしたの?」
「これっ、ノアさんの手じゃないんですか!?」
 床を指差し、徐々に取り戻してはいけない慌てた表情に冒されていく。
 ノアはにやりと笑うと、ひょい、と腕をあげた。
 それに併せるように、床であがいていた手が飛び跳ねた。
「!?」
 それはスバルの胸を足がかりにし、見事に顔を包み込んだ。
「うえああああああ!?」
「あっははははははははは!ひーっ、ひーっ・・・♪」
「やめなさい、ノア!やめなさいってば!」
「なにをやってるんだ、お前達!」
 凶悪な一声がその場を沈め、黙らせた。
「スバルくんをからかってました、徹底的に」
「相変わらずいい度胸だ、そこに座れ」
 言うや否や、彼女の頭を掴み、強引に椅子に座らせる。
 着座を確認してから、シグナムは椅子の足を蹴り飛ばし、ノアをダルマ落としよろしく尻餅をつかせた。
「ひゃう!?」
「えっ」
 この行動に驚きの声をあげたのはスバル・・・ではない、セレナである。
「どうしたんです?セレナさん・・・」
 スバルは小声で訊ねる。
「え、ええ、いつもならノアみたいな悪ふざけ人、思いっきり殴っちゃうから・・・なんか、今日は優しいっていうか・・・」
「そう、なんですか・・・」
 セレナの感覚の違いに戸惑いつつ、スバルは理解を示した。
 同時にノアの袖から、真っ赤な手袋に包まれた指先を見つけた。
「いったいなにがどう・・・」
「無駄口はそこまでだ」
 甚だ不機嫌そうな声が飛ぶ。
 ノアでもセレナでもない、先ほど一喝を飛ばした、新たなる入室者の声だ。
「お疲れ様です、シグナム副隊長」
 席を立ち、ビッと最敬礼を示したのはセレナだ。
 それを模倣し、スバルも続く。
「お、お疲れ様です」
「・・・ああ」
 大きなため息をついてから、シグナムは答えた。
「・・・期間限定でお前達を預かることになった、シグナムだ。・・・さっきのバカ騒ぎから察するに、自己紹介の必要ないと思うが・・・」
「恐れ入りますがシグナム副隊長・・・いえ、隊長、と呼ぶべきでしょうか?」
「セレナか、好きにしろ」
「ではシグナム隊長。残念ながら自己紹介らしいことはツアラー空士のバカ騒ぎのお陰で出来ずに終わりました。私とツアラー空士の方はともかく、ナカジマ陸士が私達について知ることは・・・察するに、ファーストネーム程度です」
「ファーストネーム・・・ああ、下の名前、ということだな。ならば・・・」
 シグナムは息をつき、言葉を繋いだ。
「スバル、彼女はセレナ・ルーン陸士だ。そこで未だに尻をさすっているのが・・・もう言うまでもないだろう」
「は、はい」
 威圧を感じ、スバルは頷いた。
「我々の小隊が作られた理由は2つ。メインの隊がオフシフト時の現場確保部隊の試験運用プロジェクト、そしてスバル。お前達の持久力の測定だ、体力だけじゃない、総合的な、な。質問は?」
「はい」
「ツアラー空士」
「なんで問題児のあたしが編入されたんですかね」
「私の鞭に従う時点で問題児に該当しない」
「さいですか」
 なんとなくつまらなさそうに、ノア・ツアラーは答えた。
「はい、隊長」
「ルーン陸士」
「恐れ入りますが、その答えは少々ピントがずれているかと・・・」
「そうだな」
 言われて納得を示すと、シグナムはノアとセレナを交互に見比べ、静かに着座してから答えた。
「情報収集力と思考の柔軟性を併せ持つノア、指摘と推理力に溢れるセレナ。多少の問題があるにせよ、交替部隊の中でお前達以外に、それらを得てとする者が思いつけば挙げてみろ。ちなみに私には挙げられん」
「グリフィス兄さんなんかどうなんですかね」
 気楽に訊ねるノアの言葉を受け、シグナムはセレナの方を見た。
「ノア、指揮官が自ら飛びだせるほど、交替部隊は人の層は厚くないの」
「でもさー、あたしら足して毒素抜いたような兄さんなら・・・」
「頭数も戦術を組む上で重要なの。・・・と、思うのですが、いかがでしょうか、隊長」
「セレナ、お前は理詰めで常に人選を確保できると思うか?」
「・・・・・・あ」
 問いを質問で返され、セレナの思考に風穴が空いた。
「つまり・・・・・・今回は、『このメンバーしか集められなかったら』、という仮定も含められている、ということですね」
 その答えに、シグナムは無言で頷いた。
「隊長、せめてもう一点」
「こい」
 食い下がるようなセレナの言葉に、ただ悠然と、シグナムは答えた。
「もし、試験期間中に何も起こらなかったら・・・」
「お前はこの機動六課に、その質問を投げかけられるか?」
 言葉を遮るほどの、即答だった。
「・・・・・・申し訳ありません」
 セレナは深く頭を下げた。
「重箱の隅をつく暇があるなら、まあ、座れ、そして頭を休めろ」
「了解しました」
 その言葉に従い椅子に座り、ちらりとノアの方を見る。
 彼女の視線はスバルの方を向いていた。
 妙に和んだ表情に違和を感じ、視線をスバルの方へ滑らせる。
 そしてすぐに、同じような表情を作り、スバルを見つめた。
「スバル、お前は?」
 と、厳粛な言葉が飛ぶ。
「いえ・・・、特に」
 やや考えつつ、スバルは首を振った。
「・・・そうか」
 言いながら、シグナムはゆっくりと立ち上がった。
「ならば、そのまま親睦を深めておけ・・・もとい、ここで待機だ。いつでも出れるようにしておけ」
「隊長は?」
 やや斜めに向いた体を見て、セレナは沸いた疑問を投じた。
「グリフィスたちと打ち合わせを済ませてくる」
 言い放ち、シグナムは部屋を後にした。
「・・・いろいろ大変なんですね、シグナム副隊長も・・・」
 率直な感想を、スバルは述べた。
「んー、まあ、実際、仕切りは姐御様だから、『これこれこういうことだ、わかったな』ぐらいで済むと思うけどねー、『済ませてくる』って言ってたし」
 椅子を傾け、不安定を楽しみながらノアが言う。
「ある程度の形を作り、穴を埋めさせる。シグナム副隊長・・・もとい、隊長なりの手法じゃないかな、私達、交替部隊を短期間で鍛え上げるための・・・」
「面倒なだけじゃね?」
「・・・と、いう無粋な指摘もあるけれども・・・」
「半信半疑でちょうどいいんだよ」
 すっぱりと言い切り、悪戯に満ちた顔を近づける。
「ところでスバルくん」
「はい」
「私のおもちゃ、いつまで顔につけてるつもり?」
「へばっ!?」
 不意の指摘に慌てふためくスバルに見かね、セレナは平手を放った。
 その掌は顎をつまみながらぶら下がる手を粗雑に払うと、そのまま流れるように額へ持ち上げ、中指を勢いよく弾いた。
「てはっ」
「目、覚めた?それとも緊張、とれた?」
 セレナの問いに、良いように弄ばれたと直感したスバルは・・・もはや力なく笑うしかなかった。


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