さあ、夜が始まる月を
 失う長い一夜が

 ああ、星さえも
 夢を失くす始まり

 冷たい闇が生まれ
 人は道を失う
 それは試練?
 ただの歪み・・・

 ミッドチルダ東部、パークロード付近の商業地域。
 そこから外れた、少々くたびれた地域から、その言葉は音色に潤いながら響いていた。
 そのフレーズをループし続け、やさしく嘆くように歌い上げられる。
 それだけならば雑音にすらかき消されそうなのに、潜行する密偵が確実にそこへと近づいていた。
 トプン、と誰にも聞こえない程度の音を生み、地面を鳴らす。
 アスファルトに似た地面から水色の髪をした少女が顔を出した。
「おっかしーいなー、妙な反応はあっても掴めないっと・・・」
 きょろきょろと周りを見やり、感じる。動物の気配すらない、と。少女は地面に手を当て、プールから上がるようにゆっくりと地上に上がった。
「まあ、何もわからずに帰ったら、怖いお姉様たちがお怒りになられるだろうし・・・わからない理由だけでも探さないと・・・」
 言いながら、調査対象を見定める。取り立てて変哲のない廃ビルの裏であった。
 再開発の波を待つビルは廃れ方もそこそこに、しかし人の気配はまったくない。
 ただ、妙な歌声だけは少女……セインに届いていた。
「この歌が、そうなのかな……」
 言いながら、扉も開けずにゆっくりとビルの中へ入り込んでいく。
 このとき、セインは外に対して注意を向けすぎていたことに気づかなかった。
 気づいたのは、完全にビルの中へ入ってからだった。
 人の目でようやく光景が視認できるほどの明かりの中、セインの目ははっきりと捉えていた。
 まるで軟体動物のようにうごめき、揺れる物体を。
「なんだ、これ……」
 よく見れば家電や鉄骨など、置き忘れられた鉄くずばかりである。
 それらが一体化し、まるでガジェットドローンのコードのような動きを見せている。
 その中央にあるものを、セインは鉄の塊と見て、警戒した。
 見るものが見れば、蕾と一目で認識できる意匠をしていた。
 それが芽吹いた時、セインは……ただ、呆然とした。
 見たこともない、神秘的な光景を目の当たりにして。
 同時にそこから歌声が生み出されているのにも気づいた。
 やがて見えてきたのは、二つの下げた黒髪を持つ、冷たい目をした少女であった。

 ああ、星さえも
 夢を失くす

 ……始まり

 そこで歌声が言葉に替わった。その瞬間、セインは少女と視線があった。
「いっ……!」
 ― 外せない……!
 声に出すより先に頭で叫んでいた。
 緊縛されたわけでもなく、命令されたわけでもない。
 ただ一瞬だけ、動けなくなっていた。
 そのほんの一瞬の隙を身ごと食らい尽くすように、無数の機械の蔓がセインに襲い掛かった。
「おもしろい材料。どんな料理ができるかな……」
 幼く澄んだ声が、無垢に狂気をささやいた。

 ◇

 ◇

 ◇

 機動六課管制室。当課の頭脳にて、シグナムは眼鏡の青年……グリフィスに落ち着いた口調で話しかけていた。
「私は分隊の取りまとめに専念する。指揮は全てお前に任せる。気兼ねなく指示を出せ」
「了解しました」
 受け止め、ケースに入った薄い記録媒体を一枚、差し出す。
 シグナムは丁寧に受け取り、目蓋すら動かさず、それを見た。
「では早速ですが、さきほどから感知している微弱な魔力の振動について調査をお願いしたいのですが……」
「気になるのか?」
 念を押すように訊ねる。
「ええ、一見すると一般生活レベルの魔力反応にも見えます。しかし、逆に地域の平均値にしては……下、かと」
「……なるほど」
 シグナムは不愉快な顔をした。
「このご時勢に不法投棄、か。ごみはリサイクルとどこかしらで習うはずだが」
「ええ、廃棄物は資源になりますから」
 彼らしいインテリジェンスな軽口が、微笑みとともにもれる。
 それに対し、シグナムは厳しい声を飛ばした。
「つまり、その資源回収を、我々ブレイズにやれ、と」
「いえ……、言葉を間違えました」
 言葉とともに零れた一筋の冷や汗を見て、シグナムはにやりと笑った。
「その中に、ロストロギアが紛れ込んでいないかどうか、調査願います」
「了解した」
 満足したように、シグナムは頷く。
「万が一の時は救援要請を出す。人選はお前に任せよう、部隊長代行」
 その言葉を最後に、シグナムは全ての権力をグリフィスに預けた。
「ええ、では輸送班の準備も進めます。十五分で……」
「我々は十分で支度が出来るが」
 さえぎり、提案する。
「了解しました、それに合うように進めます」
「……まだまだだな」
 あくの強い笑みを見せ付けられ、グリフィスは自分が何をされているのか、ようやくわかった気がした。

 ◇

 ◇

 ◇

― シグナムが出て行ってまもなくの第三会議室。
 すでに空気は穏やかを通り越し、団らんの色に染められつつあった。
「で……なんなんですか、コレ」
 困ったような笑顔で、ワキワキと動く掌をつまみながら、スバルは訊ねた。
「私の作ったおもちゃ、その名も『孫の手』」
 得意げに鼻を鳴らし、ノアが訊ねる。
 不足する説明を補うように、セレナが優しい声を紡ぐ。
「ノアはもともと技術職志望だったんだけどね、破綻した性格と破廉恥な空戦技術で空士になっちゃったの」
「破廉恥ってなによ」
 ノアは苦笑した。
「ま、こういうのって、趣味で作るぐらいがちょうどいーの。それに前線の方が自分で試せるじゃん、いろいろ」
 言いながら、ポンと腰を叩く。よく見ればそこには赤いウエストポーチがあった。
 スバルは手首だらけの中身を想像し、少々気分が悪くなった。
「で、六課では念願かなって、昼間の午前はデバイス関係の方の助手をやらせてもらってるのよね」
 にんまりと、そしてのんびりとした口調でノアは言った。
 そこで言葉が途切れたのを感じ取り、スバルの視線はセレナの方に移した。
「セレナさんは? やっぱり内勤?」
 純粋な興味の眼差しと笑みを向けていた。
「私は通信士……けど、肝心な時に言葉、間違えちゃうみたいで、たまに現場が混乱させちゃうの」
 ああ、となんとなく察したようにスバルは声を漏らした。
 と、同時にすかさず「ごめんなさい」と頭を下げる。
「いいのいいの」
 実直な態度に、セレナも思わず困惑する。
「だからココで指導されてこいって言われちゃって」
「年上の後輩って感じでルキノちゃんに気ィ使わせてるのよね」
「そんなことないってば」
 やんわりとした声で、しかし強めの平手で、セレナはノアの肩を叩いた。
「要はさ、面倒な面子そろってんのよ、交代部隊は。あと一歩が足りないっつーか……線が切れ掛かった機械っつーか」
「わかります、ノアさん見てると、特に」
 特に悪びれた様子もなく、むしろあっけらかんとした笑顔で、スバルは言った。
「そこに直れ。生意気なおっぱいビチビチさせてやる」
 もろ手をワキワキとさせながら、ノアはスバルへ近づいていく。
 スバルは反射的に立ち上がり、後ずさり気味に逃げようとしたが、いつの間にかセレナにつかまれていた腕を支点に、グルリと体が宙を回り、ていよく仰向けとなってしまった。
「さっすがセレナ。この狭いスペースでよくやるわ」
「体が勝手に動いちゃって。そばで暴れられるのも好きじゃないから」
 にへら、と穏やかながら悪い笑みを浮かべ、セレナは椅子に深々ともたれた。
「待たせたな、お前たち。早速だが、仕事だ……ん? スバル、フォワードがだらしないぞ」
「す……、隙を突かれました」
 スバルのしびれた声を聞いて、シグナムは顔をしかめた。
「……足りてないな」
 ため息とともに漏れた声は力なく、しかし、次に生まれた声は、覇気に満ちていた。
「駐機場で足が待っている。ついてこい」
「任務の内容は……」
 と。ノアが言いかけ、セレナがすかさず、
「移動中に話す、ですね?」
 柔和な声で確認しせみせる。
 シグナムは深くうなずき、無言で背を向け、部屋を出た。
 三人とも顔を合わせ、頷き合い、先ほどまで見受けられなかった力強い眼差しで、シグナムの背を見つめた。



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