ヘリにセダン車にバイク……さまざまな輸送手段が格納されている六課駐機場。
 夜間の稼動人数の少なさ故、半分の明かりが落とされている。
 その入り口にたどり着いた三人は、セレナを先頭に、隅の方へと進んでいた。
 普段、スバルが通る道とは明らかに違う裏道を案内するセレナの様子に、スバルは興味を示した。
「やっぱり夜は夜の運用ルールとかあるんですか?」
「うーん、どうだろ」
 セレナはきっぱりと、しかしやわらかな調子で答えた。
「私からしてみれば、昼のルールがあんましわからないもん」
「そりゃ勉強不足なだけ」
 あきれたように言ったのはノアだ。キョロキョロと、子供が博物館を見回るように顔を動かしている。
「足が用意されているとしたら、あそこしかないかなって」
 ただ穏やかに微笑み、答える。
「あれじゃん?」
 と、指を差したのはノアだ。同時に苦笑いもしていた。
 スバルも、その先にあったものを見て、思わず目を丸くする。
 後部のトランクがフレームを残して露出したような、ワイルドな赤い四輪車……例えて言うならば、ジープ社のラングラー……を背に、シグナムが、静かに佇んでいるのだ。
「来たか」
 閉じていた目を静かに開ける。
 同じ制服姿だというのに、歴戦の大隊のような雰囲気に、三人は一瞬だけ背筋が冷えた。
「セレナ、ナビを頼む」
 そう言い、運転席側へ向かうシグナム。
 セレナも「了解しました」と静かに答え、手前にある助手席のドアを開け、シートへ滑り込んだ。
「ちょいあ!ちょっと待ってください!姐さん!」
「なんだ?」
 シグナムは身を止め、うんざりした様子で顔をノアの方へ向けた。
「私ら、荷台ですか?」
「そうだが、不満か?」
 一瞬、空気が重く乱れた。
「他に支給されなかったんですか?」
「そうだが……なにか問題でもあるのか?」
 今度は、どちらかというと空気に味がなくなったような、そんな感触が包む。
 つかみどころのない、かみ合わない会話が続きそうな気がして、ノアは物腰を穏やかにし、しかし直球で言い切る。
「そうですね、姐さんの運転が乱暴なんで、せめてシートベルトのある席がいいかな、と」
「ああ、しっかりつかまっていろ」
 レヴァンティンもないのに斬り捨てられた気分になり、ノアは無言でスバルの手を引き、荷台に乗り込もうとした。
「あの、シグナム副隊長!」
 スバルが叫ぶ。
「なんだ?」
 と、答えたか否かの瞬間である。
「ライドオーン!」
 ノアがスバルの膝を抱き、スバルの身を荷台へと滑り込ませた。
「ぎゃっ!?」
「はーい、いいですよー、シグナム姐さーん!」
「だが……」
 スバルが何か言いたそうだが、と言いたかった。
 しかし口は意思に反してか、それとも意思に息づいた本能のせいか、美しい真一文字を形作った。
「ノアってば」
 呆れたように前を見ながら、セレナはひっそりとつぶやいた。
「シグナム隊長、準備を」
 と、ドアの前で立ち止まるシグナムに声をかける。
 するとシグナムは、困ったような声で、しかし表情は、いつもの厳しいまま、答えた。
「すまない、助かる」
「場所はここから十五分ほどです、」
「ああ、ちょっとした休憩だな……」
「だといいんですけど」
 ざわざわとしている後ろの様子を気にしながら、セレナは呆れ気味に笑った。
 同時に車は動き出した。この世界には珍しい、力強い動力音とともに。
 開かれていた正面から、やや大きめの赤い車両が出る。
 出発が終わると、扉は閉じられた。やがて車は六課の敷地を出る。
 その時、シグナムの口がゆっくり動いた。
「セレナ、人付き合いの先輩として教示願いたい」
「私もあんまり得意じゃないです」
「むう」
 ややむくれて、シグナムは声を漏らした。
 しかし、すぐに質問を変えて、言う。
「私は今宵、スバルにどう接すればいいと思う?」
「難しいことは考えたくもありませんが」
 どうやら人生相談は受け付けていないようだ。
 しかし、それ故の答えが、右折の終わりとともに、無造作に零れた。
「人付き合いに小細工なんて、後味が悪くなるだけなんで」
 シンプルな答えだった。と言うよりも、前提である質問を砂の城よりも脆く崩した。
「だが、我を貫けば、いずれ涙を呑む羽目になる……」
 車両が入りこんだ狭路のような、細い声が、シグナムの口から漏れる。
「だったらそれでいいじゃないですか。そこまでわかっているなら、涙を飲み込む覚悟だって出来ているはずです」
 おざなり気味に、セレナは答えた。
 しかし、シグナムはそれを芯で受け止め、深く息をはきながら言った。
「……だろう、な」
「わかったなら運転に集中してください、そして面白い話題をしてください」
 言ってしまい、セレナは「あっ」と思った。しまった、また適当なことを言ってしまった、と。
 しかし表情には出さず、むしろじっとシグナムを見る。
 こうなってしまったら、いっそ楽しんでしまえ。
 そして、どんな反応をするか……と、とにかくわくわくし始めていた。
「私にどうしろと」
 物怖じしないセレナの素振りに、シグナムは思わず苦笑した。
「とりあえず、かけてください。レヴァンティンとかけて、はい、どうぞ」
 セレナは即座に答えた。
「レヴァンティンとかけて・・・そうだな、辛口コメンテータと解こう」
「その心は?」
 一瞬の、間。
 そして、やや自嘲気味に答える。
「自分より強いものまでは斬れない」
「……」
「……」
「うえっ」
 決して車酔いではない。しいて言えば悪酔いだ。
 想像以上の悪辣さに、シグナムは苦笑した。
「貴様、マジメなやつだと思っていたが、どうやら違うな?」
「そう思います? そう思うんなら、きっとそうです」
 スマートフォンのような機器を操作しながら、セレナは言った。
 画面からは街の立体図が浮かび上がり、中心にある光点と、その点に向かって移動をする点を交互に見つめている。
「ていうか、キレかかってる子、後ろにいますよ」
「む……」
 その時、ふとシグナムの脳裏に浮かび上がった。
 あの夜の、スバルの真剣なまなざしを。
 初めてではないが、恐らく後にも先にも、あれほど清々しい反抗的な目はないだろう。
 無謀ではない、確かな反抗。
― 自分なりに強くなろうとするのとか、キッツイ状況でもなんとかしようと頑張るのって、そんなにいけないことなんでしょうか!
 声が、言葉が、長年鍛えれたはずの身に染み渡る。
 きっとコイツは、そうやってじゃじゃ馬のティアナを乗りこなしてきたのだろう。本人にその自覚はない、としても。
― 自分なりの努力とか、そういうこともやっちゃいけないんでしょうか!
 そして、恐らく自分もそれに影響されかけている。かつてのライバルたち以上に、まっすぐ過ぎる言葉に。
「……出来れば任務中にどうにかしてください、あんなスバルちゃん、見たくないんで」
「……言われるまでもない、しかし……」
 と、言葉をつまらせ、一瞬の舌打ち。らしくない行動だったが、本人は気づかない。
 セレナもそれを察したように、聞かなかったことにした。
「早急に……終わらせるぞ……!」
「了解しました」
 烈火の将の熱を受け、ナビゲータの気持ちも切り替わった。 
 アクセルもそれにつられたように、エンジンを唸らせる。
 それは加速を生み、加速は速度を上げ、更にシグナムの気持ちも高めた。

 ◇

 ◇

 ◇

 ぐん……と、速度の高まりが生む重力を感じ、ノアはにんまりと笑った。
「すぁーて……いっちょ、考えますか」
 それは荷台側から生まれた、初めての言葉だった。
「考えるって……なにを、ですか?」
 スバルが躊躇いがちに訊ねる。
「私の立ち位置。スバルくんも姐さんも基本フロントだから、私は後ろがいいよねーって思うわけ。ところが残念なことに、あたしも前の方なのよね」
「バランス、悪いですよね……」
「教科書通りでいけば、ね。でもさ、教科書を越えなきゃいかんわけよ。まあ、そのためには教科書を身につけなきゃいけないけどね」
 やや早口で喋りながら、ノアは赤いポーチから、薄手のグローブを取り出す。真っ黒なレザー製のそれは左右のどちらにも、甲を覆うように真っ白で無骨な鉱石を備えていた。
「わかります。基本がなってなきゃ、応用なんて身にならないですし」
 恐らく彼女のデバイスらしいそれを、ちらちらと気にしながら言う。
 少しだけやわからい布で、鉱石を磨きつつ、にんまりと答えた。
「ざーんねん。もっと人間的な意味」
 そう言い、小さく息をつく。
「……教科書は無機質だけど、大切なことを教えてくれる師匠なんだから。もっとも、それが全てがいい師匠であるか……ううん、いい師匠に出来るかどうかは自分の熟度次第だけどね」
 そう語るまなざしは……並大抵の剣よりも輝いた真剣を彷彿とさせた。
「とにかく、師匠は越えなきゃいけない、どんな形のモンでも、絶対に。でなきゃ、それを懸命作った人たちに失礼ってもんじゃん。……まあ、歴史の教科書は別として、ね。ああいうの、たいてい客観的に書かれてないから」
 我ながらナイスなブラックジョーク、と思いつつ、スバルに視線を移す。
 苦笑いの一つぐらいしているだろう。そう思っていた。
 しかし、スバルの表情は……どこか、熱を帯びていた。
 それは純然たる情熱。それも、単純な、熱。
「ノアさん、すごい! とても技術志望とは思えない!」
 言ってしまい、スバルは思わず口を閉じた。
 それに対し、ノアはまんざらでもない様子で笑っていた。
「そう思われたいのよ」
 にやり、と答える。
 スバルも気がつけば、屈託を忘れて笑っていた。
「でも、ノアさん。ノアさんは技術職志望なのに、なんで管理局に……それに考え方も、意外としっかりしてて……」
「うーん、言ってる意味がわかんない。管理局にも技術職あるんだけどなー」
「……えと、技術職なら、生かすトコ民間の方があるのになーって思うんですけど……それに空士だなんて……」
「向き不向きがあるって典型よね。それに民間の考え方、あんま好きじゃないのよ」
「……」
「なんていうか……どっかの世界の社長さんも言ってたけど、民間の、大勢から出来る限り搾り取るようなやり口、嫌いなのよね。100人から1円でも十分プラスなのにって思ってさ。でも、管理局とかなら、そんな不満は感じなくていいし、しかも自分で作ったモンを自分で使って、あわよくば試せて、……欲求満たしまくりなのよ、早い話が、ね」
 ベラベラと言い切ってから、ノアは小さく息をついた。
「欲求、ですか」
 スバルは思わず息を呑んだ。なんとなく、先ほどまで快晴だった天気が、冷たい夜空になった、そんな感じがした。
「そう、欲求。スバルくんだってそうじゃない? なんていうか、人を助けることで、満たされるんじゃない?」
 妙にねっとりとした声は、明らかに先ほどまでのノアと違っている。
 この違和感はなんだろう、とスバルは静かに視線を走らせた。
 それはすぐに止まった。
 デバイスらしきグローブが、いつの間にか彼女の手を包んでいたのだ。
「それは……」
 一瞬、うなずきそうになり、首をわずかに横に振った。
「言葉は少し違うと思いますけど、そうだと思います」
 図らずも怯えた声が出てしまう。
 すると、ノアはにんまりというには爽やかな笑顔を見せた。
「あー、多分、私の言葉が悪いだけだわ」
 ケラケラと笑いながら、一本締めのようにポン、と手を鳴らす。
「はい、スバルくんはまた、このノアお姉様に騙されました……とさっ☆」
「えーっ!」
 心底驚いたせいか、スバルはありきたりな反応しか出来なかった。
「しっかし、スバルくんのマッハキャリバーなんだけどさ」
 休むまもなく話題を振られる。今度はこっちが、そのデバイスらしきグローブについて聞いてみたかったのに、と、少し困った笑顔を見せる。
「原型、自分で作ったんでしょ? ちょっち見させてもらったけど、よくやったなーって思ったわよ。戦い方も無骨っつーか……なんつーか」
「時代遅れ、ですかね?」
 言葉の続きを想像して答える。しかし、ノアはあっさりと首を振った。
「いやいや、モノにしてりゃ、それが本人にとっての最先端。けどフツーの指揮官は持て余すんじゃないかな? シグナム姐さんはわからないけど、けどきっと、今、そこでナビしてる子は上手いこと使ってくれると思うけどね」
「えっ、どういうことですか?」
「なんとなーく、ね。並のオペレータに比べて、上手いこと指示飛ばせるし、発想はタダもんじゃないわよ」
「よく知ってるんですね、やっぱり……」
「ええ、あなたとランスターの妹と同じよ」
 すなわち、と言い、ゲフン、と咳き込む。
 しかし不敵な笑みは絶やさず、ノアは再び喋り始めた。
「アルティメット腐れ縁。とはいえ途中からあたし、空になっちゃったけど、またこうして仕事するとは、ねぇ……」
「途中から、空……」
 なんとなく、胸がずきんときた。それはティアナが元々目指していた場所、すなわち航空武装隊。
 同時に壁を感じた。空といえばこの人、ひょっとして交代部隊の中でもエース級なのではないか、と。
「しっかしランスターの妹もやってくれたもんだわ。シグナム姐さん、あの後めちゃめちゃ不機嫌だったんだから」
「うっ」
 ポロリ、と無機質にこぼれた言葉に、スバルは思わずうめいた。
「反省してます。部隊に迷惑かけちゃ、本末転倒ですもんね……」
「あ、そういやスバルくんも当事者だっけ」
 ふと思い出したように、ノアが言った。
「だとしたら」
 大きくため息。
 そして不機嫌そうな顔。
 それだけでスバルは申し訳ない気持ちでいっぱいだった。
 その場のテンションと言えば軽いが、自分にとってはただ、彼女なりの頑張りを守りたかった、それだけだ。
 けれど、それさえも許されない状況がある。
 今一度、思い出す。
 あの時の状況を。
 あの時、どんな状況だったか。
 本当にとめるべきは、自分だったのではないか。
 殴ってでも、嫌われてでも、ケガをさせてでも。
 そして、出てきた答えは……。
「次は、させません」
「ん」
 小さく頷き、すぐにノアは首をかしげた。
「なに考えてるか、あたしはわかんない。けど、タンカ切るならもっとやっちゃってもいいんだよ」
―なんなら、今回の任務でブチ撒けてもいいじゃん? 見守ってあげるから。
 そっと優しく、つぶやく。
 ややハスキーな女性らしい声が、スバルの心を一気に暖かくさせた。
『着くぞ』
 ひんやりとした威厳のある声が、頭の中に直接届いた時、スバルの心はとっくに穏やかになっていた。
「はい!」
 叫ぶような、たたきつけるような、とにかくドラスティックな声が、スバルの心から生まれた。


戻る/次へ
目次へ

inserted by FC2 system