機動六課ブレイズ分隊…その四人が辿り着いたのは、変哲のない空きビルだった。
 登録データこそ空きビルではあるが、実際は廃ビルだ。
 近年の再開発ブームのバブルを待つそれは、寂れた街の一角でも一際前時代的な香りをかもし出している。
 直線的で、六階建て。妙に明るい横長の長方形の跡が、そこに店の名を刻んでいたであろう看板を思わせる。
「うーん、時代が読めなきゃ先はないよねー。焦げ茶はないわ、焦げ茶わ」
 レンガ風の材質をたたきながら、ノアが言う。
 しかし表情は影を含みながらも笑顔で、まるで遊べる獲物を見つけた猫のごとく挑発的である。
「レトロな作りですね、」
「ああ、地方の民家ぐらいにしかないだろう。地球ではまだ現役だろうが……」
 と、言われ、スバルはいつぞや六課のメンツで行った管理外世界を思い出す。
 そう言えばあの世界の街のデザインは、ミッドチルダに良く似ているが、生活面の技術は一、二世代前のものなのだ。
「では任務を確認する、セレナ、頼む」
『ハイ』
 と、答えたセレナはウインドウ通信から姿を見せた。
 彼女は車両の運転席で待機している。
 その上から、左にスライドするスマートフォンのような携帯端末を自在に操り、三人にチュートリアルを示す。
『各管制から頂いた最新のログを組み合わせました、ご覧ください』
 出てきたのは建物の立体地図であった。そのど真ん中に、青い光があった。これはセレナの即座の機転で、携帯端末上で作られた過去情報である。尤も、中身は本人が楽に説明するために、魔力の移動と立体地図を重ねただけである。ちなみに魔力の移動履歴は本管制室、ビルの屋内図は整備の作業管制より送られたものだ。
 青い魔力点が恐ろしい速度で一階部分の入り口付近に降り立ったかと思えば、一瞬大きな赤を放ち、消滅した。
 この色の変化もセレナのアドリブで、色の変化で魔力の大きさを視覚で捕らえやすいように仕上げていた。
 本部が本稼動しているのであれば、ものの数分で大規模展開される内容である。
 しかし、公開範囲の狭さも手伝って、セレナはそれを現場で可能にしていた。
『ここから魔力がもれた形跡はもちろん、持ち出しや移動の形跡は全くありません。即ち……』
「この中で姿を消した……?」
『スバルちゃん、正解』
 したたかに微笑み、さらに説明を進める。
『それどころかエネルギーの供給がないため、ロックが掛かったまま。当然、ログでも破られた形跡は残るはずもなく、物理的な突破も見受けられません。見た目こそ廃ビルですが……』
「つまり、この赤くなったのを最後に、魔力が燃え尽きた、ということか」
 シグナムは答える。
「そう思いたいところです」
「と、言うと?」
『あくまで私の見立ててですが、あれだけ魔力を放出して建物が無事なのが……元々傷ついてはいますが……気になります』
「確かに、セレナの魔力マーカーはアレよね、赤だと物理的な影響も出るってことよもんね」
 ノアが壁に耳を当て、中の様子を伺う。しかし分厚い無機質の壁のためか、さほど情報は入らない。せいぜい自分の鼓動と吐息程度である。
「つまり、密室で消滅した、お前はそう言いたいのだな」
『ええ、転送魔法の跡すら匂わないので』
「ノア、セレナの情報を、どう思う?」
「んー、あたしよりスバルくん、どう? 頭の体操、どーぞ。あたしはいくつか答え、持ってるし」
「えっ、うーんと……」
 言われてほんの少し顔をうつむかせる。
 指は顎に乗り、制服姿もあいまって、普段よりやや知的なしぐさだ。
「そうだ、人、人が周りにいたって情報は、取れないんですか?」
『そういうの、個々のプライベートに関わるから、簡単には得られないの。けど「物理的に突破した形跡はない」、「魔力が使われた形跡がない」。にも関わらず、あれだけの魔力がビルに影響を与えずに消失したっていうのは……』
「セレナ、お前は問題を複雑にしたいようだな」
 シグナムがビっとした声で指摘をする。
「我らの今の仕事は分析ではない。得られた情報は、今そこに魔力はない、ということ。ならば現物らしいものを探し出し、荷台に積み込むぞ」
「はいはーい、シグナム姐さん」
「なんだ、ノア」
「あたし的には、ですけど」
 咳払いを一つ、そして言葉を続ける。
「魔力でも物理でもない、別の力が関わってるんじゃないかな、と」
「例えば?」
「ガジェットドローン。レリック以外のロストロギアを狙っていても、不思議じゃないと思うんですよね」
「けれど物理的な突破の跡はないって、セレナさんが……」
「ノア、一緒に先頭だ。スバル、お前は後ろを頼む」
 スバルの言葉を断ち切るように、シグナムは言った。
「ついでにロックの解除も頼む」
「楽勝ッス」
 そういい、ノアは赤いポーチから数個の機器とケーブルを用意した。
 それらをパズルのごとくカチカチと変形・接続させ、ケーブルが二本飛び出した三角形の端末を完成させた。
 その間、わずか2秒。ルービックキューブのような指使いであった。
 ケーブルの先端にある、聴診器のような円を、ロック機構の周囲に貼り付ける。
 そして端末をさらさらとなぞり、つぶやく。
「Boost♪」
 すると、その部分だけにエネルギー供給が起こる。
 更にノアは言葉を続けた。
「Fack!」
 カチリ、とロックが開く音がする。
 同時に、ノアの背中をシグナムが平手で叩いた。
「あっふぅ!」
「仕事に下世話な言葉遊びを持ち込むな」
「一応、濁したつもりなんですけどね」
 悪びれた様子もなく、ニコニコと笑いながら、ノアはドアを足蹴にした。
 すかさず、右手を突き出し、半身にして相手から見える自身の面積を減らす。
 視線を左右に走らせると、左手を降り、無言でシグナムを呼び寄せた。
「スバルくん、背中おーねがいっ♪」
 子猫のようなイントネーションで、ノアが要請する。
 だが、その言葉は重い扉の音とともに、遮られた。
 シグナムが入ると同時に、扉が不意に閉じたのだ。
「ふむ」
 シグナムは小さく笑った。
「あーれま」
 ノアも苦笑する。
「やられましたかね、これ」
「お前の考えが正しかった、ということだ、ノア」
「あんまり嬉しくねーすよ、オマケに怖い人とコンビ。やーだやだ、スバルくんとの方が良かったですわ」
「生き残る確率は格段に上だ、お前が減らず口をたたかなければな」
「いっ」
 ポン、と肩の付け叩かれた。それだけでさすがのノアも背筋がいてつくと同時に、焼けた。
 得体の知れない闘志を、首筋に感じたのだ。
「ここから先は唯の仕事だ。唯の仕事だからこそ、もう止められんぞ」
「……はい」
 烈火の将と言うにはあまりにも冷たいまなざしに貫かれ、ノアの表情はこわばった。
 そうだ、忘れてはいけない。
 この人はかつて、何人もの局員を下しているのだから。

 ◇

 ◇

 ◇

「セレナさん!」
 シグナムの背中を見失った直後、数瞬おいて、スバルは叫んでいた。
「なんで止めたんですか! どうして、いきなり……!」
 向けられた言葉など気にも留めず、セレナは沈黙を守り、ひたすらに愛用の端末を指先で操作していた。
『私の独断』
 ウインドウ通信越しに端的に答える。
 スバルはそれだけで納得いくはずもなく、車両の方へかけより、力強くドアを開けた。
 何かを言おうと大きく口を開く。
 その口を、手のひらで顔ごと覆われた。
「あわてないで。小隊と言えども一緒にいるだけが戦法じゃないんだし。それに……」
 穏やかな表情、笑みを含んでいるというのに、無表情にも感じられる、繊細な顔。
 激せず、しかしは諦観しない、暖かに試合の行方を見守るスポーツの監督に近い。
「戦いは五つの次元でするものだから」
 静かに放たれたその一言は、スバルの思考を止めるのに十分すぎる魔力を持っていた。



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