心もとない月明かり差し込む廃ビルの中、シグナムは考えていた。
 置かれた状況と、今後のあり方について。
 まず第一に、突然作られた密室状況と、これを打破出来るかどうか。
 もし己の技で、これを破壊できなければ、先ほどセレナが疑問に感じたうちの一つが証明される。
 すでにシグナムは剣を抜いていた。炎の魔剣、レヴァンティンを。
 次いで、その身を桜色の騎士甲冑で包み込む。
 やがて発現した烈火の将は、閉じられた扉に対して、切っ先を向けていた。
「姐さん、出来れば早めにお願いします、なんかイヤな予感するんで」
「ああ、一発だけだ」
 そう言い、剣を正眼に構える。大地を揺るがすような低音と共に、炎が巻き上がった。
 やがて剣は炎に包まる。シグナムは剣を大きく振り上げると、腰をひねりながら振り下ろした。軌道を延ばし、威力を上げた一撃は扉を斜めに切り裂く。
 そのイメージが、シグナムの中で確かに描かれていた。
 ノアもそうなるものだ、と確信していた。
 しかし、二人の直感は外れた。
「マジ!?」
 先に驚いたのはノアである。
 シグナムの一撃がはじかれ、レヴァンティンの描いた弧が己の目の前を通過したのだ。
「やられましたかね」
「ああ、やられたな」
 愛剣を鞘に収め、ぐるりと辺りを見回す。
「……ふう」
 ため息と共に、シグナムは違和感に触れた。
「物理でも魔法でもない、第三の力。それが何なのかはわからないが、それがある、ということだけハッキリした」
「私はガジェットが使ってる系のやつだと思うんですけどね」
「仮定の結論は視野を狭くするぞ、ノア。何せ相手は容疑と言えどもロストロギア。我々の常識など、すぐに変えてくれる」
「昼間の連中にやれって言ってくれません? もしくは他の課に……」
「回せるものなら、回しているだろうな」
「結局、ゴミ拾いは夜の仕事なんですかね」
「そう言うな、それより武装しろ。こうなっては何が起こるか見当もつかん」
「オス」
 そういい、ノアは手に持っていた三角形の端末を手の中で上下左右に滑らせる。
「ビルドアップ、バーゼラルド♪」
 と、現れたのは短剣である。
 ただし特徴的な点は2つある。鍔の中心にレヴァンティンに近い円形の造詣があり、鍔の片方が刃に平行して異様に長い。
 時代劇の岡っ引きが持つ十手にも近いそれは、小型の割りにカートリッジシステムも内包しており、とても並の局員が持つ代物ではない。
 ノアの姿も変化していた。
 隊員一律の制服はすでになく、黒衣のアンダーウェアに法被のような、くすんだ浅葱色と白の羽織りに変化していた。
 例えて言うならば、アサシン。
 肌を露出させた腕を曲げ、掌を胸に置くと、ノアは小さくお辞儀をした。
「上様、ご命令を♪」
 見た目に沿った台詞を言われ、シグナムは満更でもないように笑みを浮かべた。
「退路の確保を。私はトラブルの元を探る」
「姐さんが破れなかった結界まがいのモンを突破しろってことですか?」
 茶化した声で、ノアは確認をした。
「いや、私のやり方では破れなかっただけだ」
 シグナムはそういい残し、さっさと薄暗さの奥へと進んでいった。
「はあ……」
 ノアは小さくため息をついた。
「あたしにどうにかしろってコトですね」
「よろしく頼む」
 心からの依頼を受け、ノアはにんまりと、淀みのない笑みで答えた。
 その顔のまま、瞳を天井に向ける。
 やがて真上に向けられた視線が、天井の隙間を捉えた。
 老朽化が生んだコンクリート状のそれを見て、ノアは苦笑した。
「いや、ほんと、驚くほどレトロな作り」
 そう言い、二の腕ほどの長さの短剣を向ける。
「バリッドライン、射出!」
 そう唱えると、柄が凛々しく輝き、鋭い刃が魔力の翼を羽ばたかせながら飛び出した。
 隙間に近づくまでの三メートル、瞬きの間にノアは指先を細かく揺さぶる。
 やがて直前になり、その動きは止まった。
 刃は隙間を縫い、更に奥の、上階を突き抜けていた。
「上の階にも、何もないみたいですけど……」
 くい、とバーゼライトを引き寄せる。
 すると、まるで糸に引き寄せられて行くかのようにノアの身が浮いた。
「天井裏とエアフロー口をアプローチしてみます、姐さんは……」
「私は中の退路を確保してから動く」
「よろしくお願いしまーす」
 そう言い残し、ノアは天井へと昇った。
 やがて隙間に差し掛かり、ほんの少し壁をどかす。ただそれだけで入りやすい穴となった。
「出るに難く入るに容易い……まるで胃袋だな……」
 シグナムはノアを見送ると、視線を周囲に走らせた。


 ・・・・・・♪・・・・・・♪・・・♪・・♪・・・・・・・


「なんだ……?」
 不意に聞こえた音色に、シグナムは眉をひそめた。
 背後に気配を感じる。
 その瞬間のうちに、シグナムはレヴァンティンを抜いた。
 光のごとき勢いで刃が目標に向かう。
 しかし、それは数寸手前で止められた。
「子ども、だと……!」
「だからこの手の姿、便利なんだよね」
 にやりと笑った唇は明らかに邪悪であった。
 シグナムは敵意を感じた。
 しかし、それ以上に、音色が耳を支配していった。
 それが歌と分かった時、不意に片足を崩した。
「アンタも丸ごと、いただくよ♪」
「くっ……!」
 悠長に迫る掌。身の危険を感じているにもかかわらず、シグナムは避けられなかった。
 どこからともなく聞こえる歌が、意識を絡めとるような感覚。
 催眠系の魔術・・・そもそも魔術なのだろうか・・・・とは明らかに違うそれに、短時間で抗う手段を見出せず、とうとう人差し指がシグナムの額に触れた。
 指が光を放つ。その瞬間から、頭の中が真っ黒に塗りつぶされていく感覚が押し寄せる。
「ぐぅうう……!」
 シグナムは最後の抗いを見せるように、少女を炎の視線でにらみつけた。
 睨まれた少女は水色の髪をかすかに揺らし、不適な笑みを浮かべた。

 ◇

 ◇

 ◇

 セレナは憂慮していた。
 建物の中に残された二人もさることながら、こちらに残された爆弾娘に対して。
 そして今現在の一番の悩みが何かを考える。
 シグナム隊長との確執……これは正直、勝手にやりあって欲しい。
 自分の一言で分断された、という事実に対する怒り……それは私とスバルの考え方が違うのだから、指摘されても困る。
 そもそも会話が生まれない……する必要はあるのか?
 と、頭の左側で考えつつ、右側では次々と今後についてのプランを考え、端末に打ち込んでいく。
「あの、セレナさん」
 考えている間に運転席にちょこんと座っていたスバルが、声を出す。
「五つの次元って、なんですか?」
「んー」
 訊ねられ、セレナは一瞬考えた。
 やっぱり聞かれたか、と。
「まあ、知り合いからの言葉で、精神論みたいなもんなんだけどね……」
 小さな声で答える。
「時間よりも大切なもう一つの次元があるだろって、そういうコト」
「でも五つ目の次元って、確か……」
「学校の知識はおいといて」
 セレナはのんびりと、しかし確かに言った。
「要は、気持ちの問題。自分が今、その瞬間に、確実に認識出来る次元は、その五つ。他の宇宙とか、世界とか、考えてられないでしょ?」
「つまり、五つ目の次元は……」
「ね、大したことないでしょ。スバルくんの気持ちを逸らすには、ちょうどいい言葉みたいだったけど」
 小悪魔のように、しかし天使のごとく控えめな笑顔を見て、スバルは自分の気持ちが落ち着いてくのを感じた。
「あの、ありがとうございます。まだまだわからないこと、多いみたいで……」
「スバルちゃんは、全部わかろうとしてるの?」
「というより、そういう姿勢は大事だと思います」
 マジメな声が返る。
 ノアにつめの垢を飲ませてやりたいと、心底思った。
「じゃあ、わかって差し上げないとね」
「なにですか?」
「シグナム隊長が、どうしてティアちゃんを殴ったか。他に止める術があったと思うんだけど……」
 うふふ、とわざとらしく上品に笑う。
 スバルは思い切り斬り捨てられた気がした。
「い、いきなりなんで、そんな……」
「えーと、なんかもう、面倒だったから」
 ズバリと言い放ち、更にスバルに追い討ちをかけるように言葉を矢のように放つ。
「二人にギクシャクされると動きがスムーズにいかないの。それってメンドくさくて」
 マイペースというには狡猾で、したたかというには作為がない。
 不思議な声の重みに、スバルはもはや唖然としていた。
「セレナさん、マジメな人だと思ってたのに……」
「うん、よく言われるんだ。けど、勝手なイメージでしょ。だから気にしない。スバルちゃんだって、そう言う経験、ない?」
「まあ、たまにあるとは思いますけど」
 ……あ、と思い出したように小さく声をあげる。
「でも私も気にしてなかった気がします」
「あら、似たもの同士」
 セレナは嬉しそうにいうと、花をやさしく摘むように、スバルの耳をつまんだ。
「あたたっ」
「ちょっと、これ見て。何が考えられる?」
 言いながら、端末から生まれた立体映像の、桜色の点を指先で差す。
「これ、シグナム副隊長ですか?」
 その問いの答えは頷き。すぐさま二人に沈黙が訪れた。
「単に周りの様子を伺ってるような気が、ほら、廃ビルですし……」
「こんなにひらけた場所で?」
 そう言い、セレナはフロアの全体図を映す。
 シグナムがいたのは三階……柱しかない広場のような場所であった
「セレナさん、コレでガジェットドローン系の動力とか映せないんですか?」
「やっても、なにも見えなくて。まるで見えないシールド……あれっ、なのに、探査系の魔力は通過してる……?」
 後半、独り言のようにつぶやき、セレナは立体映像を閉じた。
 そして、窓越しにビルをねめつけながら、端末の上で五本の指をせわしなく滑らせる。
「スバルちゃん。ウイングロードで屋上から突入して。 多分、シールドは破れるから」
「は、はい」
「間違えないでね」
 念を押す。スバルはそれに答え、復唱した。
「はい、ウイングロードで屋上から突入、ですよね」
「うん。よろしくね」
 一字一句をそのままに返され、セレナはにっこりと笑った。その顔で、スバルの出陣を見送る。
 まもなくして、スバルはバリアジャケットに身を包み、魔力の道でビルの周りに青い螺旋を描いた。


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