スバルとシグナムが接触したころ、ワイルドな赤い車の隣に黒いセダン車が到着した。
 中から現れたのは長い金髪の女性だ。
 すらりと長い足をかろやかなリズムで運び、軍用車の助手席に顔を見せる。
「お待たせ、セレナ」
 何よりも澄んだ声だった。
「フェイトさん! まさかフェイトさんが来てくださるなんて」
 おっとりとしたセレナの声に、蒸気と緊張が満ちた。
 意外な救援者にしゃかりきに動いていた指先さえも硬直する。
「実はその、ずっと気になってて……ずっとグリフィスの隣で様子見てたんだ、ブレイズのみんなに、気づかれないようにって。高町隊長は不満だったみたいだけど」
 困った顔で笑顔を見せる。
 まぶしいそれに、セレナは頭を下げるしかなかった。
「申し訳ありません。ご心配おかけして……」
「あ、セレナとノアは気にしないで。私が気にしてたのはシグナムとスバルのコト。ほら、あの晩の件もあるから……」
「やはり気にされてましたか」
 セレナはため息をついた。
「取り繕ってるみたいだけど、私には見えたかな? 熱くて堅い壁」
 そう言い、ちらりと視線をセレナのスマートフォンに落とす。
「ミカヅチは今日もフル稼働?」
「ええ、特に今日はフルドライブ中です。状況を鑑みれば大変不謹慎かもしれませんが、実地での経験なんて、交代部隊じゃなかなか得られませんから」
 生き生きとした声で報告をする。フェイトはそれをうんうんと微笑み混じりで聞きながら、試験運用の順調を感じる。
「ちなみに、フェイトさんが気にされている二人はあの中で戦ってます」
「何と?」
 フェイトはごく自然に、且つにこやかに訊ねた。
「だから、戦ってるんです」
 セレナも自然に返す。紛れもなく、現状報告の声で。
「えと……だから、なにと?」
 困惑の色を見せ、フェイトは再度訊ねた。
「その、ですね」
 また悪い癖が出た、とセレナは小さく唇をかんだ。
「戦ってるんです、シグナム隊長とスバルちゃん」
「ええ!?」
 それはフェイトにとって心臓に悪い報告であった。
 とうとうお互いのフラストレーションが爆発してしまったか、と。
 そう言えば目の前の廃ビルが屋根を中心に不自然な壊れ方をしている。
 この中で彼の二人が激戦を繰り広げているとするなれば、このビルが持つかどうか……。
「ハラオウン隊長」
「は、はい!」
 業務モードの冷静なセレナの声に射抜かれ、雷光は思わずひやりとした。
「断片的な情報からの解析ですけど、お伝えします。ロストロギアと思われるものは、どうも自分の進化や成長に則したものを取り込み、徐々に同化させています。お陰で魔力を含めた様々なエネルギーが溶け合っていて、解析に時間がかかりました」
「それは、断定し得るの?」
「ノアの報告と解析不能なまでに混合した力から、きわめて確定的です。引っくり返る可能性があるとすれば、アルハザードなどのレベルの違う世界から来たもの。強いて言えば、失われた技術の塊にも見受けられます。そう、即ち……」
 ―技術の怨念。
 我ながら気持ち悪い形容だ、とセレナは心の中で自嘲した。
 しかし、同時にそれ以上に言い換えられる言葉がなかったことも事実だ。
 持っている言葉が足りないわけではない。残念ながら見事に的を射ているのだ。
「ロストロギアは愚か、歴史に名を刻めなかった技術が寄せ集められ、ついにはロストロギアの欠片 ― シグナム隊長さえ手に入れ、更なる力を求めている……なりかけだからこそ、今のうちに鎮火すべき火種です」
「火種にしては、ずいぶん大きな炎になっているみたいだけど……」
 フェイトはビルを眺め、神経質そうにその奥を見つめた。
「私の前提が正しければ、ですが」
 セレナは指を立て、ゆっくりと顎に乗せた。
「それを一時的に分解させる方法があります。フェイトさん、すごく適任なんです」
「そうなの?」
「はい。正直、分解だけならエリオくんでも実現は可能なのですが……最悪、失敗してもハラオウン隊長が鎮圧してくださる、という保険がついたので安心して実行出来そうです」
 むしろ本当は雷光一閃を持ってさくっと鎮圧してもらいたいところである。
 しかし、あくまで目標は、目的物の確保。頑固にそれを貫くべく、セレナはゆっくりと口を開いた。
「魔力によるマクロな電撃で、バリアごと各々の結びつきを断ちます。その後、散らばった魔力を各々固定させるために、内部へミクロに電撃を放ってください。その時に生まれる雷の魔力子……すなわち、魔力の欠片が同じ極の磁石のように作用してくれます。これが不純物を割り込ませ、再構成を遅れさせます。その間に、スバルちゃんとフェイトさんで中核の封印、と」
「単純な魔力じゃないんだね」
 フェイトは小さく頷いた。
「ええ。ですが、別の意味で単純です。恐らく化学やら時流学、その他もろもろの枠組みを利用しているもので物理的な作用に弱くて……この辺は、心底推測の域を出ませんので、後ほど技術部へ調査依頼を出します」
「うん、そうして。でも、私で出来ると思う?」
 フェイトは心配そうに訊ねた。
 いわれたことが出来るには出来る。問題はあまりにも断定的だからだ。
「エリオくんになら聞いていたところです」
 セレナは穏やかに、それでも眉は一つ動かさず、凛としてフェイトを見つめながら答えた。
「了解」
 優しく、暖かい声で、フェイトは言った。
 すべてを受け止めるやわらかさが、そこにあった。
「あと、もう一つなんだけど」
 大きく息を吸い、笑みを含む。
 それは隊長としての強さを、悠々と表していた。
「中身はちょっと問題あるみたいだけど、流れとしては問題ない……よね?」
 その問いに対し、中空ウインドウに現れたフローチャートを見て、セレナは確信を声で答えた。
「はい、現着に確保、主力の到着と、工程だけならば確実に進んでいます」
「じゃあ、あとは確保・帰還をすれば第一回目は成功なんだ」
 こちらも落ち着いた声であった。
 確実かつ迅速に仕事をこなすキャリアウーマンそのものの雰囲気をまとい、フェイトは廃ビルへゆっくりと歩き始めた。
「……フェイト・T・ハラオウン、いきます」
 その声と同時に鋭い黄金の三角を薙ぐと、その身は白いマントと体のラインをそのまま現す黒いスーツに包まれた。
 同時に雷が生まれた。
 強い鼓動を生むそれは、徐々に、更に強くなり、ビルをシールドごと包み込んでいった。

 ◇

 ◇

 ◇

「なぜだ!」
 蒼きシグナムは叫んでいた。
 まるで嘆きの塊を放つかのような声であった。
「あの闇の書の断片さえも取り込んだというのに! こんな、粗末な機械人形に屈するなど……!」
 見た目にそぐわぬ卑しい言葉と解き放ち、スバルへ獣のような瞳を向ける。
 それはひどく鋭く、しかしスバルを威嚇するには全く足りない、勢いだけの代物であった。
「それは、取り込んだ力をよく知らないからだ!」
 それらをまとめて暴発させた熱き怒号が、スバルの腹の底から放たれた。
「きっと君がそうして彷徨っているのは、次々と得られる新しい力に酔いしれ、使いこなす努力に気づかず……」
 そこまで言って、はっとした。ただ何となく、直感が気づいたとしか言いようがない感覚。
 それはスバルの語気を弱らせ、代わりにやさしい光を含んだ。
「最終的に失敗作として廃棄された……違うかな?」
 救いというにふさわしい声であった。
 しかし、取り乱したシグナムの姿を借りたものは、それを払いのけた。
「至る経緯など、もはや闇の果て!」
 そう叫び、床へと瞬時に沈み込む。
 数秒たたぬうちに、スバルの背後から飛び出したかと思えば、力任せの羽交い絞めを行った。
「くっそお!!」
 振り払おうとするが、まるでゼリーを相手にしているかのようなやわらかさと、直前で生まれる引きの強さに、今一歩のところで離れられない。
 極めて不快な戒めであった。
 それを生むシグナムは、喉の置くから妖しくささやいた。
「一つ歌を聞かせてやろう。指先を狂わせる、儚き歌をな」
「くっ……!」
 じたばたともがくも、力は今のシグナムの方が上であった。
 姑息にもローラー部で脛をけりつけるも、表情をわずかにも変えない。
 奪ったレヴァンティンの柄で腕を突いても緩むことはなかった。
 やがて、歌声が聞こえてきた。
 はかなくも美しい歌声が。
 一音一音、鼓膜に届くたびに、体から力が抜けていく。
「うぐ……!」
 目の前がかすみ、抵抗する気力が一気に失われた。
 やがて、禍々しい音色へと変調する。
 そのとき、シグナムは数秒後に訪れる勝利を確信した。
―直後。
 スバルはレヴァンティンから熱を感じた。
 奪われ行く視界をかすかに凝らし、レヴァンティンを見る。
 それはレヴァンティンであって、レヴァンティンではなかった。
 刃と柄の間、象徴的な青いコアとカートリッジ部分に、赤いパーツが三つ、取り付いていた。
(これって、まさか……)
 赤いパーツから伸びるコードに、スバルはかすかな見覚えがあった。
 今、レヴァンテインに何が起こっているのか。
 それを直感し、スバルは叫んだ。
「……レヴァンティン、力を、貸して!」
『Schlangeform!』
「なにっ!?」
 直刀であったレヴァンティンが連結刃に姿を変える。竜のように勇ましくうねりをあげ、シグナムの足に絡みついた。スバルはそのまま烈火の将を引き上げ、バランスを崩させる。更に自らも前方に思い切り倒れ、身長差を生かして頭上から叩き落した。
「バカな、デバイスが主に刃を向ける…だと…!身体データは、完璧のはずだ……!」
 仰向けになり、シグナムは呻く様に言った。
 一方、スバルは凛々しく剣を構えていた。
 本人にとっては見よう見まねであった。しかし、なかなかどうして、リボルバーナックルで握る剣は、実に様になっていた。
「くっ……!」
 シグナムはゆっくりと身を起こし、床に手のひらをつき、ひざまずいた。
 降伏ではない。潜行能力を持って離脱を試みるつもりだ。
 しかし、力は発動しなかった。
 代わりに、シグナムの表情に焦りが生まれた。
「お前も……逆らうか……ならばもはや!」
 ばちばちばち、とシグナムの体から火花が飛び散る。
 それは徐々に光となり、激しさを増していく。
『Emergency!To escape from here!』
 叫んだのはマッハキャリバーだ。
 ローラーが逆回転し、穴が開いた天井の下まで離れる。
「でも、それじゃあシグナム副隊長が!それにノアさんも……!」
 キャリバーを横にし、後退を押し止める。
 それどころか、前へと進み始めた。
Are you insane !?
「それでもやらなきゃ、いけないんだ!」
 それは一喝であった。
 マッハキャリバーはもはや何も答えず、たたスバルの動きに従った。
「シグナム……副隊長ッ!!」
 叫び、飛び込むようにしてシグナムの元へ飛び込んだ。
 しかし、暴走を始めた混合魔力が、彼女の意気を拒み、体さえも数メートルほど飛ばした。
「安心しろ、時間はかかるだろうが、必ず……!」
 烈火の将の声が、スバルの耳に届いた。
 それはひどく穏やかで、哀しい声だった。
 その時、全てを引き裂くように、純粋な雷光がフロアを駆け巡った。
― スバル!シールド全開!
 聞き覚えのある純粋清楚な声に、スバルは即座に従った。
 身をかがめ、レヴァンティンを抱きしめ、右手の平を突き出す。
 そこからドーム状に、広く魔法壁を展開した。
 展開しきった数瞬の後、雷光と電撃がフロアを駆け巡った。
 それはビル全てに広がり、ビル自体を覆っていた混合シールドを利用して効率よく全体に伝わった。
「……!?」
 声も出せず、シグナムは仰向けに崩れた。
 かっと開かれた目は、瞳孔が壊れたように開き、そのまま雷のシャワーを浴び続ける。
 魔力壁越しでその様子を見ていたスバルは感嘆した。
 確かに電撃だが、物理的に作用させているわけではない。
 かといって、魔力だけかと思えば、そうでもない。資質たる雷そのものが持つ特性をうまく利用し、シグナムに取り付いた魔性へ直接働きかけさせている。
 この妙技は、かつて自分の上司が同僚へ行った仕置きに良く似ていた。
― ブレイク!
 歌声のような、力ある確かな声がビルに響き渡る。
 同時に、シグナムの体からさまざまな物体が飛び出した。
 それはガラクタのような質量兵器から、実用にすらいたらなかった使途不明の装置など、大小さまざまで、更にはシグナムの半分に満たない身長の少女やら、スバルと同じぐらいの背の少女まで飛び出してきた。
「スバル、ロストロギアの確保を!」
 ミッドチルダの常識すら超えた非現実に呆気に取られているその間、フェイトは既にスバルの横に到着していた。
 指先は、骨組みだけの簡素なロボットに向けられていた。
「はい!」
 弾丸のように飛び出し、恐るべき初速で骨ロボットに突進する。
 鋼の拳を開き、頭部に向けて手を伸ばした……瞬間、骨ロボットの顔がぐにゃりとゆがんだ。
 それどころか大きな穴を作り、スバルの腕をがっちりスルーさせたかと思えば、そのまますぼまり、腕を締め付け、突進をとめる。
 更に胴を残して、軟体生物のように絡みつき、スバルの中へと沈み込み始めた。
「スバル!」
 フェイトは黄金の鎌を振りかぶった。しかし、そのままの姿勢で手を止めた。
(もう少し……集中しなきゃ……!)
 闇雲に放てば、先ほどのような分離は叶わない。
 フェイトはリンカーコアの奥にある雷の資質へ意識を集中させた。
 だが、軟体メカの侵食は早く、スバルの頭を食うように包み込んでいた。
(間に合って!)
 あとほんの数秒。
 ほんの数秒で、先ほどの電撃が放てる……!
 焦る心がそうつぶやいた直後であった。
「やらせねえっての!」
 聞きなれない、ガラの悪い少女の声が聞こえた。
 その少女は、右手をまだ液化していない胴へ突っ込んでいた。
 この少女はなにものか、と考えるまもなく、少女が更に叫ぶ。
「こいつだ!」
 その一声と同時に、腕を引き抜く。
 そこから一秒に満たない間を置いて、軟体金属は金切り声を上げた。
 紛れもない断末魔であった。
 正体不明のそれはドロドロと液状化しつつ、昇華気味に宙へ消えていった。
 やがてスバル真っ赤な顔が、大きな息を吸いながら現れた。
 そのまま膝をつき、息が整うのを待つ。
 しかし、動悸が治まらない、それどころか、今度は青い顔をして、宙を見上げていた。
「さてと……」
 動けないスバルを一瞥し、少女はその場を立ち去ろうと背を向けた。
 しかし、フェイトが駆け寄り、清涼感のある声をかけた。
「協力ありがとう。申し訳ないけれど、詳しい話聞きたいから、同行を……」
(やべぇ)
 少女は思わず親指を噛んだ。
 先ほど見せた技から、全身タイツに似た、非日常を絵に描いたような姿を思えば、むしろ怪しまれない方がおかしい。
 何より自分の存在を、今、こいつらにわからせるわけにはいかない。
「すんません、ちょっと野暮用で……」
 と、適当な言い訳でかわそうとしたその時であった。
 大量の筒型のメカがウネウネとケーブルをゆらめかせながら、飛び出してきた。
「ガジェットドローン!? ひょっとして、狙っていた……!?」
 フェイトはすかさず金色の鎌を振り、一体を撃破した。
 一方、ガジェットドローンは、少女へも攻撃を仕掛けた。
 ケーブルから繰り出される鋭い薙ぎが、少女の鼻先を掠めた。
(へんっ、こいつら壊しつつ、どさくさにまぎれてにげれってか)
 少女は心の底でつぶやいた。
『セイン、混戦作るから、いいタイミングで逃げて』
 頭の中に声が届く。
 セインは表情を明るくし、他に聞こえない声で答えた。
『ディエチ、サンキュー!』
 と、感謝を返すと、ガジェットから繰り出される攻撃を避けながら、フェイトとの距離を徐々に広げた。
 5メートルほど離れて、フェイトが押されているのを目視し、小さく笑った。
(このまま一気に……!)
 と、思ったその時、つま先にやわらかいものが当たるのを感じた。
(こいつ、一緒に飲まれてた……)
 幼い少女であった。
 セインは眉間にしわを寄せ、頬を親指で軽くなでると、大きく息をついて、その少女を抱きかかえた。
「ルーお嬢様と同じくらいじゃん」
 そう素直な感想を呟いた直後であった。
「……その少女を連れて逃げろ」
 威厳の満ちた炎色の声が、セインの全身を恐怖に震わせた。
 しかし、少々の間を置いて言葉の意味を理解すると、引きつった笑顔で答えた・
「あ、ありがとさん」
 ひどく怯えた声だった。
 しかし、内心ではほっとしていた。
 少なくとも、これで容易に逃げられる、と。
 セインは自らの足を使い、戦場と化したフロアから静かに離脱した。




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